企業は定年という制度を作って、まだ仕事の出来る能力があっても社員を職場から追放する。すべては、此処から始まるのだが...。
定年追放に遭遇して、60歳又は65歳で会社を辞めて、毎日する事も無く、生き甲斐を求めつつ、喪失感の中で途方に暮れる、というのが最初に受ける洗礼である。だからと言って、会社に、もう一度戻りたいと思っているわけではなさそうだ。
この後に及んで、これまでやってきた会社勤めというものは一体何だったのかーその整理が出来ないのだ。
会社生活が生涯の生活の経済的基盤を支えた来たことは否定出来ない事実である。子供を学校に通わせ、社会人として独立させ得たのは父親たる者が、営々として毎日会社勤めをしてきたからこそ可能になったのだ。
だが、今はもう金儲けの為に頑張る理由は無くなった。生き甲斐の為と言って会社に拘り続けるのは如何なものか。自分の人生とは一体何だったのか、会社生活とは一体何だったのか。話が生き甲斐に絡んでくるとややこしくなって来る。
日本人は、いにしえの昔から本当に「仕事に生き甲斐」を求めて来た民族であったのだろうか。「会社こそ我命」と頑張ったのは、せいぜい第二次世界大戦終了後の貧乏生活から必死に脱出しなければならなかった当時の世情に源を発する一時的社会現象に過ぎなかったのではないか。
江戸時代には「ご隠居」という社会の仕組みがあって、井原西鶴によれば、理想的な人生とは45歳位までに身代をなして、後は家督を息子に譲って、自分は裏通りの長屋に移り住んで「楽隠居」することだったそうである。
官民揚げての経済重視が50年続いた中で、個人の精神も気がつかない内に
「仕事こそ人生、仕事が生き甲斐。」
「仕事をしていれば安心。気分が落ち着く。」
になってしまったようなことはないのだろうか。
仕事をしていないと、あたかも人生の落後者のように、自分も思い、家族も、社会全体も、そのように決めつける風潮は修正しても良い時期に来ているのではなかろうか。
仕事を離れての生を闊達に生きることに軸足を置こうではないか。ただ、或程度の金があっての話だが。しかし金の多寡は気持ちの持ち様でもある。何人も無一文で来て、無一文で去って行くのであるから。
99/10/417:47