一度も行ったことがないと言う理由で初秋、東北への旅に出掛けた。秋田と青森である。JR東日本が「大人の休日パス」なるものを売り出していて、それを利用すると、連続する三日間は新幹線、特急、普通列車が乗り放題(グリ−ン車を含む)となる。このパスの値段は16,000円であり、条件は年齢が60歳以上ということだけである。
私は東京駅を13時25分に出発する特急「こまち15号」に乗った。二時間弱で仙台に着いた。芭蕉の訪れた平泉は何処であろうかと地図を探しているうちに、もう通り過ぎていた。そして、15時46分には盛岡到着である。
盛岡を出ると、秋の訪れか、それとも日本海に近ずいて行く所為なのか、やや日が陰って来た。
車窓からは、ただ森と田畑が見えるだけである。あるいは、殆ど山の中を行くというべきか。16時30分、大曲着。
秋田到着は17時14分。駅からお堀に沿って、15分ほど歩いてホテルに行った。途中、タクシ−など交通は東京の様に殺気だってはいない。背広で自転車に乗っている人たちをもチラホラ見かけた。
ホテルまで歩く途中に、映画の看板があったが、出し物は新宿の歌舞伎町と変わらない。ビバ、商業主義。
私が東北へ行こうと思い立ったのは、動機は単純である。行ったことが無かったからである。秋田と青森に行くと、日本全国一応、全部行ったことになる。中国の様に何処まで行っても果てしなく広いということも無く、四時間弱で秋田に着いてしまうのが日本である。特急が速いのか、日本が狭いのかは、どちらでも良い。
ひと風呂浴びた後、ホテルの11階にある食事処に行って、「切りたんぽ鍋」と「しよっつる鍋」がひとつになっている「しよっきり鍋」というものを注文した。酒は徳利で荒清水を薦めてくれた。
「ご飯もお願いします」と言ったら
きりたんぽを指さして、
「これがご飯ですから」
と言われてしまった。
今日は列車に乗っていただけであるが、疲れてもいたのであろう。もう、酩酊気分である。荒清水をもう一本追加した。
初めて食う食い物と言うのはいつもまるで、食い方の見当がつかなくて悩む。だが、秋田の味に満足だった。
微酔い機嫌で町に出た。ホテルの近くに「ロンド」というジャズ喫茶があったので入った。コーヒーを飲みながらジャズを聴いて、それからホテルに帰った。
翌朝10時特急「かもしか1号」に乗って、再び、森と田畑を3時間も眺めていたら青森に着いた。青森駅前の食事処で、昼食に「(ほたて)貝焼き定食」650円を食った。「海峡ラーメン」(750円)というメニュもあった。
青森駅前のバスセンターの2番乗り場から、十三時五分発「免許センター行き」のバスに乗って、三内丸山遺跡に行った。バスでの所要時間は三十分だ。
今から五千年前(縄文時代)に、五百人が千五百年間にわたって、集団生活を営んでいたという遺跡である。平安時代(今から千年前)と江戸時代中期(四百年前)の遺物も出ているそうだ。
現在と云えば、この地は雑草の生い茂る野原に過ぎない。平成四年、青森県はこの野原の有効活用を考えて、県立の運動場を作ろうと考えて造成工事を始めたところ遺跡が発見されたのである。
この経緯から推察すれば、私たちが生活しているこの土の下には、未だ発見されていない遺跡が渦高く積み重なっている可能性は大である。
私たち踏んでいるこの土の上で、古来何度も「栄え」と「亡び」が繰り返されて来た。今から、五千年後には、私たちが生活している場所も何れ草ボウボウの野原である可能性なきにしもあらずである。人間の肉体を含むこの世のすべての物には、何ひとつ実体がなく、絶えず変化して無に帰して行く
人と人の関係だけは、元々実体が無いので消えることからは免れている。ということは永遠の命を持つとも考えられるのかも知れない。
この地上で人間生活者のドラマが何度も繰り返され、しかも跡形は何も残っていない(即ち、野っ原になってしまっている)と言う事は、自然が持つリサイクルの仕掛けということであろうか。野原の一角は墓地であった場所だが、其処に何体もが向かい合う形で土葬されていたのだそうだ。現在、その跡からは勾玉とかの身の周りの装飾品は出土するが、人骨は長い時間の中で消滅してしまったのであろうか、発見出来ないとのことだ。
もしも、人類のすべての歴史上の生活者の痕跡が消えず、この土の上に残っていたとすれば、地球上は痕跡だらけ(人間などの)で、地球は満杯になって足の踏み場も無くなっているに違いない。続く人類の後継者たちは生存出来ない。すべては無に帰し、土となって其処から緑の草が生えることによって、地球は何度でも利用可能な舞台を人類に提供している。これが、地球のやり方である。神様がいれば神様の意思であるのであろう。人類は種として未来に繋がり、発展して行く。この様に考えると、個は最高レベルの価値ではなく、全体の一部である。
翌朝、40分ほど歩いて棟方志功記念館に行った。行ってみると、今日は棟方志功の命日なので、入館料は無料になっていた。記念館入り口に、両の腕を大きく前後に振って、頭には手拭いのハチマキをし、明るく、ひたむきな顔をして力強く朝の庭をカッ歩している棟方志功の写真が壁に掛けられていた。写真は等身大の大きさで迫力がある。
館内に入ると、作品の板画が展示されていて、その作品からは、彼の思いの一途さ、ひたむきさが強く伝わって来て、感銘を受けた。今日が命日と言うのも何かの縁でしょうと思って、私はA4版大で6枚がセットになっている作品コピーを買った。その中の一枚に、釈迦十大弟子「羅候羅」の立像板画があって、これは部屋に飾りたいと思った。多分、これを見ていると毎日の気分も静まるであろう。
それから、私は特急の「スーパーはつかり」に乗って盛岡に向かった。列車は全部、グリ−ン車に乗った。