雑読三昧ざつどくざんまい           飛亭本館別館INDEX
     ★ネタバレ自粛を心掛けています。なるべく、ですけど★  
高橋源一郎『日本文学盛衰史』                2001/07/29up
講談社 2001年5月31日刊 \2,500

高橋源一郎に関しては小説よりも、もっぱら書評みたいなもばっかり愛読してきた。
かろうじて「さようなら、ギャングたち」くらいかな、読んだのは。だから全然、いい読者
ともいえないし、ファンともいえない。あやふやなスタンスなんだが、ま、いいか、と。

『日本文学盛衰史』は「群像」という文学誌の1997年5月号から2000年11月号まで連載され
た作品を単行本化したもの。連載を読むのがどうも苦手なので、本になるのを楽しみに待っ
てました。連載って面白いと次が待ち遠しくてイライラしちゃうし、かと思うと発売日を忘
れてしまったり。なにかと鬱陶しいもんだから(怠慢なだけじゃん)。

いや〜、久々、ストレートな日本文学(ってなにそれ?だけども)で面白いのに出会いまし
た。泣いたり爆笑したり、忙しいったらありゃしない。堂々の598頁、一気読み。

ご本人のたっての望みということで箱入り、中は地味な茶色に筆文字という装丁はいかにも
「日本文学してるでしょ、ボク」なんて高橋氏ならいいそうだな。その箱ってものがまた、
赤茶と抹茶色と白の、これ何縞って呼ぶんだろう、なにかコジャレた江戸前な呼び名がある
にあるかもしれない縦縞が思いっきり明治風。

そんな外見的な事ばかり語っていてもしょうがないんだが。けどもオブジェとしての書物っ
ってものにも多少なりとも関心があるので、ついしげしげと観察してしまう。

登場人物からして題名どおり、二葉亭四迷、夏目漱石、森鴎外、島崎藤村、北村透谷などな
ど、日本文学史上の有名作家ばかり。けど、メイン・キャラクターは石川啄木と田山花袋。

これらの人々、21世紀に突入した今現在、いったいどれだけの読者がいるんだろうか。特に
田山花袋なんて、高校頃の現代国語のテストで、作者と題名を結びつける問題なんか出ると
まっさきに出題されがちな気がした人。「田山花袋=蒲団」って、即座に正解が書けるにも
かかわらず、でも「読んだことありませーん」なナンバーワン的な人および作品ではある。

ものすごく生真面目な日本文学論と現代の風俗が入り交じっていて、一体どこまでが史実に
沿っていて、どこからが作者の創作なのか。ボケッと読んでいるとわからなくなるかも。
あるいは、冗談の通じない人(語弊ありな発言)だったら「けしからん!」とか「ふざける
なっ!」とか怒りだすかも。

ここら辺、おそらく賛否両論、侃々諤々なんだろうなぁ〜と想像しつつも、ワタシにゃ関係
なし。一般ピープルな読者は気楽なもんである。

この作品では、教科書的な日本文学史のなかに閉じこめられていた大勢の文学者たちが活き
活きと生きている。貧困や病いと闘い、文学とは! 詩とは! 日本語とは!なんぞと、呻く
ように大まじめに悩んでる。悩みつつ、でも若い彼らは反面ではきっと楽しそうに生きてい
たに違いない……そう、思える。

死んだ文学史や文学論より、生きている小説のが断然おもろい。
 
デイヴィッド・ハンドラー『傷心』              2001/07/22up
北沢あかね訳 講談社文庫 2001年6月15日刊 \819

待ってました〜、ようやく出ましたハンドラーのホーギー・シリーズ最新訳。

このシリーズの主人公スチュアート・ホーグは私立探偵でもなんでもなくて、本業は作家。
でも各方面から絶賛された出世作「ファミリー・エンタープライズ」以降、さっぱり鳴かず
飛ばずのスランプに陥っている。

そこでイヤイヤながらもゴースト・ライターという副業を引き受けざるを得ない。それも、
著名なスターやカリスマ的ロック・ミュージシャンなど、一筋ならではの個性とエゴを抱え
る難人物ばかり。

なんでホーギーにお声がかかるかといえば、彼自身、一時はベストセラー作家としてもては
やされ、超有名女優メリリー・ナッシュと結婚しまた離婚し、またヨリを戻しという、いか
にもゴシップネタな人生でパパラッチの標的だった人物だから。

要するにホーグは、すっかり色褪せてしまった感も否めないとはいえ「セレブリティ」の一
員なのだ。ゴーストを依頼してくる気難しいスター達にとっても「同じ世界に住む人物」、
彼らとあくまで対等にわたりあうホーグに秘密にしている影の部分をつい見せてしまう。

で、ゴースト稼業のために面談や調査をしているうちに、当の依頼人やその周辺で必ず殺人
事件発生。必然的に巻き込まれたホーグと愛犬ルルがその解決に奔走せざるを得なくなる。

NYの社交界の片鱗や、服や靴に並々ならぬこだわりのあるホーグの伊達男ぶり、メリリー
のいかも女優な華麗で気まぐれな暮らしっぷりや、時々飛びだすニューヨーク風味のジョー
クなどなどのせいで、このシリーズは軽めでおしゃれなタッチのミステリーになっている。

それになにより最高の味付けはバセットハウンドのルルちゃんでしょう。今回、ルルには妹
が生まれた。とはつまり、「ママ」であるメリリーが女の子を生んで子育ての真っ最中とい
う設定。メリリーは子育てに夢中でちっともルルを可愛がってくれないのだ。悲観したルル
は黙って池に向かってズンズン歩いて行ってしまう。泳げないのに(笑)。つまり悲観して
自殺しようとしているんだそうだ、ホーグにいわせると。

ルルは人の言っている言葉が完璧にわかるらしい。ホーグやメリリーの会話に反応して時折
ベソをかいたり、批判的な咳払いや心配そうなうめき声を出したり……。

さてシリーズ七作目となる今回はホーグが学生時代に知り合い、師と仰ぐ作家「ソア」こと
ソーヴィン・オールストン・ギブズとその義理の娘が主役。ビート・ジェネレーションの生
き残りで、ヘミングウェイに最後にインタビューした男。ケルアックの葬儀で柩を担ぎ、
「伝説的ビート族のニール・キャサディがメキシコの線路脇で死んだとき、彼の頭を支えて
いた」(p.27)なんて書かれている。

打って変わって義理の娘はまだ18歳。何にも熱中できず投げやりで人生を虚しく模索するだ
けの「子ども」と著名な作家ソア71歳が駆け落ち……というんだから事は尋常じゃない。

んで……詳しくは実際に読んでくださりませ。

ホーギー・シリーズ・リスト 邦訳はすべて講談社文庫刊
The Cool Blue Blood(2001/10) ……未刊……★ホーギーものではない?
The Man Who Loved Women to Death
              (1997)
……未訳…… 早く読みたい!
The Girl Who Ran Off With Daddy
              (1996)
『傷心』(2001/06)
 北沢あかね訳 ※作家
The Man Who Cancelled Himself(1995) 『自分を消した男』(1999/05)
 北沢あかね訳 ※TVコメディアン
The Boy Who Never Grew Up (1993) 『猫と針金』(1993/10)
 北沢あかね訳
The Woman Who Fell From Grace (1991) 『女優志願』(1995/09)
 北沢あかね訳 ※映画監督  
The Man Who Would Be F. Scott   Fitzgerard(1990) 『フィッツジェラルドをめざした男』(1992/01)  河野万里子訳 ※作家
The Man Who Lived by Night (1989) 『真夜中のミュージシャン』(1990/03)
 河野万里子訳 ※ロック・ミュージシャン
The Man Who Died Laughing (1988) 『笑いながら死んだ男』(1992/10)
  北沢あかね訳 ※コメディアン

 
 
ジェフリー・ディーヴァー『ボーン・コレクター』       2001/07/22up
池田真紀子訳 文藝春秋 1999年9月20日刊 \1,857
ジェフリー・ディーヴァー『コフィン・ダンサー』        2001/07/22up
池田真紀子訳 文藝春秋 2000年10月10日刊 \1,857

二冊、まとめアップいたします。読んだのが6月初めなので既に時間がたってしまいました。

『ボーン・コレクター』は「週刊文春ベスト・ミステリー第1位」、「このミステリーがす
ごい! 第2位」と帯にでっかく書いてある。本屋で見かけてついフラッと買った。発売当時
けっこう話題になったし、映画化もされたのになぜか無視していた私。そういう事ってよくあ
るんだけど、原因は不明なような。

元ニューヨーク市警科学捜査部長にして「仕事の鬼」だったリンカーン・ライムは不幸な事故
で四肢麻痺という今の不自由な境遇に陥った。首と頭部、それから左手の薬指しか動かせない
彼は、絶望と諦め、自暴自棄とわずかな希望との間を揺れ動きつつ、もはや自殺を夢みるまで
になっている。

ところがある日突然、昔の同僚たちが彼のもとを訪れ、難事件への協力を是非に、と説得。気
難しいライムは「はいよ〜、協力しましょう」なんてことはいうはずもない。拒絶し、それで
も「じゃ、これっきりね」と小出しにしつつ科学捜査魂みたいなもんに火がついて、いつしか
事件にのめりこみ、最終的には犯人とライムとの息詰まるような知恵比べと時間との壮絶な競
争に発展していく、という趣向である。

当然、もはや自分で現場におもむくことは不可能なのだが、若い女性警官を手足のごとくこき
使って鑑識作業をさせ、証拠を分析し犯人を追いつめてゆく。

車椅子の探偵とか、障害をもった刑事や探偵が活躍するものってのは過去にもあったはず。
けど、ここまでとなると珍しいかもしれない。とにかく読み始めは「四肢麻痺」というものの
実体を知らない私なんぞには、主人公の置かれている状況を呑み込み、頭の中で彼の寝室=に
わか仕立ての捜査本部を組み立てるのに忙しい。

読み進むに連れて慣れてきて、そうなるとギアが最速に入ったみたいな猛スピードで、とにか
く先へ先へと読み進めてしまう。

舞台がニューヨークで、犯人はなぜか1900年代初頭のこの町の犯罪にとり憑かれている。
これはうかつだった、旅行前に読んでおくんだったわー(5月にNYに行ってました)。

ライムにこき使われ猛烈に反発しつつ、魅せられてもゆく女性警官アメリア・サックスは元モ
デルでとびきりの美人という設定。そんな〜、現実離れっ!というのはまぁあくまでも「おは
なし」ですから。ライムだって重度の障害を背負っているとはいえ、顔はとってもハンサムと
のこと。背も高いらしい。あーもったいない……とは不謹慎でした、すいません。

さらにはライムに24時間付き添って看護する介護人がまたおしゃれな美青年ときてる。
映画では女性になっているらしい、それもちょっと「おばちゃん」っぽい。これは〜、やはり
映画でも美青年であって欲しかったもんです。現実味が薄いから女性になったんでしょうけど。

それにしても科学捜査ってのはほんとに凄いもんだ。とりわけライムは「犯罪学者」という
肩書きも持つほどのオーソリティー。布、塵、砂などなど、様々な証拠物件のどんな微細な
破片も見逃さない。けども科学分析がどんなに巧みでも、結局は得られた結果の「読み」に
究極的な問題解決の糸口ってのは潜んでいる、というのがこのミステリーの本質的な面白さ
かもしれない。

まぁ、ものすごい偏執狂的な科学捜査の末に行き着いた犯人がちょっとねー、それじゃまるで
ライムの一人相撲では?……という難点はあるものの、久々の面白さでした。

さて『コフィン・ダンサー』。前作「ボーン・コレクター」よりは若干テンションは下がった
感じ。でもこれまた読み始めたらとても途中で止められないタグイなのは確実だ。
一作目で既にライムの状況に慣れているとすんなり入れる。それを前提に、今回はライム自身
の心の葛藤は控えめに描かれている。

しかもこちらでは最新鋭の車椅子を駆使して現場を駆け回るライムが登場。美人な警官アメリ
アが彼の指示で思い切り走り廻されるのは前作と同様だけど。

相変わらずあっと驚くドンデン返しがおもしろい。静かに、しかし深く狂っているサイコな殺
し屋には思わず哀れみを感じてしまうほど。

3作目も既に書かれているので、翻訳待ち。すごく読みたい、3作目。
タイトルは「The Empty Chair」。待望しています。

この2点を読んだ勢いで同じ作者の『悪魔の涙』(文春文庫 2000年9月1日刊)も読む。こち
らでは筆跡鑑定人(正しくは文書鑑定人)が主人公。でもゆえあってもう引退しており、難事
件勃発にあたりふたたび現場復帰を要請され……という展開は『ボーン・コレクター』にちょ
っと似ている。リンカーン・ライムもゲスト出演で楽しい。

3作読んでディーヴァーの手の内が読めてきた。最後の最後、もっとも意外なポジションにい
る奴が犯人、もしくは黒幕であることが明らかになる、という組立。これってちょっとパター
ン化しているみたいだ。『悪魔の涙』でもそう。

それにしても、主要な登場人物みんな不幸なのねぇ。で、その個人的な不幸を背負って、それ
をグッと胸の内に潜めて任務に邁進する、という、なんかケナゲな人たち。

ストーリーが進行するなかで、それぞれが抱える不幸な状況も描かれてゆく。重い過去、辛い
過去を抱えつつ、互いにひかれあう。けれどもプロであり、未曾有の難事件に取り組むチーム
の仲間である大人な主人公たちは、簡単に恋に落ちちゃったりしない。

落ちちゃったっりしないけれども、これから発展しそうな雰囲気を漂わせつつ、事件は無事解
決(といっても最後まで気は抜けないんだけど)。読者は、同じ主人公たちでまたまた難事件
勃発…ってことにならないかなぁ〜、つまりシリーズ化されたらいいなぁ〜となるのであった。
 
ブライアン・フリーマントル『虐待者』             2001/05/28up
幾野宏訳 新潮文庫 2001年4月1日刊 (上・下)

ユーロポールの女性プロファイラー、クローディーン・カーターを主人公としたフリーマント
ルのシリーズもの、第二弾。

……がしかーし、まだ読み終わってませーん。

なんだか読みづらいです。人間関係とかに重点がいっていて。
出世の亡者みたいなやつばっかりで、任務遂行よりも足の引っ張り合いに熱心なような。
それに、仕事の場での女性差別みたいな事が相変わらず頻繁。いらいらするー。
しかも、仕事仲間だろうがなんだろうが、女性はまずセックスのパートナーとして露骨に値踏
みされるんですな、この人のミステリーの中では。

女性のほうもご同類で、なんだかそんなことばっかり考えているようなフシもあり。

幼児誘拐がテーマってのも、今一つ興が乗らない原因かも。
子供が虐められるのなんて、ほんと、いやな話だもの。

でも読みかけたので、もうちょっと進んでみます。感想はまた後日。

※すいません、挫折しました。忍耐の限界!……2001/07/22記
 
ラッセル・アンドルース『ギデオン 神の怒り』         2001/05/28up
渋谷比佐子訳 講談社文庫 2001年2月15日刊

読んでからずいぶんと時間がたってしまいました。
要するにサボりっぱなしのこのコーナー。気を取り直して再出発です。

”ラッセル・アンドルース”はデイヴィッド・ハンドラーとピーター・ゲザーズ、二人で
一つの筆名だそうな。

デイヴィッド・ハンドラーの「ホーギー・シリーズ」がわりと好きで、ずっと読んでいる
わけです。
んで、なかなか新作がでないなーと思っていたら、こんな共作にかかっていたという事。

ろくな教育も受けず、家出して男を頼りに生きてゆく白人の無知な少女。
とことん男運のないこの娘は、結婚しても貧乏籤ばかり。暴力的な夫、アル中の夫……。

結局一人になって、子供を抱え、売春婦まがい(そのものかも)の生活を続けるのだが、悲劇
はそんな惨めな母子家庭に起こる。

その顛末を書き留めた手記を小説化する密命を与えられたゴーストライターがいつのまにか陰
謀に巻き込まれ、殺人犯に仕立て上げられそうになって、必死になって事件を解決してゆく。

……とまぁ、そんな風な粗筋ではある。

深刻なテーマでも重苦しくならないのはハンドラー流といえそうで、全体の流れがいい。
だから一気に読みたくなる、というのは事実。

まぁ、けっこう面白く読めたんだけど……。このミステリーのネックになっている”恐るべき
陰謀!”ってやつが、いまひとつ、意外性に乏しいという感じは否めなかった。

それよりもむしろ、1945年〜50年代にかけてのアメリカで、極貧状態にある母と子の悲惨なあ
りさまのほうがけっこうすごいかもしれない。

戦後のアメリカといえば、日本からみれば、でっかい冷蔵庫とかTVとか掃除機なんていう、
家庭用電化製品に象徴されちゃうような、”豊かさ”の権化ではなかったか。

もちろんそれは、60年代頃に日本にせっせと輸入されたアメリカ製のTVドラマによって植え
付けられたアメリカン・ドリームでしかないのだと、あらためて思ったりした一作。

やっぱりハンドラーにはホーギー・シリーズ新作を早く読ませてもらたいな、と思います。
 
番外編 ”いいわけ”……                   2001/04/02up

いやはや、去年の10月末以来、すっかり更新が滞っていたこのコーナー。
別に誰が期待してるわけでもないには違いないけど、やっぱり気にはなるもんで。
心を入れ替え、春からはまた再開しようとおもってます。

この半年間、別になにも読んでなかったワケじゃない。
でも特にここに書き留めておきたいと思わせるものに出会わなかったというのが正直なところ。

特に期待して読んだパトリシア・コーンウェルの新作。
『審問』(上下 講談社文庫 2000/12/15刊) は私にとっては今一つで、結局途中で放りだし
ました。”女性検屍官スカーペッタ”で有名な、人気を誇るこのシリーズですが。

スカーペッタ vs アナ・ゼナー博士(精神科医)
スカーペッタ vs ジェイミー・バーガー(やり手のニューヨークの女性検事)

これらの組み合わせの行き詰まるような心理的対立、駆け引きはまるで室内劇。
まったく動きがなくて会話だけですすめられてゆくシーンが実に長い!
会話に軽さが全然なく、お互いがお互いを陥れようとしているような意地の悪さが垣間見え、
読んでいて辛いものがありました。

彼らも最後には事件解決に向かって協力し理解し合えるようになるんだけど、その伏線として
はいささか比重が大きすぎる感も否めません。

あと、つまらなくはないけど、だからって読後に大したものが残らなかった、というタイプ。
アラン・フォルサム『告解の日』(上下 新潮文庫 2000/11/01刊)がそれ。
これはローマの教皇庁が舞台。ローマに行ってきたところだったので読んでみた。

ヴァチカンに渦巻く陰謀が世界を巻き込んで……とスケールは遠大なんだけど。
どーもいまひとつ、リアリティに乏しいかな。
ヨーロッパものは歴史的な重厚さを兼ね備えていて欲しいものである。

その点、まもなく映画が公開されるので話題沸騰のトマス・ハリス『ハンニバル』はやっぱり
すごい。フィレンツェの場面は圧巻です。
著者は中世、ルネサンス史も相当に勉強したことがありありとわかります。
町の描写も、史的な故事を物語に生かす手法もさすがにさすが、であります。

それからユベール・コルバン『屍肉の晩餐』(集英社文庫 2001/02/25刊)。
フランス人が書いたアメリカものサイコ・スリラー。
いかにもなオドロオドロしいタイトル(笑)で、原題は Necropsie。

これはなんたって登場人物が簡単に殺されすぎ!
主役というべき刑事に魅力が薄いのも難点のひとつかも。
オドロなサイコを単なるゲテモノじゃなく、面白いものにするはやはり丁寧な人物造形じゃな
いかしらん、なんぞと思ってみる。

かなり面白く読めたけど自分の怠慢でここに取り上げそびれたのが、ロバート・ウィルソン
『リスボンの小さな死』(上下 ハヤカワ文庫 2000/09/20刊)。
好みの第二次世界大戦から現代までいたる大河風。

戦中のナチがらみの出来事と、現代のリスボンで起きた殺人事件とが交互に描かれ、最後に
一点に向かって収斂していくという手法でけっこう読ませました。

ポルトガルには行ったことがなく、その意味でもけっこう勉強になったかも。
リスボンといえば大戦中、アメリカ大陸めざして亡命する人の経由地として有名。
そこら辺の雰囲気を描いたのが確かレマルクの「リスボンの夜」だった気がするんだけど、
これは絶版で目下、入手できません。

※これらの作品、面白かった!という方も大勢いらっしゃいましょう。
 ですから、あくまで私見です。念のため。
 
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