機会が出来て、何処の温泉に行こうかと思案する時、昔行ったことのある温泉に行ってみたいと思うことがある。大昔に訪れて、その時の印象が、今行くとどの様に変わっているのかを確かめたくなるのである。或いは楽しかったあのシーンをもう一度確かめたいと思うのかも知れない。

その様な理由で、私の場合は、岡山の山奥の湯原温泉に行った。私が入社した時、課員十数名で湯原温泉に出かけたのだ。もうほとんど、この時の記憶はないのだが写真が一枚残っていて、これは明るく仲間と談笑しながら湯原ダムに向かって歩いている光景を撮っていた。私は二十代前半で、未来を信じ明るく屈託のない顔をしている。

それで或秋の日、車を運転して行った。

四十年経っても確かにそのダムはあった。ただ私たちが談笑しながら歩いていた、写真に写っているあの土ホコリの舞い上がりそうな田舎道は何処を探しても見当たらなかった。ダムが歩いて移動するわけもないので、推測すればそれは両側にホテルや土産物店が並んでいるレンガ敷きの都会的な道路に変身している様であった。
これが社会の進歩というものか、私は秋の雨を冷たく感じながら歩いてホテルに帰った。
既にここは昔訪れた温泉ではないとの思いを反芻しながら夕食を食った。そう云えば、写真に写っていたかっての仲間たちもそれぞれ四十年の月日の経つ中で激しく運命に翻弄された。既に便りの途絶えた人もある。

以前は、川にサンショウウオを見ることが出来た。それでホテルの従業員に尋ねて見た。
「今は水が汚れてしまってもういない」
との答えが返って来た。
「記念館に行けば見ることが出来る」
のだそうだ。

私は温泉には三度入る。宿に着いたら、まず一回、眠る前にもう一回、翌朝朝食前にもう一回の計三回である。
湯原では夕食後にもう一回入ったので四回となった。湯原の湯は滑らかで爽快感があって四十年前と少しも変わっていなかった。

02/11/15 17.06

土ホコリの道