この映画の最初のシーンが好きだ。主人公のシュミット氏は定年退職の日、ガランとした個室に一人座って壁に掛かっている大きな時計を見つめている。背後にはダンボール箱が無造作に積み上げられている。
秒針が12のところに来てちょうど午後5時になった途端、シュミットは椅子から立上り、コートを取って、明かりを消し、部屋を出て行く。

その後、一人で車を運転し、暗い夜道を帰路につく。場所はアメリカの田舎町、オマハ。そのシュミットの横顔は寂しそうだ。

このシーンは私の経験と重なり合って、私自身の定年の退職の日を思い出させた。私もその日、定年退職する友人たちとこれからの人生を祝して、乾杯をし、そして私は小雨の降り始めた夜の国道1号線を車を運転して帰宅した。映画の中の場所はオマハなのだが、あの日の川崎もそっくりの光景だった。商店の軒先の鈍い明かり、道の両側の外灯だけが雨に煙っていた。そして、人影が妙に少ないと感じつつ運転したことを思い出した。

明日から会社に行かないということが、一体どういうことなのか見当がつかなかった。これは、きっと上司が考えだした新手の冗談かとさえ思ったものだ。

シュミット氏はひとり娘の結婚には反対である。愚かにも何とか破談にしようと画策するのだが、結局失敗してしまう。
それでもシュミェト氏は結婚式に出席し、立派な祝辞を述べた。
結婚式の後、いよいよひとりぼっちになってしまったシュミットば長い道程を、即ちデンバーからオマハまで同乗者のいない超大型トレーラーハウス(移動住宅車)を運転して自宅に帰って来た。定年後は、妻とこの車でアメリカ中を旅行しようと考えていたのだが、妻は一度も乗ることなく他界してしまっていた。従って、彼は大型トラックよりも更に巨大なこのトレーラーハウスをひとり孤独に乗り回しているのだ。

自宅に着いても男やもめの散らかし放題、誰もいないガランとした大広間のソファに座り込んで、疲れた顔でシュミット氏はつぶやく。

「私は明日、死ぬかも知れない。いや、20年後かも知れない。しかし、いずれにしても私のことを知っている人々も、その後数年、数十年の内には次々と死んでしまであろう。そして、私のことを知っている人が遂にはこの地球に皆無となる日が来るであろう。その時、私がこの世界に生きたという痕跡はすべて無くなっている。私の一生とは何なのだろう。何か意味はあるのだろうか。」

留守の間に届いた郵便物を整理していると、中からシュミットが養父となって毎月25ドルの援助金を送っているアフリカに住む6歳の少年ンドゥグ君からの郵便が一通あった。その中には修道女の書いたシュミット氏への感謝状と、ンドゥグ君が描いた1枚の絵が入っていた。ンドゥグ君とシュミット氏らしい人物が太陽の下で手をつないでいる絵だ。
この絵を見たシュミットの顔が突然アップになり、そして遂に感極まって号泣するというシーンで映画は終る。

この映画の宣伝用パンフレットは、「ストーリー」を次の様に紹介している、
「定年退職、妻の死、娘の結婚、全てを失いかけた時、人生最高の贈りものが届いた・・・」

しかし、この最後の決着は果して「人生最高の贈りもの」なのだろうか、と感じてしまった。43歳の監督が大多数の観客はこの様な結論を望んでいるに違いないと考えたひとつの結論として分からぬでもないが、66歳の真実から見れば、ちょっと違うという気分が残るのである。

何故なら、ンドゥグ君も数十年も経てば死んでしまうことには変わりはないであろう。或いは、ンドゥグ君ももっと深く知ってみれば、娘の結婚相手と同じくただの馬鹿か、根性ワルかも知れないのである。ただ、今のシュミット氏が置かれている状況がンドゥグ君を「人生最高の贈りもの」に仕立て上げるのに恰好の存在だったに過ぎないということではないのだろうか。或いは、パンフレットの書き手が単純に誤解をしており、監督の意図は他にあるというのであろうか。

しかしここで重要なのは、この映画は数多くの賞を勝ち取り、人々を感動させているという事実であり、人間が生き甲斐を感じたり、元気を取り戻したり、涙したりする為の条件は極めて不十分なものでも十分であるという事実に、私はむしろ感動する。

03/5/26 22:03