伸一エッセイ
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伸一エッセイ
2004年12月9日
包丁と職人(魚屋のほうが医者より手術はうまい)
畠山清彦県会議員の県政報告会を終えて氷川参道を大宮駅に向かう。
途中に私が今から10数年前、義理のおじさんの会社で顧問をしていた頃よくお昼の定食を食べた釜重と言うお店の前に来た、余りの懐かしい面影に誘われて、縄暖簾を潜った。懐かしい食堂に入ったが中の雰囲気がちょっと違う薄暗く誰もいない。ごめんくださいというと厨房から板さんが出てきた「食事ですか?」「お飲みですか?」「奥にどうぞ」厨房をくぐっておくに裏通りの入り口の居酒屋があった、初めての店に風景が変わった。この店は裏と表にいり口があり表が食堂、裏が居酒屋の見せ造りになっていたのだ。
親父さんが「いらっしゃい」と迎えた。
明日は氷川の祭りでお客が少ないと話す、私が今から1数年前にこの店でお昼を食べによくきたことを話す。
「780円の海鮮丼は今はやめた、今お客は安いものでないとぴたりと来なくなる、マグロ丼を550円で出しいているんだよ」「牡蠣フライテイショクハ700円今でも同じいまどき牡蠣フライ定食をこんな値段で出しているのはうちくらいさ」今でもおかげでお昼はお客がいっぱいだよ。」「安くしないとだめなんだよ」なる程と思う。
2階では宴会が行われていて支払いの幹事が降りてきて「また来週お願いいたします」と伝へてかえっていった。
親父さんは魚の降ろし方を話し出した、「包丁の研ぎ方で切れ方が変わる、鋼のつけ方、包丁の形と鋼の位置が切れ味や、魚の形や大きさがあるんだ、包丁の骨に当たっていてどうなっているか手が知っているよ、調子が悪いと厚さがまちまちで刺身がきれいに切れないよ。
包丁は種類があるよ、長く包丁を使うと手が教えてくれるんだ。医者のメスよりきれいにちゃんと切れるよ、医者なんかより腕が確かだよ、線さえ引いてくれれば執刀医になれるさ俺のほうがうまいよ、包丁でどれくらいの魚を下ろしてきたかわからない、鰌、鰻から鮪まであらゆる魚を切ってきたんだ。なるほどと感心させられた。毎日毎日同じことを持続すると達人の域に達するんだなと思い日本人の職人の技を教えられた。「また来ます」と挨拶をして大宮駅に向かった。
伸一記2004.12.9.
2003年12月16日御前11時15分
住民力が示す感動。安全と安心のスピード(日の手団地の住民の皆様)
16日 火曜日 朝から風の強い日。日の手団地の住民の力に感動!!私が地域を回っていると、午前11時15分頃、日ので団地の国立療養所側の道路に太い幹が虫にやられて枯れていた木が風で折れて道路を覆い車も人も通れない状態になっていた。私は大急ぎで自宅に帰りヘルメット、手袋、チェーンソウ、鉈を用意して現地に赴いたするとなんと10人余りの御近所の住民の方々が作業を終えていたではないか!。驚いた30分もたっていないであろうに、私が1人でやっても1時間から2時間は有にかかる。住民の力のスピードと力に感動した。この団地の人達の団結の力はすばらしい。私も自分が現地に赴いた後市役所に応援を頼もうと思っていたがその必要がなくなった。30分のお昼の時間にこの文章を急いで書いている。住民の力万歳、蓮田市は素晴らしい住民で成り立っている。
2002年10月9日
ホームページ秩父路を訪ねて
荒川の源流の里、奥秩父大滝村の一軒家屋に泊まる。
おじいさんとおばあさんがいました。そこは大滝村栃木部落、秩父湖畔の奥深く雁坂峠にほど近くにある一軒やどの民宿でした。蓮田を午後2時ちょっと過ぎに出発して約3時間半の道のり。薄暗くなった奥秩父路は初めての宿を探すのにはいささか不安がよぎる。「着くのだろうか」真暗闇のすれ違いのできない道路をひたすら走る。鹿がかんだかい声で鳴く漆黒の山並みがそびえる。明かりが見えた、民宿「ふるさと」そこにあった。車を止めるとがけの上からそこに車を置くように指示があった。人の声にほっとした。囲炉裏には自分で炭焼きをした真っ赤な炭が私たちを迎えてくれた。長い間山坂、働きすぎたか、膝をいためた老ご夫婦が、秩父の手作りの野菜ときのこの鹿なべを用意してこれ以上無いという優しい御馳走でまっていてくれた。山の清流から引いた主人の手作りの檜の岩風呂がまたうれしい。廊下に並べて干してある栃の実山は栃餅を大滝祭りでつくためだと話していた。ぜひどうぞお越しをと秩父訛りで話す。この老ご夫婦が1人欠けたら民宿は終わる。ご夫婦のご健康を祈る。2人が健康であればまた来れる。必ずまた来たい宿である。
小さい大根、小さい白菜、小さいことは良いことになった時代か
最近スパーで小さい大根、小さい白菜を開発していると言う。なるほどそれは良いことかなと思うがしかし多きな野菜が取れて喜ぶ時代は終わるのか。少子高齢者社会というものは家族構成を替え冷蔵庫の野菜の大きさまで変えるということか。小さい野菜は結構だが文字は大きいほうが私も良い年齢になった。携帯テレビよりプラズマのおお型画面が欲しい、おおきものを欲しい、小さいものを欲しい人は豊になるために、幸せになるために大きい物がいるのか小さいものがいるのか。これからの時代今までと違った判断がサービスとして必要になってきている。
08/08/04
次回につづく