仏陀

仏陀は老いについて次の様に述べている。(スッタニパ─タ、中村元 訳 岩波文庫)

八〇四
ああ短いかな、人の生命よ。百歳に達せずして死す。たといそれよりも長く生きたとしても、また老衰のために死ぬ。

八〇五 人々は「わがものである」と執着した物のために悲しむ。(自己)の所有しているものは常住ではないからである。この世のものはただ変滅するものである、と見て在家にとどまっていてはならない。

八〇六 人が「これはわがものである」と考える物、ーそれはその人の死によって失われる。われに従う人は、賢明にこの理を知って、わがものという観念に屈してはならない。


八〇七
夢の中で会った人でも目がさめたならば、もはやかれをみることができない。それと同じく、愛した人でも死んでこの世を去ったならば、もはや再びみることができない。

八〇八 「何の誰それ」という名で呼ばれ、かっては見られ、また聞かれた人でも、死んでしまえば、ただ名が残って伝えられるだけである。

八〇九 わがものとして執着したものを貪り求める人々は、憂いと悲しみとものおしみとを捨てることがない。それ故に諸々の聖者は、所有を捨てて安穏を見たのである。

八一〇 遠ざかり退いて行ずる修行者は、独り離れた座所に親しみ近ずく。迷いの生存の領域のうちに自己を現さないのが、かれにふさわしいことであるといわれる。