|
ふたたびアフガニスタンへ
サウジアラビアやエジプト、そして米国などの圧力もあり、スーダンがオサーマの庇護を継続できなくなると、1996年5月18日、かれはスーダンからアフガニスタンに移った。当初はジャラーラーバードに住んでいたが、その後、ターリバーンの本拠地、カンダハールに移ったとされる。
8月19日付米ワシントンポスト紙によると、ケニアでの米大使館爆破事件の容疑者は、オサーマが、4000人から5000人の武装兵士のネットワークをコントロールしていると自供したという。
ターリバーンがオサーマを庇護するという図式はきわめて錯綜していてわかりにくい。サウジアラビア政府とターリバーンの関係は良好であり、サウジは1996年のターリバーンによるカーブル制圧に際し、同政権をパキスタン、UAEとならんでまっさきに承認している。そのターリバーンがサウジの政敵を客人として庇護しているのである。サウジアラビアおよび米当局者がターリバーンと接触するたびに、おそらくオサーマの問題が取りざたされているはずだが、状況には変化が見られない。インデペンデント紙のロバート・フィスクによれば、サウジ当局はオサーマと直接接触しているという。またスーダン時代には母親や親戚たちが、国王に許しを請うよう説得しにきたといわれている。
1998年4月15日付のイスラーマーバード発APによれば、アフガニスタン・ターリバーン政権のアブドゥルハキーム・ムジャーヒド駐パキスタン大使は「(オサーマ)はわれわれのゲストとして(カンダハールに)住んでいる。アフガン人はゲストを尊重する。われわれはかれを誰にもひきわたすつもりはない。これはわれわれイスラームとアフガンの伝統である。ビン・ラーディンはいかなる国に対するテロ行為を行なうにしてもアフガニスタンの土地を使用しないことを約束してきた」と語った。また同年6月15日、ターリバーン政権のムハンマド・ラッバーニー諮問評議会議長はオサーマはアフガニスタンに賓客として受け入れられているが、かれが米国市民を攻撃するとの脅迫はかれ自身の考えであり、ターリバーンは、他者を攻撃するため、アフガニスタンの土地を利用することを許さないと語っている。つまり、テロ活動をしないかぎり、アフガニスタンにとどまれるわけだが、米国の主張では、オサーマはアフガニスタンでテロ活動を行っており、それはターリバーンとの条件に違反しているということになる。なおターリバーンの最高指導者、ムハンマド・オマルがオサーマの義理の息子との噂もあるが、まったく確認できない情報である。また11月1日付の仏ルモンド紙は、オマルがカンダハールで、オサーマの金で2年がかりで建設された家に住んでいると報じている。
米国とターリバーンの関係は、あいだにオサーマを入れると複雑になる。米国はターリバーンのカーブル制圧時にターリバーンを承認するのではないかと噂されていたほど、実はターリバーンとの関係は悪くなかったのである。ポイントの1つはトルクメニスタンからアフガニスタンを経由してパキスタンにいたるパイプラインの建設交渉である。これを米国のUnocalがかなり積極的に進めており、アフガニスタンの平和と安定は米国にとってもプラスになるはずなのだ。ちなみにこの交渉にはサウジアラビアからデルタDelta石油が参加している。ここに米、サウジ、ターリバーンの利害が一致する。
Unocalは8月24日、同プロジェクトをサスペンドすると発表した。その後、同プロジェクト参加コンソーシアムによる協議が行われることも明らかにしている。
ターリバーンはオサーマの庇護を主張し、今回の事件でもかれを米国に引き渡すことはありえないと主張している。しかし、その一方で、ターリバーンがオサーマの反米発言にしばしばいらだっていたことも指摘されている。今回も、ムハンマド・オマルを筆頭に、オサーマの突出した発言を抑えようとする動きが見られたが、こうした動きはすでにこれまで何度か報告されている。たとえば1997年4月にはターリバーンがオサーマを拘束したという噂が広がった。結局、このときはオサーマがジャラーラーバードからカンダハールに移動したのだが、これはターリバーンからの反米的な言辞を控えるようにとの圧力だったといわれている。
ターリバーンにとっては米国のいうことをきいて、経済的な利益を得るか、オサーマを庇護してイスラーム原理主義の信望を集めるかのか、あるいは単なるカードとしてオサーマを利用しているのか、現段階でははっきりしない。しかし、ターリバーンが今後、アフガニスタン全土を制圧するようになり、国家承認を外国から求める必要がでてきたとき、オサーマを庇護しつづけるのはかならずしも得策ではないはずである。カードの切りどころはそう簡単ではない。
ターリバーンの麻薬、インド、パキスタンの核の問題、カシミール問題などを含めると、ほとんどわけがわからなくなる。
サウジアラビア政府は9月22日、サウジアラビアの駐アフガニスタン臨時代理大使を召還するとともに、「サウジアラビアの国家権益のため」アフガニスタンの駐リヤード臨時代理大使の出国を命令したと発表した。くわしい理由は明らかにされていないが、国営サウジ通信は、追放処分の理由を「サウジアラビアの国益を考慮した」と報じた。翌23日、アフガニスタンのターリバーンは、アフガニスタン駐在のサウジアラビア臨時代理大使が国外退去を命じられたことに深い憂慮の念を表明した。カーブル発APによれば、ターリバーン政権外務省のハフィーズッラーは「われわれは決定の理由については何も知らない」と語ったという。ハフィーズッラーはまた、「もしビン・ラーデンがアフガニスタン以外にいけば、サウジアラビアにとって問題になる」と述べ、オサーマがアフガニスタンにとどまっていたほうがサウジのためになると示唆した。
英国のシャルクルアウサト紙は9月23日、アフガン臨代が、ターリバーンがオサーマ・ビン・ラーデンを匿っているため、サウジ政府が自分の国外退去を要求したと考えていると述べたと報じた。なお同臨代は23日、APに対しサウジ政府の決定について公式には聞いていないと語っている。イラン国営ラジオは、サウジアラビアの決定についてポジティブであり、国家の尊厳にふさわしい措置であると評価する論評を加えた。なお同臨代は結局24日、サウジアラビアを出国している。
また10月18日付の米ニューヨーク・タイムズ紙によれば、米政府の要請を受け、サウジアラビア総合諜報局GIDのトゥルキー・ビン・ファイサル長官が9月末にアフガニスタンを訪問し、オマル最高指導者と会見、オサーマの国外追放をについて説得したという。アラブ筋によると、同長官は、オマルに対し、オサーマの保護をやめ、引き渡すよう要求した。トゥルキー長官はサウジ政府内ではアフガニスタン問題を専権的に担当しており、これまでもしばしばアフガニスタンやパキスタンを訪問し、紛争各派の調停にあたっていたので、この記事の信憑性は高いと思われる。事実、ターリバーンのカブドゥルハキーム・ムジャーヒド「駐国連大使」は、同政権がオサーマに関してトゥルキーと協議したことをコンファームしている。
なおニューヨーク・タイムズ紙は、もしオサーマがサウジに引き渡されれば、米国ではなく、サウジで裁判を受けることになると報じており、もしサウジで裁判にかけられれば、すぐに処刑されるだろうとのアラブ筋の話を引用している。もちろん米国政府は、米国内での裁判を希望しており、サウジ側にはターリバーンにオサーマを国外追放にすることだけを呼びかけるよう要求している。米側はターリバーンと直接交渉していないが、オサーマを追い出すべきだとのメッセージを繰り返しているという。
10月25日にはターリバーン当局はオサーマのテロ行為を審議するため最高裁判所長官が審議を行うとの布告を発した。同布告は、オサーマのテロ関与を示す証拠、あるいは関連文書をもつものは最高裁判所に提出するよう求めている。
アブドゥルハイイ・ムトマイン報道官は11月9日、オサーマ・ビン・ラーデンのテロ関与を証明する証拠はないとし、「もしオサーマがテロ、破壊工作などの関与している証拠をもっているなら、11月20日までに提出しなければならない。そのときまでに、何もなければ、われわれは事件を終わりにする。われわれの目ではかれは無罪となろう」と述べた。またターリバーンのヌール・ムハンマド裁判長も同日、「ビン・ラーデンに対する証拠が提出されなければ、かれは無罪である。われわれはこのドラマを永久に待っていることはできない」と語った。これについて米国務省のルービン報道官は「われわれはオサーマ・ビン・ラーデンがその犯罪のために裁判所につれてこられるべきだと考えている。この種のテロ行為に期限はない」と語っている。
|