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 聖書に聴く
        


生きておられる方
    
平尾 輝明


ルカによる福音書24章5-6節「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。人の子は必ず、罪人の手に渡され、十字架につけられ、三日目に復活することになっている、と言われたではないか。」これはイエス様の死体に香料を塗ろうと墓に来た女性たちに向けて語られた言葉です。彼女たちのイエス様に対する思い出がどんなに生き生きしていたとしても、イエス様を「死者」の中に求めており、「生きている方」として受け入れられませんでした。

 私達は「生きている者」であると同時に「死にゆく者」でもあります。
人は命に向かっているのではなくて、死に向かって生きています。
この死につつある私達に対して、聖書は「生きておられる方」について語ります。死に支配されていない方によって私達は救われることを語るのです。
イエス様こそ、滅びに向かう「死につつある人」を、永遠の命を「生きている人」にすることのできる方です。なぜならイエス様は十字架によって死なれたけれども死に打ち勝って復活させられ、永遠に「生きておられる方」であるからです。

 イエス様が復活し、共にいると信じられているのは、クリスチャンの
心のうちにイエス様の教えが生きているということなのだ、という人もいます。
この説明は合理的で分かりやすいでしょう。しかし、いくら「イエス様の教えが今なお影響を及ぼしている」と言っても、その方がやはり「過去に生きたナザレの人イエス」でしかないならば、それは死者を死者の中に捜すことになります。

 復活は単なる遠い過去の出来事ではありません。キリストは復活した後、永遠に生きておられます。今、私達と共に生きておられる方です。私達は、神様から離れた的外れな生き方を捨てて、キリストとともに永遠の命を生きるのです。自分の生活の中に復活のイエス様と出会う体験をしているのです。


 


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