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新石器文化・キロキティア遺跡 Khirokitia/キプロス


キロキティア遺跡
キプロス島南海岸/1997年

 
※ポプラ社発行 「ポプラディア情報館・世界遺産」掲載採用写真/2007年03月
  キプロス島の中部地方、地中海から7km内陸の丘陵地帯にある比較的低い岩山を迂回するように、地元で「マリーニ」と呼ばれるヘアピンカーブを描く小川が流れている。紀元前6000〜5000年頃の大型の居住地遺跡であるキロキティアは、この岩山を取り囲むように麓から中腹まで密集的で広範囲に展開されている。
  1934年に発掘がスタートして以来、既にA・B・C区が発掘され、現在フランス・チームによりD区が発掘中である(1997年)。確認された家屋は100戸近くになる。遺跡は未発掘区を含めると家屋だけで500戸以上の大規模な居住地となる可能性がある。なお訪れた翌年の1998年、UNESCOはこのキロキティア遺跡を世界遺産に登録している。
  小川から住居区へは「メインロード」と呼ばれる石灰岩で舗装された狭い坂道が延び、道に沿っている低い累壁には住居区への入口が設けられている。坂道の両側、サイト一帯の斜面には円形の家屋群が無数に点在している。
  家屋構造は基本的に石灰岩を積み上げ、隙間に小石を詰めた外径2〜9mの円形型が標準スタイルで、外装は干草を混ぜた粘土塗りであった。家屋の入口は各1か所だけ設け、床面はフラットな敷石や白色漆喰塗り、平均1.5m〜5m程度の円形の内壁は粘土と漆喰塗りで仕上げられていた。推測されている天井はドーム状ではなく、円形に積み上げた壁の上に梁の役目の太い木枝を横に並べ、干草を敷き、その上に粘土と漆喰で防水施工を行なっていた。
  入口の大きさを初め家屋の構造から判断して、この居住地に住んだ人々の背丈に関しては男性160cm、女性150cm程度であったと推測されている。居住地には住宅に付属して埋葬用の小形建物もあり、その構造は住宅と殆ど同じであるのも興味深い。

  このキロキティア居住地の経済活動については、当地が現在の地理で 海から7kmほど内陸という点から、新石器時代いおいて、この居住地の人々が日常的に海からの幸を食するには幾分制限があったと考えられる。レポートでは確かにシーフードの骨も若干確認されているが、その捕獲は当居住地の人々の日常的な作業を意味するのではなく、何処か海に近い近隣の居住者達との取引の結果と推測したい。
  出土品の状況からして、シーフードより小麦や大麦類の耕作栽培を初め、ピスタッチォナッツ・オリーブ・モモなどの採集活動に重点を置いていたとも考えられる。また山地での活動を裏付けるヤギ・ヒツジ・イノシシの骨も大量に出土している。
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