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「しろ板」の今後 投稿者:ばん まい
投稿日: 2月15日(日)22時10分42秒
当所をご訪問下さり、どうもありがとうございます。
私見発言掲示板こと当「しろ板」を今後はエエゴで続けて行こうと思っています。
この場所に英語での書き込みを続けるのではなく、これまで使ってきた別所に
「私見発言」の機能を持たせるつもりでいます。 この変革の動機となった理由や
事情は、あるようで無いと感じています。 この場所には、日本語が似合いである
と思えることについて書き、書いたことは、「らくだ板」でお知らせします。
メモ・100204 投稿者:ばん まい
投稿日: 2月11日(水)07時33分40秒
*非営利製薬会社
Social Entrepreneurship という語を目にするようになって随分経つが、その
現実の姿はどうも把握しにくいものであった。 それが、OneWorld Health という
非営利会社(U.S.での課税に制限がある会社組織)が、発展途上国での感染症
などに対する薬品の開発において、Social Entrepreneurshipを体現することに
なりそうだ。
薬をつくるまでの詳細は明らかになっていないが、この会社の強みは、
independence
資金に「独自性」を持たせることに成功している
patent treatment
特許の取り扱いを了解している
'modular' organisation
別団体との協力を容易に築くことを可能とする組織の形態である
といった点であると思う。 バイオ関連の研究成果を利用して「起業」することが
各国で盛んに勧められているが、この奨励は”下手な鉄砲、数打ってみている”
ようなものだという気がしてならない。 資金の性格/性質を精確に把握し、組織
の存在目的を明確に打ち出せて初めて、「業」は回転する。
http://www.oneworldhealth.org
メモ・250103 投稿者:ばん まい
投稿日: 1月25日(日)20時27分57秒
日本語における訳語を考え直しすなり、何通りかの訳語を並記したほうがよさそう
に思える語がある。 英仏語と日本語とでの、現代での用法がもたらす各語特有の
意味の幅が大きく異なると感じるから、そう思えるのだろう。
philosophy
policy
politics
science
work と labour
メモ・180104 投稿者:ばん まい
投稿日: 1月18日(日)23時54分31秒
*保安と保健
社会生活における安全/健康確保のためという大前提を存在根拠とする製品や
仕組みが、続々と世の中に出てきている。 これらの製品/仕組みが行おうと
していることとは、疑わしい存在を検出することだ。 癌検診然り、テロ対策
然り。
疑わしい存在を検出するフィルタ(=網の目)に自分が捕らえられなければ、
自分に疑いが降りかかることがない--それで、世界の人間は、自分だけは
”疑わしい”人間になるまいとすることだろう。 ここで自分の存在を肯定
できる基準として人々が採用するものといえば、高潔な理念ではなく、「疑わ
しい存在を検出するフィルタにひっかからないこと」であるように思う。
我々は、どのような「安・健」を確保しようとしているのか? それを考えず
に安全/健康確保に躍起になった場合、人間は、互いに性質の揃った存在と
なる。 均質な存在は、長所でも短所でも明らかに露呈する。 しかし、その
長所や短所はある限られた系の中でのみ成立するものであって、その系に変化
が起きたとき、系の中にいる人間は一斉に(互いに均質なのだから)、「ワケ
の解らぬ存在」と化す。
=====
「系」に限界があることを、我々は知らない。 それなのに、開放された
「系」の中で如何に上手に存在するかも、まだ、知らない。 その我々が日々
行っていることといえば、安全/健康確保のように「系」を区切る作業だ。
幾ら時間が2000年ほど経とうと、ヒトの知性が大きく変質したわけでは
ない。
メモ・020104 投稿者:まい
投稿日: 1月 3日(土)10時21分37秒
「自由・平等・博愛」とは遠くに光る理想であって、現実のものとすることは
容易ではない。 大革命以来この三語を念仏のように唱えているフランスという
国は現在、それら三語を現実のものにすることができていなくて苦悩している。
団結/組織の重宝さを知っている中華系移民の暮らしぶりと、アフリカ/アラブ系
移民並びに「系」が判別できない新生者の生活の様には雲泥の差がある。 あれ
らの移民の存在は、フランス国のたとえば国勢調査の結果に読みとれる/影響を
与えるものだろうか? 貧すれば窮す。 パリ中心部から北へ北へと向かう列車は
”ゴミ箱”移民居住区へ向かう。 別名、泥棒列車、でもある。
メモ・141203 投稿者:ばん まい
投稿日:12月15日(月)09時01分17秒
独裁という行為は独りで成し遂げられるものではない。 ある組織において
最も重大な責任を負う立場にある者の行いが制裁の対象になる場合、その組織
で責任者に追随した者らは、裁きを呼び込んだ「罪」の支持者であったことを
痛感すべきである。 独裁者が「正義」の敵であるのなら、独裁者の言いなり
になってきた者もまた「正義」の敵であり、ある種の”チカラ”の庇護の下に
あって独裁を(知らず知らずのうちにでも)支持したことになってしまった
ことを省みる必要がある者は、この世にゴマンと居る。 「大衆などという
ものは存在しない」と確か、福田恒在(旧字の変換出ない)が書いていたこと
を思い出す。 国家組織の中に居るのは、昨日までは独裁者に花を振り回し
つつ讃辞を送っていたというのに、翌日には「自由」などと叫ぶ群衆だ。 誰
も、未だに、自分に降りかかる責任の負い方/果たし方を知らないのではない
か、と、生け捕りの目にあったあるかつての国家元首を眺めて、考えた。
メモ・011203 投稿者:ばん まい
投稿日:12月 2日(火)09時22分46秒
ものごとには何通りかの「なるように」なる先が用意されていて、その時その時
の「ものごと」への関係者の見解が様々にあるうちの、最も”強い”見解を集め
た先へと転がるのだと仮定してみる。
このようなことをガタガタと言い出したのは、何事かを「変える」という意識を
根拠にした言動の多くは何事をも「変える」に到っていないような気がするから
だ。 嘆かわしい現状を改変するのだという意識よりも、現状を素っ気なく分析
した後に「こうありたい」という”見解”を持って言動活動を行ったほうが、
より長期に渡って活動できるように思う。
「変える」の意識は、愚痴や文句へと収束しがちだ。 「こうありたい」の見解
を見極める努力をして、より好く「なるように」することを目指したい。
logistiques / logistics 投稿者:ばん まい
投稿日:11月18日(火)07時28分52秒
ありとあらゆるものが雑多にある中で、"The Economist" という週刊誌は、
出版物の好例に挙げられると思う。 この産物は、掲載事項の選択・文章と
いった誌面が優れていると同時に、読者の存在を忘れていない営業陣にも恵ま
れて世に出てきている。 logistiques / logistics がマトモな組織によって
作られている雑誌なのだなと思う。 信用というものは、[念入り・手篤い・
緻密・誠実な]logistics の上に築かれるものであると思う。 logisticsは、
理念ではない。 実行する/されるものを指す。
メモ・111103 投稿者:ばん まい
投稿日:11月12日(水)03時06分09秒
*U.S. DoE が同国での大型科学プロジェクトの20年見通しを発表
http://www.sc.doe.gov/
--発表に際し、一般的な報道媒体を上手に使えている・・・日頃からの成果
--「広く知って貰う」ことが発表内容の進展や発展に不可欠と承知なのだろう
--”責任”ある立場に居る者がもの凄く勉強/精進しているから、これだけの
発表ができるのだろうなぁ・・(イライラするなァ<自分に対して)
--しかも、これだけのことは、チイムでやるから、形になるのだよなァ・・
メモ 投稿者:ばん まい
投稿日:11月10日(月)08時06分59秒
*理/文・論/情・・(=”全て”)に通じることが可能そうな人は居る・凄い
*arrogance と confidence とは異なる
*「才能というものは、それを換金できる分野に群れ集まるのである」
*最近、Weberは読まれているのかな・・・チョット心配
メモ 投稿者:ばん まい
投稿日:11月 4日(火)06時55分11秒
*ものの価値が、「有るか無いか」ではなく「如何なるものであるか」考えよう
*与えられるがままの環境に安住せず、どのようでありたいかを考えよう
*恩恵と犠牲は同時発生することを認識しよう(科学・医術の利用)
*先人が築いてくれた日本の富を、現代日本人は有効に利用しているか?
メモ 投稿者:ばん まい
投稿日:10月31日(金)08時43分05秒
*テツガク的で厄介なことは既に考えたなら、実効/稼働の話が有意義となる
*従って、厄介なことを考えること無しに謳われる例えば「平等」は、空転する
*constructionalな文書を作成できる人も稀だ--如何なる訓練で可能となるか?
雑記・最近、印象に残った言説 投稿者:ばん まい
投稿日:10月27日(月)04時57分29秒
1*
「表現って一人で壁にむかって語りかけてみて反響や残響を耳を染ませながら
何かを考えてゆくような作業なんだな」
武田徹 氏・オンライン日記 10月16日分より
http://162.teacup.com/sinopy/bbs
仰るとおり、と思う。 もしも他者を眺めて悦に入ることがあったら、その
時自分は如何に閑人であったのか、と反省した方がよい。 孤独(恐らく、
この場合のこの語は、謙虚と同義なのだ)な表現者は稀である。 稀ではある
が、居ると思えるので嬉しい。
2*
"the making of decisions in society"
ある教科書にあった、politics という事の定義/説明
教科書自体は全体として優れているものとは思えず、この一冊よりも紹介に値
すると考えているものがあるので、出典には触れないでおく。 Longman社の
出版物。
道理で今までの私にはpoliticsなるものへの興味が無かった。 自分は社会に
おいて何事かの決定を行うのだ/行っているのだという自覚の有無は、
politics への興味の有無から伺うことができると言えよう。
PLoS journals 投稿者:ばん まい
投稿日:10月15日(水)03時48分19秒
#一度書いて出したものがどうも気に入らず、全体を書き直した。
何というか、これを書くことに時間をかけず、アイデアメモのような、
いちいち読まずに済む程度に簡潔に書いておきたいのだが、、、余り
上手く行かず。
==========
米国のNPO (自称nonprofit publishing venture)団体、Public Library
of Science が母体となって、PLoS Biology という雑誌を創刊した。 この
雑誌の登場は、既存のものとは異なる経路で出版界のカネを回転させることに
なるかも知れないと同時に、研究成果の公表にまつわる考えを見直すことに繋
がると思う。 このような雑誌が現実として世に出てくる時代となった。 我々
は、生きものについての探求行為が今や世界経済を回転させる要因のひとつと
なっていることや人類の知的遺産を如何に共有するかについてを、更に深く考
える必要がある。
=====
PLoS Biology 誌のウエブサイト
http://www.plosbiology.org
創刊号目次
http://www.pubmedcentral.com/tocrender.fcgi?journal=212
Public Library of Science のウエブサイト
http://www.plos.org
WIRED誌の記事(簡潔)
http://www.wired.com/news/medtech/0,1286,60797,00.html
The Scientist誌の記事(いまひとつ視点が分散している)
http://www.biomedcentral.com/news/20031010/10
=====
*出版物の質を高く保たなければ経営が維持できない仕掛けを作ったようなもの
*自然科学の研究成果は社会に対して「公表してやっている」ものではなく
「知って貰うべき」ものであるという考えを支持する
*創刊の宣伝にカネをかけているようでもあるが、宣伝投資から期待される以上
に注目されているように見える
*科学雑誌編集業が、研究室出身者のキャリアパスとして確立している(大まか
な世代で言うと既に第二世代に入っている)
*学術誌とはいえ「議論誌」型であり、実験室関係者のみが読者ではない
*民間企業研究室・ヴェンチャー企業研究室からの投稿が増えると佳い
*”先ず倫理ありき”のbioeconomyには似合いの媒体・ビジネスモデル
*Biomed centralの教訓(バラマキの効果は余り無い)からは学べている
ように見える・張り合うつもりもないようだ(アタリマエ)
*書き込み内容についてのお知らせ* 投稿者:ばん まい
投稿日:10月15日(水)00時35分14秒
当所をご訪問下さり、どうもありがとうございます。
ここへ書いて出すものの内容を、これまでの「愚痴・文句・身近な和み話」から
「将来のために注目したいものの紹介・検討」へと全面的に尖らせようと思って
います。 どの分野からの話題であっても取り上げます。
今後ともどうか宜しくお付き合い下さい。
愚痴 投稿者:ばん まい
投稿日:10月 8日(水)19時28分08秒
*第一回世界のんびりさん大賞
大賞受賞は日本に決定。 いえ、私が勝手に受賞させてみただけ。
フランスの態度が何かと優雅であるというとき、「まぁ、フランスでは地面に
種蒔くと放っておいても作物が実るから」と言い訳をすることがある。 放っ
ておいても作物が実るのは恐らく日本も同じで、フランスでは周囲に目を凝ら
して、隣国からいつ攻めてくるとかいつ「実は私がフランスの王様でして」と
名乗り出る者が出るとかに注意している必要があるが、日本は周囲を見ていな
い分のんびりさん度爆発にて、今回の大賞受賞へと繋がった。
=====
成功させたい会談へ出席者のことを何も知らずに出掛けて行くことを、古の
武士は「丸腰」と呼んだのではなかったか? 日本の人は平気で「丸腰」を行
う。 勇気があるからか? 腰の刀が不要なほどの人格者であるからか?
刀を帯びて会談に臨むことは、何も欧米に頭も装備も迎合していることを示す
ためではない。 日本にも知力があることを、そして、その力の使い方を心得
ていることを表明するためだ。
背後音楽・Linkin Park / Meteora (2003)
いろいろ 投稿者:ばん まい
投稿日:10月 6日(月)22時28分44秒
*翻訳天国で考えたいこと
訳書を読んだ場合、原語を解するのなら、自分の”理解”の為には原典を読む
べきであると私はおもう。 ある一冊の著書に訳本があり、解説書もまた訳語
と同じ言語にて五万とあるという場合や、解説書の翻訳本まであるという時、
原典を読み込んだ者の解説書ならまだしも、訳本を読んだ者の訳語による解説
となると、幾ら名訳であってもそれは訳書として完成されているわけであって
もはや原典の精神はそこに読めないと思った方がよいような気がする。 翻訳
はやはり内向的な作業、つまり、閉じられた/限定された母集団へと翻訳対象
について伝える作業だから、その母集団へと訳出しした内容が伝達されれば
目標が達成される。 内向的な作業も人間にとって大切なものだ。 それと同時
に、外向的な作業、つまり、決して閉じられては居ない母集団へとものごと
(この文脈で言えば逆翻訳物か)を伝える、何をもって完結と呼べるのか知れ
ぬような作業にも大切さを見出したい。
*経験を上回る訓練・訓練しても敵わない経験
私はどうも経験重視型であり、訓練を幾ら重ねても経験(この場合、その経験
はヒトに消化/理解されていて、印象の範囲を超えていることを指す)を越え
ることはできないという気がしてしまう。 写真入り解剖書や解剖標本を散々
に眺めることは、実際に死体を解剖することに取って代わることができないと
考える。 こう思い込む反面、もしかしたら経験を上回る訓練というものも
存在するのかも知れないとも思う。 都合の良い例が思い浮かばないから経験
重視型から抜けられないだけだ。 ただ、訓練にも経験にも共通していること
に、類似性を持たせることが双方に於いて可能、ということがあるとは思う。
ある種類の訓練や経験から、他事の訓練や経験と共通の事項を抽出することが
ヒトには可能なのだ。 こんなことを書くのは、訓練の賜物に経験並みの厚み
を持たせるにはどうしたらよいか考えるからだ。 現在において目の当たりに
できる訓練の諸賜物には残念ながら、厚みというか説得力が少ない。
*受賞モノに興奮を憶えるようになってきた
ここ五年間くらい、ノーベル医学生理学賞や化学賞の受賞対象を知ると、異様
に興奮するようになった。 受賞対象が同時代のものへと推移してきた=自分
が歳をとったのだ。 受賞内容の学術的(そして現代では社会的、というもの
も)位地を味わえるようになるほどの時間をその業界で過ごしてきたのかなぁ
とも思う。 近頃にNIHの出した「ロードマップ」にも興奮した。 現状へ評価
を下し、価値判断を行うことを人間は行おうとしている。 私はその手の人間
を”前衛”と称してきたように思う。 前衛でありたいと思う。
NIH「ロードマップ」:
#アメリカは、ロードマップという語を’ストラテジイ’の代わりに流行らせ
たいのかな
http://nihroadmap.nih.gov/
(言い訳他) 投稿者:ばん まい
投稿日:10月 3日(金)22時06分08秒
このところ更新が鈍っています。 ごじゃごじゃと考え事はしているのですが、
なかなかまとめられません。 ここにコウルサイことを書いて出すのは、頭中を
まとめるにはもってこいなのですが。
*知性を備えた人は何故か悲しそうな姿をしているように見える
*ヒトの諸行為の原動力は、存在しないもの(権力)を生じさせようという考え?
*訓練ばかりではなく経験の価値をヒトはもう少し見つめ直した方がよい
*散らかすことと発見とは異なる
*孤立を怖れず連帯を厭わず
"If one proceeds from pure experience one arrives at polytheism" 投稿者:ばん まい
投稿日: 9月19日(金)20時37分04秒
亡くなる少し前のMax Weberが題名にある他人の言を引いて、学問として
括れる業績によって自己主張をすることには意味がないと主張した。 社会学
界の巨星がウェーバーである、と現在では認識されている。
どうも我々人間は、自己主張ということをやりたくなってしまう。 「私らし
さ」だの「個(別の)性(質)」などという語が巷には氾濫している。 私も
自己主張したくなる者の一人であるし、矛盾或いは自虐の匂いがするにせよ、
ウェーバーの主張に同意する。 自己の客観に務めると、"polytheism" =
多神と信じる=自分以外の者も自分と同程度に価値があるのだと思うことに
帰着せずには居られない。
そうなると、自己主張は、当に、"vocation"(天職、という感じか)に自分
を投入し、終わり無き進展/変化の階段の一段になることしか願わなくなる。
研究成果をまとめた論文は、現状とは全く異なり、研究従事者の氏名を記載
せずに出したらよかろうとまで思う。 氏名を公表せねば公開した研究成果の
真偽に対する責任の拠り所を設けられない、という現状は、実は、研究に従事
する者の不誠実さに対応して固まったものなのではないか?
ヒトは自己主張したくなるという現実にも、その現実を根底とした理想とは
如何なるものなのかについても、恐らくWeberは了解していたのだと思う。
了解しつつ、ヒトの持つ傾向のみを根拠にした社会の方針/ありかたから、
少なくとも地球の将来を危惧していたのではないだろうか?
...for civilized man death has no meaning. It has none because the
individual life of civilized man, placed into an infinite 'progress,'
according to its own imminent meaning should never come to an
end; for there is always a further step ahead of one who stands in
the march of progress. And no man who comes to die stands upon
the peak which lies in infinity.
出典
Science as a Vocation (Wissenschaft als Beruf)
Max Weber (1919)
書籍
H.H. Gerth and C. W. Mills (translated and edited)
From Max Weber: Essays in Sociology
Oxford University Press, 1946
追悼 Johnny Cash 投稿者:ばん まい
投稿日: 9月13日(土)06時28分01秒
死神みたいな男だったと私は思う。 黒衣で低い声で、枯れたことを歌った。
この人は、レコオドを録音して人に歌を聴かせているというのにいつでも自分
のために歌っているように聞こえる歌い手、の親分であった。
私はレコオドやディスクのライナーを観ないという不精者であったのだが、
Cash 死すの報に触れ、所有していたディスクに付属していた小冊子を初めて
開いた。 黒く丈の長い上着を風になびかせている悪夢みたいなCash が居る
表紙の冊子の中からは、古いノオト風に着色をした(若しくは、本当に古い
から、古くさい色になってしまったのか)手書きメモのような冊子が出て
きた。 "album thoughts" と走り書きしてあって、J.C. と添えてある。 死神
直筆のメモを精巧に印刷したもので、書き直しをしたところもそのままで、
生々しい。 当に遺言を覗いてしまったような気になった。 その遺言を包んで
いたのは自分の手を大写しにしたものを背景にしたアルバムデータであり、
勿論生前のCash の手なのであるが、これから石膏の型どりをするのを待って
いる死人の手に見えて、ギョッとした。 しかしCash は私にとってそもそも
死神だったので、たとえば昨日何かの拍子に同じものを開いてみていても、
同じように遺言と死人の手に見えたことと思う。
長年連れ添っていた夫人を、つい何ヶ月かまえに亡くしていたのだという。
こういう二人が、時々、この世には存在するのだ。 片割れがあの世へ行くと
本人も当然のようにそちらへ行ってしまう。 そのような相棒を見つけていた
死神Cash は、やはり、いつでも自分のために--もしかしたら相棒に聴かせる
くらいの気はあったかも知れぬ--歌をうたっていた。
"My mother told me to keep on singing, and that kept me working
through the cotton fields. She said God has his hand on you. You'll
be singing for the world someday." ---Johnny Cash
SHIROITA_archives/10ここまで