私たち人間は、いつの間にか目的的になっている。これは社会生活を営む上での必然としてそうなったのだ。生まれれば早く歩け、歩けば次は幼稚園という風に、常に周囲が目的を設定し、本人はそれを追いかける形をとっている。
このことは、成人した後も同じである。サラリ−マンになれば次の上位役職を追い掛けることになる。どんな年齢になっても社会生活は人々に目的を意識させ、それに向かって努力する構図を期待している。

この結果、目的が無くなった時、人々は途方に暮れ、生きる気力を失ってしまうように見える。しかし、これは人間は永年その様に訓練されてきたということに過ぎない。目的が無くなれば、突然、その日から生きることの意味が失われるということは錯覚である。

目的