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ルートヴィッヒU世の遺産・リンデルホーフ離宮 Linderhof/ドイツ
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リンデルホーフ離宮 南ドイツ地方/1987年・夏 |
| 美術と音楽に国費を注ぎ込んだ第四代バイエルン国王ルートヴィッヒU世が、フランス・ルイXIV世に憧れ、多くの部分でヴェルサイユ宮殿を模して山深いこの地に建造した宮殿(離宮)である。 ルートヴィッヒU世は、最初からこの場所に宮殿を建造したのではなかった。現在の宮殿のある場所から200mほど離れた所には、1864年に亡くなった父王マクシミリアンU世所有の狩猟小屋があり、1869年、ルートヴィッヒU世はこの小屋に改造を加え「王の別荘」とした。その当時「王の別荘」の近くには農家もあったと言われている。当初木造であった「王の別荘」は、その後屋根の改造や強固な石材で表装を施すなど何度かの増改築が行われより豪華になってきた。 1874年1月、最終的に「王の別荘」は現在宮殿の立つ場所に移動され、階段や玄関ホールが造られた。その後数年をかけて、寝室や複合的な中央部分などが増築され、泉や水利設備、庭園が整備され「王の宮殿」へと変容していった。 背景に嶮しい南ドイツ・アルプスの山々が迫る宮殿は、周囲を深い森と緑の丘に囲まれ、随所に装飾噴水や色鮮やかな花壇が配置されたフランス・イギリス・イタリア様式のミックスされた美しい庭園の中に建っており、その内装は惜しげもない程の豪華絢爛たるルネッサンス・バロック、ロココ様式の混合様式の調度品、鏡類、数々の天井絵画などで満たされている。 「狂気の王」と言われたルートヴィッヒU世はこの宮殿をたった独りで使用しようと考え、個人用の洞窟劇場までも造らせ、その中で独り熱狂的に傾倒していたリヒャルト・ワーグナーの音楽に酔っていたと想像できる。しかし政治には目もくれず、数か所の豪華な宮殿建設と極端な芸術への傾倒などから、王国の国庫破綻に至り退位・幽閉させられ、1886年、湖で謎の死をとげるルートヴィッヒU世は、この宮殿内に造った豪華の極致の装飾を施した新しい寝室の完成を見ることも使うこともなかった。 なおバイエルン王国は神聖ローマ帝国の崩壊後、1806〜1918年ま、6代の国王により中部から南ドイツを中心とした領地(首都ミュンヘン)を統治した。 またルートヴィッヒU世は、このオーバーバイエルンのロココ様式のリンデルホーフ宮殿のほかに、白亜のノイシュヴァンスタイン城、更にミュンヘン東方のキーム湖の島には、フランス・ヴェルサイユ宮殿を模倣した豪華なヘレン・キームゼー宮殿を建てている。 「ルートヴィッヒU世」はバイエルン発音では「ルトウィックU世」と呼ばれていた。
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