●西洋人が、日本の蔵書票の芸術性をすぐに
理解できないのは、まさにこのような美的感覚
と意味についての根本的な相違による。西洋
人は、創作上での構成の単純さ、色彩の類似
性、遠近法の不在などを前にして途方にくれる。
●西洋人は、知識人ぶった気取りや無意識に
行う分析を習慣としている。この二つの要素が
感覚を感知することを忘れさせる。モネは自然
の官能にどっぷり浸ってしまい、同時代のパリ
ジャンたちに軽蔑されたのである。
●1980年に、初めて自分のコレクションに
日本の蔵書票が入った。満開の桜の枝だった。
それは取り立てて重要なものではなかったし、
自分の美の信仰を覆すものでもなかった。
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●いまでも自分のこの考えは変わらず、それ
には納得していない。というのは、日本の蔵書
票は、西洋のものと同じくらい(あるいはもっと)
平凡だからである。
●けれども、今はこの蔵書票が当時の自分の
精神尺度で考えていたより、もっと違ったもの
を自分に語りかけているのが分かった。
●それは、自然に結びついたテーマ、簡潔で
流動的なデザイン、色彩の豊富さ、偉大な職人芸という日本芸術にいつもある要素を、さらに
多く使っていること知っている。これらの要素が
うまく調和している時は、作品は満開の桜の
枝だけで高い質を得るのである。
●美の探究には対象とその表現に多様性が
あることを知り有意義であった。
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