蓬莱山

日本書紀は雄略天皇二十二年秋七月の条で浦島太郎伝説を次の様に述べている。
丹波国与謝郡(たんばのくにのよさのこほり)筒川(つつかわ)の人、水江浦(みずのえのうら)嶼子(しまのこ)(浦島太郎)が舟に乗って釣りをしていた。そして大亀を得た。それがたちまち女となった。浦島は感動してその女を妻とした。二人は一緒に海中に入り、蓬莱山に至って仙境を見て回った。」


 丹後国風土記はもっと詳細である。
「雄略天応の御世、嶼子は一人で小舟に乗って大海に出て釣りをしていた。三日三夜が経過したが一匹の魚も釣れず、ただ五色(青・赤・黄・白・黒)に輝く亀を釣り上げた。おかしなこともあるものだと思いながらも、亀を舟の中に置いたまままどろんでいたところ、亀は突然女性に変身した。
その顔は美しく他に比べようもなかった。嶼子は『人里から遠く離れ、誰もいない海上にどうしてあなたはやって来たのか』と尋ねた。すると女は『いい男がただ一人海上に浮かんでいたので、親しくしたいと思って風と雲に乗ってやってきました』と答えた。女は『舟を漕いで、常世の蓬莱山に行きましょう』と言った。女は嶼子を(この世と常世との境界で)眠らせ、二人は一瞬の内に海の中の大きな島に到着した。島の様子は宝玉を敷き詰めているように美しかった。手を取り合ってゆっくり進んで行くうちに立派な家の門に到着した。・・・」


 中国書にも蓬莱山は登場する。
 「西遊記」第三十三話で孫悟空と妖怪が次の会話をする。道士に変身した孫悟空に向かって妖怪が言う。
「あなたはこの土地の道士じゃありますまい」
孫悟空が答える。
「いかにもわしはこの土地の者ではない。蓬莱山から来たのだ」
「蓬莱山とは海の中の島、神仙の住む土地じゃございませんか」
「わしこそその神仙じゃ」

 紀元前三世紀、秦始皇帝の命を受けた徐福は不老不死の妙薬を求めて東方海上に船出した。目指すは神仙の住む蓬莱山だった。司馬遷は著書「史記ー始皇本紀」で次の様に述べている。
 「斎人徐市等上書して言う。海中に三神山有り、名づけて蓬莱・方丈・瀛洲と曰ふ。仙人之に居る。請ふ斎戒して童男女と共に之を求むることを得んと。是に於いて徐市をして童男女数千人を発して、海に入りて仙人を求めしむ」。因みに
徐市と
徐福のことである。

 以上、時代も謂れも異なる日本書と中国書は共に「蓬莱山」を扱っている。その意味するところは同じ、神仙の住む山である。場所は中国の山東半島東方の海上、即ち渤海・黄海・日本海の何処かである。
 即ち、紀元前からこの地域の中国・日本の住民は互いにひとつの文化圏を共有していたと言うことであろう。沿岸住民は早くから海洋民族として海に慣れ親しみ、互いに自由に交易・往来していたと考えられる。弥生時代に中国から日本に大量の渡来人があったと言う事実もこの文化圏内の移動として捉えると分かり易い。