インターネットと中東 teppen

first impression: March 1997

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インターネットと情報革命

インターネットとはコンピュータ・ネットワークのネットワークである。世界中にあるコンピュータのネットワークをTCP/IPというプロトコールで結ぶことによって、わずか数台のコンピュータをつないだLANから企業や研究機関内の大規模ネットワーク、さらにはそれらを結ぶ広域ネットワーク、地域ネットワークへと発展させ、さらには全国レベルでのネットワークを構成する。この全国ネットワークをさらに別の国のネットワークと接続すれば、国際的なネットワークとなる。これがインターネットである。
インターネットはもともとARPAnetという米国防総省のネットワークとして1960年代から1970年代にかけて誕生した。もともとは軍事研究を支援するための実験的ネットワークであったのが、のちに大学や研究機関なども参画、学術ネットワークとしての色彩を強めていく。
1990年代はこれに商用化の波がおしよせた。米国では政府の提唱する情報スーパーハイウェイ構想により、連邦政府内におけるオンライン情報システム(情報の提供と情報の収集)の構築が促進されたばかりでなく、膨大な数の企業がインターネットを活用するようになったのである。
インターネットはコンピュータと情報通信の分野に革命をもたらした。個々のコンピュータのなかに収められた情報は単独で利用されているかぎりは、それを利用する個人にとってのみ機能をはたすものである。しかし、それが他のコンピュータとつなげられれば、同じ情報が他の複数の人たちにも影響を与える可能性が出てくる。つなげられた数が増えれば増えるほどその影響は拡大していくだろう。原理的にいえば、世界中のインターネット利用者すべてが同じ情報を共有することだってありうるのである。
インターネットはここ数年のあいだに爆発的に増殖した。1990年代はじめには日本ではほとんどその存在すら知られていなかった。それが、今ではインターネットという単語を聞かない日などないぐらいである。インターネットはあたかも有機体のように、日々増殖をくりかえしている。その成長をとめることはほとんど不可能に近い。
インターネットによってわれわれが入手できる情報の量たるやまさに天文学的な多さである。われわれは研究論文など学術的な情報や政府資料といった比較的堅いものから、文学作品、芸術作品、はたまたポルノグラフィーまでインターネット上に公開された情報であればどんなものでも容易に手に入れることができる。し、また自分が送りたいと思う情報を簡単に全世界にむけて発信できるようになった。
インターネットはすでに世界100カ国以上で接続されている。このネットワークのなかでは地理的、物理的な距離はまったく意味を失ってしまう。われわれは近所の家に電話をするのと同じ感覚で、世界の多くの国のコンピュータにアクセスできるのである。筆者は、はじめてtelnetを使ってイスラエル外務省にアクセスしたときのことを鮮明に覚えている。自宅のコンピュータから電話線を経由してイスラエル外務省のgopherに入り、必要な情報を選択し、引き出してくる。もちろん関心をそそるような画像などひとつもない。文字ばかりである。WWWを使って必要な情報を入手するなど、今ではしごくありふれた風景にすぎない。しかし、つい数年前までは、人文、社会科学系の人間にとってはまさにSFの世界であった。(逆にtelnetやgopherなどは今や専門家以外にはお目にかからないジャーゴンになりつつある)。

中東におけるインターネット

1990年代、インターネットが欧米や日本でまず爆発的に流行したのは、むろんこうした地域にコンピュータが普及していて、経済的にも技術的にも発展の下地があったからだ。しかし、もうひとつ忘れてならないのが、文化的な要素である。インターネットがその性格上もっていた「自由」という特質は、その危険性を充分吸収できる地域でこそ受け入れられるものである。欧米や日本などのいわゆる先進国でインターネットが比較的素直に受け入れられたのはインターネットの自由、あるいは無法性を文化的に充分コントロールできたからであろう。逆にいえば自由が保証されていない国や地域ではインターネットの普及、発展に一定の規制をかけざるをえないことになる。
中東をインターネット普及のモデルケースのひとつとして考えるのはその意味でたいへん興味深い。なぜイスラエルが中東におけるインターネット最先進国であり、サウジアラビアやイランなどの石油大国ではインターネットの商業利用に消極的なのか。アラブ世界で一番最初にインターネットのプロバイダーができたのがなぜクウェイトだったのか。イラクやシリアではなぜいまだにインターネットが利用できないのか。いずれのテーマも単独で論文が書けるような根の深い要素を内包しているといえよう。
1995年4月に米国のジョージタウン大学で"The Information Revolution in the Arab World"という大規模なシンポジウムが開催された。ここでいう情報革命にはインターネットとその露払いともいうべき衛星放送の問題が含まれている。このシンポジウムには以下の7つのパネルが用意された。

1. Erasing Borders: Dimensions of the Information Revolution
2. The Mass Media and the New Information Age
3. The Middle East On-Line: A Guide for Participants and Researchers
4. The Changing Mass Communications Business
5. New Information Orders, New Social Spaces
6. Cultural Impact; Critical Responses
7. Political Implications

一見して、文化、社会、政治的な影響に対する関心が強いことがわかるであろう。これが日本であればおそらく、技術的な問題、ビジネスへの応用の問題、そしてエンターテインメントの問題あたりが中心的な議論となるのだろう。中東で行われた同種のシンポジウムでも事態はあまりかわらない。1997年1月4日から7日までアブダビのエミレッツ戦略研究センターで"The Impact of the Information and Communication Revolution on Society and State in the Arab World"という会議が開かれた。ここでは全部で12のパネルが用意されている。

1. The Future of Information and Communications in the Arab World
2. Media Policies and Communication Trends
3. Survey Results from the Gulf
4. The Information Revolution and the Jordanian and Palestinian Experience
5. Media and the Shaping of the Policy Process
6. The Information Revolution in Iran and North Africa
7. Media and the Gulf War
8. The Role of Newspapers in a Changing World
9. International Politics and the Challenges of the Information Revolution
10. The Use and Misuse of Information Technology
11. Future Technology
12. Information Technology and the Global Economy

ここでもやはり既存のメディアの弱点と新しいメディアの社会に与える影響などが中心テーマのひとつになっている。
一般的にいって、パレスチナやヨルダンといった東地中海地域からは社会基盤の整備とか民間部門の活力といった技術的、経済的な側面が強調されるのに対し、湾岸など保守的な国ぐにからはそれらに加えて、反体制派による情報戦争とか西側からの腐敗した文化の流入というようなマイナスの面にも強い関心が向けられている印象がある。なおジョージタウン大学でのシンポジウムの一部はその後、他のデータや研究とともにアラブ情報プロジェクトArab Information Projectとしてインターネット上で公開されている。きわめて興味深い内容なので、中東におけるインターネット事情に関心のあるかたはぜひブックマークをつけておくことをお勧めする。ちなみにこのプロジェクトの中心人物は同大学のマイケル・ハドソン教授である。レバノンやパレスチナの現代政治が専門で、米国の中東研究者のなかではおそらく大家の部類に入るといえよう。最近はとくに民主化の問題を中心的なテーマとしてとりあげている。筆者は同教授とは個人的なつきあいもあり、しばしば電子メールのやりとりをしているのだが、こうした、失礼だが、かなり年を召した教授がこのような新しい分野に積極的にかかわっているというのはいかにも米国らしいといえるだろう。本稿も、このプロジェクトからは多くの示唆を得ている。

インターネットの闇の面

そもそも中東のインターネットに人びとの注目が集まった最初の事件が、政府側から見ればインターネットのマイナス面そのものであった。
1995年3月中旬、インターネット上にイスラエルの秘密警察であるシンベトの新しい長官就任を祝うメッセージが現れた。「Mazal Tov(おめでとう)カルミ・ギロン新長官。みなさん、かれに祝福の手紙を送りましょう」として住所まで載っていたという。実はイスラエルではシンベト長官の住所どころか名前すらもトップシークレットで、報道も一切許されなかったのである(したがってこの事件を報道したイスラエルの新聞は名前と住所のところをブランクにしていた)。イスラエルはその後もシンベト長官の身元を極秘あつかいにしたままであった。結局、翌年1月に米国のワシントン・ポスト紙の報道を引用するかたちで、イスラエル国営テレビがはじめてかれの名前を公にするまで、この措置は続いたのである。
これは単に国家機密が暴露されたという問題ではない。秘密を暴露する人間はこれまでもいただろうし、今後も出てくるだろう。従来でいえば、このような問題は政治的な理由で敵対する国に秘密を暴露するという、いわゆるスパイの問題であり、個々の人間のモラルの問題だったかもしれない。しかしここで重要なのは、インターネット上で公開されるとどんな秘密であれ、あっという間に世界中に広がってしまうということのほうなのである。新聞やテレビで報じられるのとかわりない。インターネット上では誰でもが不特定多数に簡単に情報を発信できる。新聞や雑誌であれば、罰則を適用して処罰することも簡単だが、インターネットではそもそも犯人の特定がきわめてむずかしいのである。カルミ・ギロンへメッセージを送ったのはカルミ・ギロンの就任に反対するイスラエル人の若者ではないかといわれているが、その後身元が判明したという話は聞いていない。ちなみにそのメールはフィンランドのanonymous relay serviceでポストされている(つまり誰が送ったのかわからない)。インターネットの中東デビューは、当事者にとっては悲劇であったが、当事者以外にとっては喜劇そのものだったのである。

情報規制

これは内部からの秘密の漏洩の問題であるが、中東各国政府にとってより以上深刻なのは外部からの無制限な情報の流入かもしれない。
ポルノなどの不道徳的なデータがインターネットを通じて家庭に入ってしまう。これが青少年への教育上問題であるというのはどの国でも同じである。。中東ではこれにくわえて政治的、あるいは宗教的な情報に対してかなり過敏になっているように見える。民主主義であるとか表現の自由、あるいは人権といった問題は西側で議論されているかぎりは対岸の火事ですむけれど、いったんその議論が自分たちの国に波及してくると話しはちがってくる。アジアの一部でもしばしば見られる現象だが、西欧の文化帝国主義、文化的侵略、頽廃した文化といった言い回しは、しばしば民主主義や自由の抑圧を正当化する口実に利用されることがある。
中東、とくに湾岸諸国のほとんどは何らかのかたちで情報を統制している。もっとも西欧化されているイスラエルでさえ、前述のようにきびしい処罰をともなう軍事検閲が厳然と存在するのだ。サウジアラビアやイランで衛星放送を見るためのパラボラ・アンテナを所有することすら許されていないのも何ら不思議ではない。新聞は検閲され、衛星放送は自由に見られない。報道の自由が保証されていないことに対する国民の不満は高まるばかりである。とくに湾岸戦争はこの傾向を決定的にした。中東の人びとはここで米国のCNNテレビの威力をまざまざと見せつけられた。前述のアブダビでの会議では、クウェイト、サウジアラビア、アラブ首長国連邦の若者たちの75%が自国の報道より英国のBBCやCNNなど外国のメディアを好み、また情報源として信頼しているとの調査が明らかにされている(もともとラジオではBBCのアラビア語放送はアラブ世界で非常に人気が高かったけれど)。
このような状況のなかで中東の為政者たちはインターネットと立ち向かわねばならなかったのである。古来、民の口を防ぐは水を防ぐよりも甚しといわれるように、言論の封殺は治水、防水よりも困難であり、また危険でもある。臭いものに蓋式にすべてを禁止して情報鎖国を行うことは今の世の中では不可能だ。
イスラーム革命のイランでも、外国製テレビ・ドラマが放映されている。もっとも、女性が登場するたびに画面が真っ黒になってしまったりする。人びとは故障かとテレビを調べてみるが、むろん何ともない。かれらはあとでそれが検閲であったことに気づくのである。そんなイランでも、衛星放送などの新規メディアを規制するだけでなく、積極的に活用すべきであり、そうしなければイランが世界の科学の進歩からとりのこされてしまうとの論評が出はじめている。
湾岸諸国では一部の例外をのぞいで国内に入る情報はすべて政府によって管理される。政府は自分たちの目がおよばない情報が、たとえどんなに些細なことであれ、国内に入ることを極端に嫌う。衛星放送が非合法なのは、衛星放送が不道徳をもたらし、ムスリムたちを堕落させるからではない。衛星放送が政府の検閲を経ないで入ってくるから非合法なのである。
したがって、衛星放送でもインターネットでも流入する情報を政府がすべて監督できれば(そしてもちろん不適切な情報を遮断できれば)、とくに問題ないはずだろう。空から降り注いでくる衛星放送も回線を通じて流れ込むインターネットも何もかもだめだとして禁止してしまうより、これはだめ、これはいいというふうに政府が適当な基準をもうけて選別していけばいいのである。当局が、水際で堕落した文化や反イスラーム的な内容をチェックするというやりかたは現在、いろいろなかたちで試行錯誤が行われている。衛星についていえば、衛星放送の受信を政府のみが一手に行い、そこから各家庭にたとえばケーブルを使って再配信するというような方法がある。またインターネットの場合でいえば、すべての利用者に政府の管理するプロキシサーバーの使用を義務づけるといったやりかたである。しかし、いずれにせよ政府が情報を統制するということにはかわりはない。また、こうしたやりかたではすべての情報を封じ込めることが不可能なのは明白である。遅かれ早かれどんな国でもインターネットを導入せざるをえないだろう。
ただし、湾岸諸国の場合、インターネットがほとんど政府系の企業(しかもほとんどの場合1社)に独占されているという特徴がある(クウェイトでインターネットが非常に高価なのは明らかにこの弊害である)。この特徴は実は通信分野一般についてもあてはまる。新聞や雑誌などの紙の媒体が事前検閲されていることに加え、電信・電話も国営であるし、またテレビやラジオ、通信社なども多くは国営である。要するに情報インフラの大部分を政府が抑えているわけである。したがって、政府批判勢力がこうしたメディアを使って国内で不特定多数に大量の情報を流すことはきわめてむずかしい。
地上波のテレビ局を国内に建設することは不可能だし、国外から衛星で電波を送るのにも莫大な経費がかかる。紙の情報では国内で印刷するにも、配布するにも危険がともなう。外国から印刷したものをもちこむのも高がしれている。国内で大量のファックスを送付するのも危険である。国外からファックスを送れば、とてつもない費用がかかる。
反体制派の人たちがきわめて安価な情報発信手段であるインターネットに着目するのはある意味で自然の成り行きなのである。

情報戦争

インターネットにはさまざまな情報が流れるが、それが政治的な目的を含んだ場合、より加熱することは米国の選挙におけるインターネットの利用でも明らかであろう。このことは当然中東にもあてはまる。アルジェリアの大統領選挙ではゼルワール大統領支持者からベルベルのサイード・サァディー、アルジェリア・ハマース、シェイフ・ナフナフ、イスラーム武装集団GIA、そしてイスラーム救国戦線FISというぐあいにデジタルな声明や誹謗中傷が電脳空間を飛びかっていた。
1996年8月23日にサウジアラビアの反体制派、オサーマ・ビン・ラーディンが出したサウジアラビア駐留米軍に対するジハード(聖戦)宣言はその後、同じサウジアラビアの反体制派、ムハンマド・マスアリーにより英訳され電子メールで全世界に配られた。
1996年8月から9月にかけてイラク政府軍は北イラクのクルド組織、クルディスタン民主党KDPを支援するため、北イラクに軍を進めた。KDPは対立するクルディスタン愛国同盟PUKを追い落とし、北イラクを実質的に統治下においた。実際の戦場はむろん北イラクであったが、電脳空間上の仮想戦場でもKDPとPUKの戦いは見られたのである。戦闘の舞台はニューズグループのsoc.culture.iraqとsoc.culture.kurdであった。このふたつの戦場では実弾が飛びかうことはなかったけれど、声明という言葉の爆弾の応酬が頻繁に見られた。おそらくトルコや欧米に在住するKDP支持者やPUK支持者などが声明を送っているのだと思われる。たとえ言葉のやりとりにすぎないとはいっても、どこどこが陥落したとか、誰それが死亡しただとかの声明がニューズグループに刻々とポストされていくのを読むのはかなりの臨場感である。
湾岸の専門家、英国のアンドリュー・ラスメルは「治安にうるさい国にとって政治的、宗教的に微妙な問題をふくむデータがインターネットを通じて流入してくることは、衛星放送や電話、ファックスを通じての情報よりも、はるかに危険である」といっている。なぜなら、インターネットでの通信は監視することが困難だし、情報を入手するのも簡単なうえに、同じように簡単に情報を転送し、公開することができるからである。ビデオやファックス、コピーでは情報はかならず劣化するが、デジタル情報はデジタルでやりとりしているかぎりはほとんど劣化することはない。しかも、まったく同じ内容を瞬時に大量に送ることができるのである。長いあいだ情報を規制されていたため情報に対してすっかりナイーブになってしまった国民にとってこうした情報は刺激が強すぎる。だからこそ湾岸諸国の多くは躍起になってインターネットを規制しようとしているわけである。
インターネットの中東とくに湾岸各国政府に対する政治的な影響を査定するのはまだ早すぎる。湾岸ではインターネットの利用者がまだまだかぎられており、その影響の範囲はそれほど大きくないと考えられるからだ(1996年時点でたとえばアラブ首長国連邦のインターネット利用者は約1万人)。しかし、インターネットを利用できる層が社会のなかの高いレベルであると仮定すれば、その影響力は実際の人数以上に見積もらねばならない。Windows 95アラビア語版の発売以前は反体制情報でも英語のデータが中心だったため、国内への浸透がむずかしいのではないかとの見かたがあった。だが、一方で英語による情報提供は、欧米にある報道機関や専門家をもターゲットに入れることができ、情報戦争に地理的な広がりを与えることになった(もちろんこのなかには欧米在住の湾岸人が含まれる)。
インターネット上における情報戦争の今後の予想される展開はかならずしも政府にとって有利ではない。まず第一にインターネットはまちがいなく、より深く、より広く湾岸諸国に浸透するだろう。これにより、国外にいる反体制派はより簡単に国内と情報を交換できることになる。さらに反体制派がより洗練されたネット上の技術を身につければ、その影響力はさらに増加する。前述のラスメルは次のようにいう。

It has become a commonplace to claim that the Internet cannot be controlled due to its decentralised nature. This may be true but it will not stop cyberspace becoming a key battlefield. As with the uses made by dissident groups of the net, official responses remain embryonic. As Gulf governments and their opponents become more familiar with the potentialities of the Internet, and they begin to apply traditional tactics of psychological warfare and disinformation, the war for domination of cyberspace will intensify. The limited amount of propaganda currently being spread over the net by dissidents and governments represents only the opening shots of a lengthy campaign on a new and poorly understood battlefield.

電子真珠湾

電子真珠湾とは日本人にとってあまりありがたくない名前である。要するにコンピュータ・ネットワークを利用したコンピュータによる奇襲攻撃のことをさす。俗にいうハッカー、クラッカーのたぐいもこのなかに入る。
現代ではコンピュータなしで仕事を行なうことがますます困難になっている。もっともセンシティブなはずの軍隊でもそうである。おそらく米軍は世界でもっともコンピュータに依存した軍隊といえるだろう。武器の設計から戦術の展開、ロジスティクス、はてはプレスリリースの発表までコンピュータを抜きにしては考えられない状態になっている。1995年7月のワシントン・ポスト紙によると、軍事関連の通信の実に95%が一般の電話回線を通じて行われているし、15万台以上の軍事コンピュータがインターネットに接続されているという。インターネットがもともと軍事目的で出発したことを差し引いても、これがいかに危険なことであるかは容易にわかるだろう。もっともインターネットはネットワークの一部が破壊されても他の部分に影響を与えないというトカゲの尻尾きり的発想で作られていた。この意味ではインターネットはきわめて柔軟にできている。ケーブルを爆撃で破壊されたとしても、直接つながっているところには影響を与えるけれど、他のコンピュータは別のルートをさがして、情報を伝達してくれるのである。
こうした物理的な破壊以上に危険なのがネットワークを通じての侵入である。ワシントン・ポストによれば、Defense Information Systems Agency (DISA)は、国防総省のコンピュータ・ネットワークの信頼性をはかるため、1994年ハッカーのチームに自宅から国防総省のコンピュータに侵入させたという。その結果、ハッカーたちは8900台の国防総省のコンピュータのうち実に88%をコントロールしてしまったのである。
イラクのサッダーム・フセイン大統領がふたたびクウェイトに侵攻するとする。またまた米国が介入することになるとしよう。このとき、もしイラクがニューヨークの電話システムを攻撃したらどうなるか。もちろん武器は命中精度の低いスカッド・ミサイルなんかではないし、成功の確率の低いテロリストでもない。アムステルダムあたりのアパートにいるプロのハッカーか、フィンランドにでも住んでいるアイビー・リーグで教育をうけたイラク人科学者を雇えばいい。いずれにせよ、かれ、あるいはかれらはインターネットを使ってニューヨークの電話交換システムを麻痺することができるはずである。このネットワークがなければ、ウォールストリートは沈黙し、銀行も空港も発電所もすべて麻痺するにちがいない。わずか1人でもこんな悪夢をつくりだすことができる。莫大な費用と莫大な人員をかけて開発したミサイルを何十発もうちこんで、わずか数人をショック死させるよりはるかに効率がいい。
ワシントン・ポストの記事は何とも不気味であるが、それ以上に戦慄させられるのは、米国のシンクタンク、ランド研究所が1996年3月に行なったシミュレーションである。タイトルは"An Exploration of Cyberspace Security R&D Investment Strategies for DARPA: The Day After...in Cyberspace II"。きわめて興味深いのは、このシミュレーションにおいて主役級の働きをしているのが実はサウジアラビアであり、イランだということだ。
ときは西暦2000年。サウジアラビアは数多くの内憂外患に悩まされ、イラクはサッダーム・フセイン後四分五裂の状態に陥っていた。そのなかでイランは湾岸の超大国として急速に影響力を増し、湾岸各国のイスラーム原理主義グループを公然と支援していた。2000年の5月13日、サウジアラビアのアラムコの製油所がコントロール不能になり、爆発炎上する。これにつづいて、イランと関係があるされる過激グループから宣戦布告がとどく。
翌14日、イランはGCC各国、米・英・仏に対しメッセージを送り、12時間以内にポジティブな応答がなければ適当な措置をとるとの脅しをかける。しばらくしてイランはノドン1号3基を発射する。
これがシミュレーションの発端である。くわしく述べている余裕はないが、充分興味をそそられるテーマではある。なぜサウジアラビアなのか、なぜイランなのか。電脳空間と現実世界の安全保障の両面を考えると、湾岸が舞台として一番ふさわしいということだろうか。

アラビア語

インターネットは中東においても急速に発展している。しかし、中東にはコンピュータの発展を阻害する要素も少なくない。ひとつは海賊版の横行である。この問題については中東、とくに湾岸諸国はきわめて評判が悪い。オマーンは世界最悪の海賊国家であり、他のGCC諸国もそれよりはマシであるが、いずれにせよ大同小異である(オマーンではコンピュータ・ソフトの90%以上が海賊版といわれている)。かろうじてアラブ首長国連邦で著作権法の整備が進められ、状況が改善されつつあるが、それにしても解決にいたるには相当な時間がかかる。
Windowsのアラビア語版の発売が遅れたのもあながちこういったことと無関係ではないだろうし、しばしばアプリケーションにきついプロテクトがかけられるのはまさにそのせいである。結果的に、正直に正規版を購入しているものだけが馬鹿をみることになる。売り上げは落ち、莫大な損害が出れば、アラブ圏向けのソフトの開発は鈍化する。こうした悪循環が現在の中東、とくに湾岸諸国のコンピュータをとりまく状況である。
Windowsのアラビア語版の発売が遅れたのはむろん、アラビア語への対応がむずかしかったことが第1の原因であろう。このことも中東におけるコンピュータの普及を遅らせる重要な要因になっている。インターネットにおける支配言語は英語である。しかも、つい数年前まではインターネットでアラビア語を使うことすらきわめて困難だった。もし、アラビア語がもう少し簡単に、そして統合的に利用できる環境ができれば、アラブ圏におけるインターネットの普及はより加速されるにちがいない。ただ、その一方で、アラビア語が欧米の文化の流入に対して防波堤になっていることも否定できないだろう。

イスラエル要素

イスラエルは中東でもっとも早くインターネットに接続した国である。米国や欧州との関係の深さからみても、またイスラエルの科学力からいっても当然のことであろう。今やイスラエルのハイテク能力は欧米や日本と比肩するレベルまで達している。われわれがふだん何気なく使っているコンピュータ機器やソフトウェアがイスラエル製だったというのはけっしてめずらしいことではない。
インターネットの分野にかぎってみても、最先端のインターネット電話のソフトウェアをつくっているのはイスラエルのハイテク産業の雄、Vocaltec Incだし、世界で最初にネットワーク用商用ファイアーウォールを発売したのもイスラエルの企業である。また多言語ワープロとして有名なAccentもイスラエルの会社であり、ここは多言語対応のブラウザも作っている。
こうした技術的な面ばかりでなく、多様なホームページであるとか、情報提供システムであるとかイスラエル政府および産業がインターネットを戦略的に位置づけているのはまちがいないだろう。
1995年3月、エルサレムでエジプトのムスタファー・ハリール元首相らを招いて中東和平に関するシンポジウムが開催された。ムスタファー・ハリールのスピーチは終了して3時間以内にイスラエル外務省によりインターネット上にのせられた。これによって会議に参加しなかったものでも、そしてイスラエルにはけっしていくことのできない国ぐにの人たちも仮想的に演説を聞くことができたのである。
イスラエル外務省のホームページは世界各国政府のホームページのなかでももっともすぐれたもののひとつであろう。要人の演説はほとんどその日のうちに掲載されるし、バルフォア宣言以来の中東和平関連の(イスラエル側からみた)基礎的な文書はほとんどがそろっている。パレスチナとの暫定自治、ヨルダンとの和平合意すべてフルテキストで画像ファイルによる地図もふくめて簡単にダウンロードできる。残念ながら、アラブ諸国でこれだけ充実したホームページをもっているところはない。これはまさに情報を外交の手段として利用するもっとも明確な実例といえよう。イスラエルが何か軍事的な活動を行なったとき、われわれはイスラエルからの大量の情報にまず接しなければならない。アラブ側から遅れ馳せながら声明が出てもそのときはあとの祭ということになりかねないのである。
しかも、従来アラブ人は自国のメディアによって検閲され、歪められたイスラエルの像にしか接することができなかったが、インターネットを利用すれば、イスラエルはアラブ人に対しても直接自分たちのメッセージを届けることができるのである。アラブ世界がインターネットを恐れるもうひとつの理由がここにある。
ドバイ警察のタミーム長官は「イスラエルはインターネットを通じて、みずからを平和を愛する民族として描こうとしている」と述べる。同長官によれば、アラブ首長国連邦の国民も他のアラブ人もインターネットでイスラエル人とチャットをし、重要な情報を交換できるという。これはかならずしもアラブ人にとって有利な状況ではない。イスラエルとアラブの情報戦は今のところイスラエルの圧勝である。インターネットを舞台とする情報戦で、イスラエルがはげしい攻勢をしかけている。この攻勢を、アラブ側がインターネットを規制することのみでしのごうとしているとすれば、きわめて危険だといわざるをえない。アラブにとっては今こそ共同してイスラエルの攻撃を圧倒するぐらいの攻勢をしかけなければいけない時期なのだ。すでに自国民にすら信用されなくなった既存のメディアではイスラエルからの圧力をはねのけることはおろか、アラブ人たちの情報飢餓感を埋めることすらできないでいるのである。

仮想聖戦

かりに国内の情報、あるいは国内に流入してくる情報を規制できたとしても、国外で飛び交う情報まで、規制することは不可能である。事実、中東の反体制派グループの多くは民族主義系、宗教系を問わず、ほとんどが欧米のコンピュータのなかでうごめいてる。中東の過激な宗教グループのホームページが結局、かれらの攻撃してやまない欧米のサーバー上におかれているのはきわめて象徴的な現象といえよう。
ベンジャミン・バーバーはその刺激的なエッセーで、現代世界をマックワールドMcWorldとジハードJihadというふたつのキーワードで解きほぐそうとした。前者は、欧米的な価値観のなかから生まれたもので、ロックやファーストフード、コンピュータに代表される要素によって国民、民族を商業的に同質的な世界規模のネットワークへと追いやっていく。マックワールドのマックとはマクドナルド・ハンバーガーであり、マッキントッシュ・コンピュータであり、MTVなのである。
一方、ジハードは、文化と文化、人と人、部族と部族の対立(すなわち異質なものへの不寛容)を特徴とする流れであり、「国民国家のレバノン化」にほかならない。バーバーは「われわれの時代のふたつの中軸原理-トライバリズムとグローバリズム-はあらゆる場所で衝突している」とし、その両者ともが民主主義への脅威となっているという。
かれの論考は、欧米的価値観を善として非欧米的な諸文明を対立軸におくハンチントンの「文明の衝突」的二元論とはことなるが、現代世界をふたつの相反する文明の対立の場と見る点では一致している。しかし、このふたつはとくにジハード側から見た場合はより錯綜した構図になる。中東におけるジハードの担い手たちは、マックワールドを敵視し、その文化を殲滅しようとしながら、同時にそのマックワールドの産物を利用しなければ、戦うことも、叫ぶこともできないでいるのである。
ものすごいスピードですすむ進化の流れに抵抗しようとすれば、ともすれば、産業革命期のラッダイト運動やリヤードでテレビ局を破壊しようとした人びとのようなアナーキーな逆噴射に頼らざるをえなくなる。少なくとも現代社会においては、仮想世界の信仰戦士たちは自分たちが進化の流れのなかにいることを充全に認識しているようだ。だからこそ、かれらはかれらの忌み嫌う欧米で生み出された道具を自由に駆使することができるのだろう。むしろ、進化の方向を見誤っているのは為政者の側なのかもしれない。



--references--
参考文献

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