彼とはいつも廊下ですれ違った。お互い見覚えのある顔なので、簡単な挨拶を交わす。しかし、私の社歴の中で何処の部門で彼と一緒に働いたのか、記憶がどうしても甦って来ないのだ。
彼を社員食堂で見かけることもあった。いつも、ひとりで食事をしていた。多分、職場の中でも定まった仕事は無いのであろうことを窺わせた。年齢もひとり老いて、若い人たちの群から離れ、定年退職の日を待っているという風情である。その様な彼を見掛けて2,3年経った頃である。
私は退社後も、この会社には非定期的に出社しているのだが、ある日、いつもと同じ様に廊下で出合ったので、
「どう、元気」
と軽く声を掛けた。
「今週、水曜日に退社します」と彼は穏やかに笑いながら答えた。
こんどの水曜日が彼の60歳の誕生日なのだそうだ。
「ということは明後日?」
「そうです」
「定年で」
私は分かりきっているのに確認するように訊ねた。
「そうです」
「後はどうするの」と質問をすると、
「しばらくは、はのんびりしながら、また職を探します」
と彼は答えた。
これが世間で,一般に仕掛けられている仕事の終わり方である。
01/8/15 20:14