イエス・キリスト

マタイによる福音書625節ー34

それだからあなたがたに言っておく。何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずらい、何を着ようかと自分の身体のことで思いわずらうな。命は食物にまさり、からだは着物にまさるではないか。空の鳥を見るがよい。まくことも刈ることもせず、倉に取り入れることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていてくださる。あなたがたは彼らよりはるかにすぐれた者ではないか。あなたがたのうち、思いわずらったからとて、だれが自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。また、なぜ、着物のことで思いわずらうのか。野の花がどうして育っているか、考えてみるがよい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。きょうは生えていて、あすは炉に投げ入れられる野の草でさえ、神はこのように装ってくださるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。ああ、信仰の薄い者たちよ。だから、何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。これらのものはみな、異邦人が切に求めているものである。あなたがたの天の父は、これらのものが、ことごとくあなたに必要であることをご存じである。まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな添えて与えられるであろう。だからあすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす、自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。

19741228