アクシデント

 一区切りの話を終えて教壇を下り、机の間の通路を後部座席に向かって歩いている時だった。月曜日午後1時半、突然、一斉に真夏の蝉が鳴き始めた様に、強い耳鳴りが私の右耳を襲った。夜中、眼が覚めた時など耳鳴りを感じることはあっても、昼間活動中に耳鳴りを意識したのは始めての経験だ。夜、ホテルに帰って、受話器を取った時に分かったのだが、実はこの時から既に右耳は聴こえていなかった。左耳は正常だったので、その事に気付かなかったのである。
 
 耳鳴りはいつになっても終わらなかった。この世が続く限り、続きそうだった。それでも、午後の仕事は普通に終えて、夜は海浜幕張駅近くのプレナ・ビルの「さくら水産」に行ってビールを飲み夕食を取った。ビールも旨く、魚も飯も美味かった。

 ホテルに帰った後も、耳鳴りは続き、夜は熟睡できなかった。

 翌日、幕張の耳鼻咽喉科に行った。「突発性難聴」と診断された。原因が分からない時、この病名がつくのだそうだ。ステロイドとビタミンを飲んで経過を見ることになった。ステロイドはウイルスをやっつける強い薬だそうだ。

 3日目。右耳は聴こえず。耳鳴りは相変わらず続いている。弟が内科の医者なので電話で聞いてみた。弟は「それぐらいで済んで良かったじゃないか」と平然としている。この歳になるともっと重篤な病にかかるのが当然という構えである。

 4日目。右耳は聴こえず。耳鳴りは相変わらず続いている。

 5日目。右耳は聴こえず。耳鳴りは相変わらず続いている。この夜は酒でも飲めば気分も良くなるのではないかと、寝る前に深酒をした。これが悪かった。夜中の2時、余りの気分の悪さで目が覚めた。ステロイド剤と強い酒の組合せは最悪だった。
 翌朝寝不足のまま、起床。そろそろ、これはもう歳の所為で治らないのではと弱気になった。医者は加齢する程、治りにくいとも言っていた。一生、片耳で暮らすのだ。別に、それで良いではないかと割り切ろうと努力している自分を発見した。 ホテル住まいは今日、引き払って1週間ぶりに自宅に帰った。

 6日目。右耳は聴こえず。耳鳴りは相変わらず続いている。かかりつけの近所のお医者さん(内科)のところに行って、「突発性難聴」を報告した。先生は「片目よりも方耳の方がましだよ」と慰めてくれる始末。

 7日目。右耳は聴こえず。耳鳴りは相変わらず続いている。

 8日目。再び、幕張に赴き仕事をした。もうそろそろ仕事も辞める時期が来たのだろうと思いながら仕事をした。
 夕方、一通り仕事を終えて、幕張から自宅に向かって湾岸道路に車を走らせていた時だった。対向車が右側をすれ違った瞬間、右後方に去って行く車の爆音が右耳に残った。「これは聞こえていると言うことではないか」と思わず笑みがこぼれた。。ラジオを点けてみると、右耳からも聞こえている様な気がする。単なる気の所為なのだろうか、そうでも無さそうだ。これら一連の状況は聴こえない耳が聞こえ始めたサインだった。その後、右耳の聴力は徐々に回復に向かった。
 
 9日目。再び、耳鼻咽喉科を訪れて聴力検査をした。明らかに聴力が改善していた。もう少し薬を続けましょうと言うことになった。そして5日後、有難くもラッキーにも、私の右耳は聴力を完全回復したのである。

 右耳の異常を感じる直前、かなり無理をしていた。関西まで、往復1,200キロ以上を睡眠不足状態で運転したことや、かつ風邪気味だったことなどが影響していたのかも知れない。若い時なら、多分、平気で克服できたストレスが、年齢と共にもう無理はきかなくなったと言うことであろう。