郡上八幡 川紀行 2002,02,03
 旅情を感じる景色でした。

清流の古城下をゆく
 岐阜県郡上郡八幡町というのが正確なのであろう。四万八千石・従五位下青山家の城下町、というとそれなりの規模の町並みと賑わいを想像するが、東西と北面を山に囲まれた山間の小集落といった方が実際のイメージに近いかもしれない。裾野を水量豊かな清流が流れ小規模ながらも城下としては天然の要害をなしている。川岸ギリギリに立ち並んだ町並みが昔ながらの町家の面影を色濃く残し、「柳町」「職人町」など、機能と住まう人々の人情がほのかに感じられる町名が今なお多い。
水と共に暮らしてきた静かな町並み


 「山間の小集落」とはいいながらも、ここは古くから飛騨・美濃・越前を結ぶ交通の要衝で、奥美濃の政治・経済の中心地であった。元亀天正の頃は、尾張はもちろん越後や甲信州勢など京を野望する多くの地方勢力がその盛衰とともに往来し、大阪冬・夏の陣で天下に戦さの種が途絶えるまで様々な喧噪があったであろうが、いまはなにもなかったようにひっそりと往時の町並みを残している。ただ三十夜におよぶ郡上おどり(筆者は見たことがないが)の行われる夏のひと時期だけは、町全体が活気に満ちる。
夜の清流。八幡城が山頂にライトアップされています。


 上までは地理的郡上八幡であるが、歴史的郡上八幡というのは、下総香取東の庄、千葉氏の支流東胤頼(とうのたねより)が山田の庄を賜わり郡上東家の初代となったのが承久年間(1220年代)というからよほど古い。
 その後四家にわたり領主が代わり、徳川九代将軍家重の時代(1760年代)に青山大和守幸道(よしみち)が領主となり、七代大膳亮幸宜(ゆきよし)の代で幕末を迎え、明治二年に版籍奉還となった。小大名統治の地方都市としては、身持ちの良いほうであったろう。それでも、幸道着任当時は宝暦騒動直後で情勢が不安定であったため、積極的に先代領主金森家の浪人取立て、町人に対する懐柔などが行われた。郡上おどりが盛んになったのもこれに遠因があるのではないかともいわれているが、農政には厳しく、常に一揆の予防に注力しなければならないという重い一面も持っていた。



宴会
 あーつかれた。ちょっと司馬遼○郎の「街○を行く」に挑戦しましたが、そろそろぼろが出るのでやめます。上記はほぼ事実ですが、ニワカ調べなので多少の脚色はありますのでご了承ください。

 さて、メンバーはいつものK師、そして今回筆者は初対面のモーカミさんです。東名高速道路をひた走り、カーナビの到着予想時間を45分ほど巻いて現地集合場所に着いたのは3:30AMでした。今回は、ネット仲間のいっしんさん(「渓流で遊ぼう」)、カビゴンさん(「アフターフィッシングギア飛魚丸」)、いらかさん(渓流釣り日和)など、webページをお持ちの地元のみなさん、そしてお仲間と合流し、解禁をいっちょ盛大に祝おうぢゃあないの、という計画なのです。

 無事合流したはしたのですが、なにしろかっ飛ばしてかなり到着が早まった関係上、しょうがなく渋々( ̄ー ̄;)「ではちょっと呑みますか」ということになったのは、そもそも今回の遠征の第一の失敗であったでしょう。適当な河原を見つけ、火を熾して「おめでとーございまーす」と早速たちのみ大宴会が始まってしまいました。それから夜明けまでの4時間弱は、いろいろ楽しい話で盛り上がったのはいうまでもありません。楽しいことの後には辛いことが待っているのは世の常、案の定全員ヘロヘロ(カビゴンさんだけは一口も飲まず、これは偉いとしかいいようがありません)で、それでも各ポイントに散っていきましたが、各自がどのような釣りができたのかは、今回は詳細を避けたいと思います


消防団の夜警の休憩所状態。  align=


ハトの捕まえ方....
 お昼をまわって、再び集合したのは、八幡の北、明宝村にある道の駅「磨墨の里」(するすみのさと)です。ここでお昼をいただき、一眠りということになったのですが、ちょっとしたショーがありました。
磨墨の里


いっしんさんが、「ハトの捕まえ方知ってます??」と、おもむろにかがみ込みました。見ていると、群がるハトにエサを与えつつ、「こう、こっちでエサを撒きながら、こっちの手で、そーっ、と... ホリャッ!!!」という一瞬の気合いと共に、「クックルゥー、クックルー」....みごとハトちゃん、手づかみにて捕獲されました。
ホーラホラホラホラ....  align=


このとおり


 これには周りの人もびっくり、拍手する人、写真を撮る人、拝む人(いないいない)、遠巻きに奇異なまなざしを向ける人等、すこし眠気の覚める一幕でした。もちろん、シメて食べたりしてないですよー、ご心配なく。でも、しばらくハトちゃんたち寄ってきませんでしたけどね。
とにもかくにも、ここで現地のみなさんとはお別れです。またお会いしましょーっ。


上流へ...
 さてさて、昼をとって睡眠も少しとって、ちょっと回復、午後はどこ行くべー、と思っていたら、カビゴンさんから、「M村に友達がいて、お菓子買ってきてくれっていってるからいきまっかー?」とご提案。コーヒーショップをやっているというので、ロケハンついでにいってみることにしました。

おしゃれな雰囲気のお店でした。  align=


 ここでコーヒーをいただき、人心地ついたら、やっぱり病人、目の前を流れる川が気になってしょうがない。友人のマスターにお尋ねすると、「釣れん釣れん」とおっしゃる。「でも今はまだ人がいないからな〜、ひっよとするとひょっとするで〜...」。この一言で矢も楯もたまらず4人は飛び出したのでした。

う〜んいい川。おサカナちゃんいそうでしょ...


 渓相は抜群で、ひと流しふた流し、「ひっよとするとひょっとするで〜」「ひょっと」を期待しましたが、残念ながらおサカナちゃんはおネムのようでした。でもいい川だったー、また来ましょう、ということで、コーヒーショップをあとにしたのでした。さあもぉ後は民宿に一直線!! めしだーっ!!



旅の宿
 というわけで、再び八幡に戻ってきました。ここでカビゴンさんとはお別れです。「帰りによりマース、ありがとうございました。」とご挨拶し、宿に向かいます。宿はこの町にふさわしい、古い町並みによく似合ういかにも「ひなびた民宿」という感じで、一発で気に入ってしまいました。ご飯もおいしくて、これで2食付き7千円は大満足です。

グルメ旅番組みたいでしょ。  align=


 さすがに今日は酒抜きで、9時には就寝となりました。おやすみー、zzzzzz


いよいよ釣りか...?
 せっかく来たんだから、やっぱり釣りもしよう、ということで、翌日は朝からばっちりウェーダー履いて、それでもガッツリ朝飯3杯づつ食べて、宿を出発です。今日は支流のK師が毎年くる川にご案内いただきまして、短い時間でしたが竿を出しました。ようやくかかったアマゴちゃん、うれしかったなー。

K師が掛けた瞬間と、あがってきたきれいなアマゴ。これにあいたかったのよねー....  align=  align=



 帰りは、小牧のカビゴンさん・りっぺさんの剥製工房「飛魚丸」におじゃまして、剥製づくりの現場を見学させていただきました。初めて見る工房、初めて聞く剥製づくりのお話に、興味津々、またお教えください。ありがとうございました。
いやー、ほんとに充実した旅行でしたが、皆様、郡上八幡川紀行、いかがでしたでしょうか。それでは今回はこの辺で。またねー。



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