学校教育


 学校教育とは世の中の仕組みや物の数え方や外国の言葉を学ぶ仕掛けとして世界中どこでも流行っている方法である。幼稚園から始まり、人は長い間、学校という場所で多くのことを学ぶ。この仕組みはかなり効率的であり有効でもある。人間社会の進歩・発展にも大きな貢献をしていることは略間違いない。

 しかし、この仕組みは一つ注意しなければならぬ欠点を持っている。それは知らず知らずの間に、一度問題が提起されるや、それには解答があるとする構図に人々を追い込むことである。「問題」には必ず「正解」があるものと人々に思い込ませるのだ。学校では必ず、事あるごとに試験があって「問題」が出され、必ずそれに答えることを学生たちに強要する。そしてその問題には正解は一つだけある(理由は正解が二つ以上あると採点がやりにくいからである)。この様な世界に十年以上も棲んで来た学生たちは、問題があると一つの正解を求めて奔走するのが習性になる。

 だが、私たちが出て行って棲む世界では、一つの問題に対して答えが複数あるケースはかなり多い。AさんとBさんでは正解が異なることもある。或いは正解のない問題もある。

 この様な現実世界にあって無理矢理一つの正解を求めると、人は不要に悩んだり、他人を傷つけたり狂気の世界に走ることも起きかねないので注意が肝心だ。

 定年後の生活の方法についても同じである。一つの正解があるわけではない。正解は無いかも知れない。そしてそれで良いのである。自然に自分流で素直に生きることだ。