04年5月  伸一激動の中で日々考える      TOPページ    04/12/23
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5月31日月曜日 都市整備部、下水道、再開発、決算監査フォローアップ
5月30日日曜日  31度、暑い一日だった。じゅんさい昔池オープンセレモニー新井自治会館。朗読、黒浜沼の河童を聞く。
5月29日土曜日  会社、問題点協議改善。油断は事故につながる、食品の安全管理と温度管理の油断を配せと指示。
5月28日金曜日 監査社会福祉協議会決算フォローアップ、全員協議会、合併協議会白岡町役場内。
5月27日木曜日 監査、例月監査、決算フォローアップ(福祉課、国保年金課、介護保険課)福祉関係保険税の滞納問題は仕組みそのものを崩壊させかねない現実まで来ている。

学ぶことのできない学校にしてはいけない

家庭や学校は社会の縮図。

離婚は教育を崩壊させるか?

離婚の母親は子供の躾(しつけ)ができない(時間、ゆとり)生きることに精一杯?そういう事例が増えているという。

塾が本で学校が生き抜きの場所?これ本当の話、大阪の中学受験の生徒の実例ほかの生徒の勉強中騒ぐ。

学ぶはずの学校で真似ばない、まねることをしない、まねる対象がない?

教育とは学ぶことにより自分の個性を開花させるもの、学ことをしない子供の行き着く先は

わがままという自分自身の奴隷になるか。

 

5月26日水曜日 高校時代3年間下宿でお世話になったおじさんおばさんの家を訪ねてなくなったおじさんの仏前と墓を参って帰る。働いた金は葬祭のお付き合いで消えるものであるとしみじみ思う。そういう年齢である自分の人生の寿命が近づいてきているということでもあるか。
5月25日火曜日 体が痛む疲れが出た、温泉で暖めてやっといくらか回復。葬儀は気を奪われる。
5月24日月曜日 、朝8時30分出棺告別式村中総出。風習は骨になって後、葬儀、その後オトキ、まな板直し長い時間、疲れた。
5月23日日曜日 新潟、隣の親戚の葬儀で21時に帰郷、変わり果てた姿に無念、心筋梗塞65歳。私がふるさとを離れた後、年老いた親父おふくろがいろいろお世話になった人である、また私が少年時代よく遊んでもらった人だ。魚釣りも、小鳥捕まえも教わったいわば私の遊びの兄貴である。死は一定、寿命かまだ惜しい年齢である。故人の一人娘が泣いていた寂しいと。
5月22日土曜日 会社に顔を少しだけ出す、まったく忙しいそれが時代か?新しい指示をして、娘夫婦が買いたいというマンションを妻と見に行く。若い街である戸田市はマンションが建つのも売れるのもわかる。いま24時を過ぎた。
5月21日金曜日 埼玉県監査委員会総会 さいたま新都心
5月20日木曜日 まごころ国体準備委員総会、市民相談深刻だが深刻になっても幸せにならない。人の一生はその人の考え方だどうせ誰でも死ぬ。終わりを自分で楽しめばいい、そう思う。
5月19日水曜日 財政支援団体監査。商工会、シルバー人材センター。蓮田市の商業、工業の現状をつぶさに知る。商工会の役員の皆さんに感謝。シルバー人材センターも時代とともに大きく変わってきている。再就職適齢期があがっている、定年が55歳の時代と60歳に時代と65歳になろうとしている時代では人々のライフスタイルが違う。名前も高齢者事業団からシルバー人材センターに変わった。そのうち社会がすべてに近い形でシルバーになってくるすなわち、人材だらけになってくる。そう思えば道も開ける。
5月18日火曜日 関口前助役と自民党県議団特別全員協議会、合併推進協議会。議員定数と、議員の任期は重要であるが議論が合併の本質から離れていってしまっていると私は思う。何のための合併かのビジョンが見えない。それでは市民の判断を仰ぎようがない。合併で目指すもの、受け継ぐもの、捨てるものがある。目指すものが明確でないと捨てるものがなくなる。捨てるものがなければ改革はできない。平成の大合併はサービスの市場を下げないで瀕した財政を再建するためである。そのことがわからないと失敗する。、
5月17日月曜日 企業朝礼、連合吉沢会長と懇談、小沢さん代表戦に出馬しないというニュースが飛び込む。変化変化激変、年金問題は本質からかけ離れる。日本をどうするかというときに代表戦を年金不払いだけで降りるというのは、国民を馬鹿にした話だ、政局の政治家は期待して支持してきた国民にどう説明するのか?最初から政局の政治家でしかなかったのか?そうは信じたくない、それでは日本の政治が惨めである。健全な2大政党制は日本のためである。
5月16日日曜日
5月15日土曜日 
5月14日金曜日 埼玉県監査委員会総会、草加市電車で行く。電車もいいものである、東武線にはなかなか乗る機会がない、沿線の街づくりを電車で見る。
5月13日木曜日 関東監査委員総会、研修会幕張。加藤寛氏講演で、「 日本経済は5年周期で変化している、2005年から回復基調に入る、日本の製造業が元気になってきた。」

また、地方の元気は1、福祉 2、教育 3、環境 にどこまで取り組むかそこに大きな活力が生まれると説いた。

5月12日水曜日 たまった情報、事務整理 年金未払いの国会議員わが党も、仕組みの煩雑さが確かにあるまさに年金は高齢社会の日本の深刻な現実である。今まで数字を隠してかつ、現実の対応を先送りだけして、誰も手をつけなかった改革に手をつけたということだ。もらう人が増えて、はらう人が少なくなる現実には、もらう金額を少なくして、払う金額を多くする以外にない。きわめて当たり前のことだ。いくつも制度がある現実と、加入者や、世代間の利害が絡む複雑な問題である。なおかつ数字は先の数字でなかなかつかみにくいし、悪い数字は出せば、支払う世代の理解が得られにくく制度の破綻にすぐつながりかねない現実にある。年金のない時代は自分の親を子供が面倒を見た、楢山節考、現代の姥捨て山はない。そこに政治がある。誰でも貧者になるし、明日はわが身の現実である。
5月11日火曜日 年金法案衆議院で可決。
5月10日月曜日
5月9日日曜日
5月8日土曜日
5月7日金曜日
5月6日木曜日
 さあ仕事、あわただしく切り替えの仕事に就く。
5月5日水曜日
 告別式、親戚代表であいさつ、我が家が本家に当たる。77歳の叔父、故人は日本の戦中戦後の激動の歴史を生きた。その生き方は、一生懸命真面目居士であった。冥福を祈る。携帯に国際電話、メキシコの弟から弔問の伝言。世界はリアルで動いている。電子メールの返事である。
5月4日火曜日
 千葉県八千代市、通夜に参加。疲れた、津田沼のホテルに泊まる。津田沼の町も大きくなった。昭和40年代のこの周辺はまだ農地や松林であったのだが、30年の歳月は日本を大きく変えた。これからの30年の時代の流れに思いを巡らせる。
5月3日月曜日
 ふるさと新潟へ墓参り。父が死んで14年になる。5月23日が命日である、葬儀の写真を見て感じたことは多くの参列者が過去の人となっていることに驚かされる。人は死ぬ、改めて14年の歳月の時間の流れに思いをめぐらせる。墓参りの後携帯に千葉の叔父が午後4時に死亡の知らせが舞い込む。関越自動車道の渋滞30キロという。明日早朝に帰ることに決めた。ふるさとの自然の中でしばし家族で癒す。
5月2日日曜日 
 新井第1自治会弁天社の豊作祈願。自治会長として朝から動く。藤棚の大藤がきれいな花を咲かせている、沼の水も日の光に輝き釣り師が長閑に釣り糸をたれる。今年はボランティアグループが田んぼを掘ってじゅん菜沼をつくるという、楽しみである。
5月1日土曜日 
 黒浜の田んぼに水がはられた。代掻きが始まり早苗が植わってくる。家族総出でにぎわう田んぼである。元荒川も満々と水を蓄えて春の小川に水を注ぐ。岸辺は菜の花が咲誇って水面に揺れている。