osama bin laden

オサーマ・ビン・ラーデン

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ジハード

米当局がオサーマをきわめて危険視するのは彼が米国をテロの標的として名指ししているからである。筆者が知るかぎり、オサーマがもっとも明確、かつ包括的に米国に対し宣戦布告したのは1996年8月23日の「聖地を占領する米国人に対する宣戦布告」が最初であろう。これは、同じサウジの反体制派、法的権利擁護委員会のムハンマド・マスアリーによりインターネットでばらまかれたため、多くのサウジ・ウォッチャーの知るところとなったが、米国とその傀儡としてのサウジ政府をはげしく非難している「歴史的な文書」(マスアリー)である。このなかでオサーマは、パレスチナ、レバノン、イラクなどイスラーム世界の各地でムスリムの血が流されており、これはユダヤ・十字軍連合の仕業であるとし、イスラエルそしてとりわけ米国を非難する。またサウジアラビアは米国と手を組み、聖地に米軍を入れることを許したとして、その傀儡であると断じられている。さらにオサーマは、聖地防衛という大義名分が、イラクの崩壊によって意味をなさなくなっているとし、イスラーム世界を蹂躪したモンゴル軍打倒を唱えたイブン・タイミーヤの発言を引用し、ムスリムにとって信仰のつぎに重要な義務は、聖戦つまりこの場合は聖地から米軍を追い出すことであると主張する。

オサーマの考え方は、この前後の会見からも明らかである。彼の最大の標的はつねにサウジアラビア駐留の米軍であった。ただし、この考えかたは徐々にかわっていく。たとえば1997年のCNNとの会見では、民間人は標的になっていないが、安全は保証できないという言い回しをするようになった。これが完全に変化したのは1998年2月に「ユダヤ人と十字軍との戦闘のための世界イスラーム戦線」が結成され、全ムスリムは、米国人であれば軍人、民間人を問わず殺害すべしとのファトワーが出されたときである。イラク情勢の緊迫という特殊な事情もあったが、ここにきて無差別テロの決意が発せられたわけだ。

ちなみに「戦線」に参加しているのは下記のようなメンバーである。

オサーマ・ビン・ラーデン
アイマン・ザワーヒリー(ジハード団(エジプト))
アブー・ヤーシル・リファーイー・アフマド(イスラーム集団(エジプト))
ミール・ハムザ(パキスタン・ウラマー協会)
ファズルッラフマーン(バングラデシュ・ジハード運動)

ただし1998年2月24日付ハヤートによると、メンバーは下記のようになっている。

オサーマ・ビン・ラーデン
アイマン・ザワーヒリー
リファーイー・アフマド
ミール・ハムザ
ファズルッラフマーン・ハリール(ハラカトゥルアンサール(パキスタン))
アブドゥッサラーム・ムハンマド(バングラデシュ・ジハード運動)

1998年6月10日に米ABCテレビで放映された会見で、「われわれは軍服を着ているものと民間人を区別しない」と述べたことは無差別テロの宣言だと注目を浴びたが、これは2月のファトワーを踏まえての発言と考えるべきだろう。

オサーマが米国を敵対視するのは、サウジ的な文脈からはわかりやすいが、その実際の関係自体はより複雑である。米NBCによれば、1989年のアラブのメディアによるアフガニスタンでのオサーマの取材では、彼およびサウジ人、アラブ人義勇兵が米国製のスティンガーで武装している様子が写されていたという。アフガニスタン時代には直接的か間接的かはわからないが、明らかに米国と何らかの関係をもっていた。事実、8月27日付仏フランス・ソワール紙は、オサーマが同紙との1995年ハルトゥームにおける会見で、米国が1980年代のアフガン戦争期、自分の部下の訓練を行い、武装させていたと述べていたと報じていいる。オサーマによれば、米国とパキスタン当局者が、オサーマがリクルートしてきた義勇兵をパキスタン国内の基地で訓練していたという。オサーマはまた「わたしが設営した最初のキャンプでは義勇兵たちがパキスタンと米国当局者により訓練を受けていた。武器は米国から供給され、金はサウジ人によって供給されていた」と語るとともに、「われわれの目的はわれわれの仲間が誰であろうと、イスラーム革命である。この戦略的同盟はわれわれの根本的な選択に疑問をさしはさむことはなかった。米国の目的は重要な役割をはたしていない」と述べた(同紙によれば、会見はオサーマの要請により、今まで公開されなかったという)。

ただし、オサーマは1993年12月のインデペンデント紙との会見では、「個人的には米国の支援は受けていない」と述べている。

ソ連がいなくなり、その後、唯一の超大国として米国が君臨しはじめると、オサーマの怒りは米国に対して先鋭化していく。パレスチナを、聖地エルサレムを占領しているイスラエルを支援しているのは米国であり、ムスリムであるイラクの兄弟たちを苦しめる経済制裁を解除しないのも米国である。世界中でムスリムが苦しんでいるのはすべてその背後に米国がいるからである。これを部外者から見れば、アラブ伝統の陰謀理論だと一笑に付すこともできるだろうが、多くのムスリムがそうだと感じ、信じているという事実は無視することができない。

もうひとつ重要なのは、サウジアラビアに駐留する米軍である。自国防衛のために米軍を駐留させるというサウジ政府の口実はイラクが敗北した現在、意味をなさない。イスラームの2大聖地を擁するサウジアラビアの地に異教徒が入るのは絶対に許されない。サウジ出身のオサーマとしてはこのテーマはより切実なのかもしれない。つねにかれの主張のなかのもっとも大きな柱となっている。

無差別テロとの批判に対しては、米国こそが無差別テロであると反論する。広島、長崎に原爆を投下したとき米国はそこに住む無辜の民について考えたか(かれはしばしば原爆の例をもちだす)、パレスチナで、レバノンのカナでイスラエルがアラブ人を殺害しているときに、米国は殺されていく女性や子どもたちのことを思ったことがあるのか。米国に無差別テロをうんぬんする資格はない、というのがオサーマの言い分である。

なお10月6日付のハヤート紙は、アジア外交筋が、サウジアラビア反体制派オサーマ・ビン・ラーデンが中央アジアのイスラーム諸国から戦略核兵器を入手したと信じていると述べたと報じている。


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