「楽しい隠居」
栄誉の空しさを知りぬいて、人目につかずに日を送る静かさを欲しいと思うこと
自分(ひとり)の仕事を自分の村と家と庭に限ること
都会から余り離れていないどこかの田舎に引っ込んで,これまで身を打ち込んで読んだ書物を、注釈をつけながら読み直すことくらい人生の美しい結びがあろうとは思われない
「私の生活技術」 アンドレ・モロワ著 内藤濯訳 新潮社刊(昭和26年発行):アンドレ・モロワ:20世紀初頭のフランスの文学者
モロワは同書の中で「死ぬ技術」として、いくつかの例を挙げているが、その中から三つの例を以下に示す。
(1)職業は往々、人の心に深く入り込んでいるとして医者で哲学者であったアレルの例を紹介している。
アレルは、自分自身の脈拍をそれが感じられなくなるまで触って見ながら、傍のひとりの同僚に向かって「君、もう脈が打たなくなった」と言ったが、それが彼のこの世で言いおさめの言葉だった。
(2)マダム・ルイーズは国王の姫君らしく「さあ天国へ行きましょう!早く、はやく、駆け足で!」と言った。
(3)数学者ラニーは十八世紀の始めに、平方根と立方根を開くための「全然新しい」しかも簡便な方法を公にした人だが、その彼が、もう親しい友人たちの顔にも見覚えがなく、意識もどうやらなくなっていそうになって、いよいよ最後だと思われた時、傍にいた一人が彼の方に身をかがめて、「ラニー、十二の平方はいくつだい?」と言うと「百四十四だ」とラニーが答えた。だが、その時もう、この世の人でなかった。