もっというと「地球最後の日、何が食べたいか」と聞かれれば
迷うことなく「鴨せいろ。」と答える。それほどに好きなメニューである。
「鴨せいろ」とはいうまでもなく、
鴨肉を煮込んだ、つけ汁にそばをつけて食う
冷たいそばのことである。
東京の、どのそば屋にもあるというものでもない。
また、「鴨なんばん」というものもあるがこれも
どこにでもあるというものではない。
鴨せいろはそれ以上に少ない。
(ちなみに、この、鴨なんばんであるが、名前は「鴨」と表記していても
鶏の場合があるので注意が必要である。)
値段は鴨なんばんは\1,000を超え、\1,300程度も取るところが多く、
鴨せいろになると、それ以上に取るところもある。
そば屋のなかでは、レアかつプレミアメニューである。
そんななかで、筆者は、ふと飛び込んだそば屋で
「鴨せいろ」があれば、金額的な迷いを持ちつつ、
結局は頼んでしまうことが多い。
なぜそこまで、鴨せいろが好きなのか。
これを説明するには、まず、鴨のことから話さなくてはならない。
鴨(鴨、合鴨、あひるまで含んで)を使ったメニューには和洋中、いろいろある。
フランス料理などでも鴨のローストは一般的なメニューであるし、
中華では言わずと知れた北京ダックが有名である。
鴨の美味さは2種類あるような気がする。
一つは当然肉である。いわゆるフランス料理のローストや、
そば屋などでも出る「鴨焼き」は文字通り肉の味を楽しむ。
少し血の味の強い“濃い”味であるといえよう。
もう一つは、脂である。
以前に筆者は北京で北京ダックを食べたことがある。
北京でさほど高級ではない、庶民のいく北京ダック専門店の北京ダックは脂そのもの。
日本などで食べる北京ダックはパリパリにした皮だけが出てくるが
北京では肉も皮もすべて出てくる。そして、濃厚な脂で肉から皮からベトベト、、。
かなりヘビーであるが、そこが美味い。
また、自分で鴨鍋などをやると、鍋には最後、鴨の脂が溜まり層になるほどである。
そして、その脂はしょうゆの甘辛の割り下と一緒に煮る芹(せり)または、ねぎ、
さらに、つけて食べる溶き卵との相性が絶妙である。
血の味を味わう肉と、ベトベトの濃厚さを楽しむ脂、この二つが鴨であると思う。
肉を味わうのか脂を味わうのか、これが問題である。
鴨は火を通しすぎると、肉は硬くなりまた、どんどん縮んで行く。
肉の味を楽しみたいのであれば、焼くに限る。
従って、鍋を含んで、煮込んだメニューは“脂”なのである。
そこで鴨せいろ。
これも、当然“脂”なのである。
先にも述べたが、鴨の脂と、しょうゆの甘辛は絶妙の相性である。
その脂の旨みが溶け出した「つゆ」にそばをつけて食う。
簡易でまた、かなり完成された鴨の楽しみ方ではないかと思う。
実のところ、鴨せいろ。そば屋では普通、鴨なんばん同様に
鴨焼きに使うような、縁に脂のあるきれいにスライスした鴨肉を煮込んであるのが多い。
しかし、先に述べたように煮込んだ鴨は肉よりも脂であるし、それ以上に
なまじ、硬くなるのであれば肉などない方がよい、ことになる。
実は、このことはあるそば屋で教えられた。
現在、筆者の住む近所、地下鉄銀座線の稲荷町の駅、清洲橋通り沿い。
「おざわ」という。
ここの、鴨せいろは鴨の脂身だけを使って煮込んだつゆなのである。
(たしか、メニューにもそのように表示してあったと思う。)
これは、目から鱗。
先入観に過ぎないのだが、
鴨肉は肉のみを食べる、脂は下品、余計なものである、というイメージが
まだまだ強いのではないのだろうか。
再三いう通り、鴨には肉の美味さ以上に脂の旨味も大事なもので
筆者はこちらの方を好む。さらに、煮込んだ場合、脂は必須。
甘辛のしょうゆ味にもぴったり合う、となれば、
鴨せいろの場合、上品にロースト用の肉をきれいに切って煮込むことは
何の意味もない。脂身だけで必要十分である。
鴨または、鴨せいろという、一つの素材、料理、メニューの本質を把握した
「おざわ」のご主人の眼力には端倪すべからざるものがあるといえよう。
料理とはそういうものであると思う。
これがわからない、料理人がなんと多いことか。
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