第六十二夜 AIDS(エイズ)

 昭和62年(1987年)。この年のビッグニュースを、ひとつつあげるとしたらアナタは? ミネラル魚田は「日本で初のエイズ患者死亡」に一票。なんたって、日本列島は黒船以来のパニックだもの。
 風俗産業も未曾有の大混乱に陥った。
 昭和〓年は『風営法』が改正された年でもある。当局は取り締まりにヤッキとなっていたが、射精産業はエスカレートするばかり。とことがである。エイズの恐怖にゃだれのが勝てなかった。フ〜ゾク遊びにぴたりブレーキがかかってしまうのである。ソープなんて閑古鳥だっちゅうの。
 AIDSは、acquired immune deficiency syndrome の省略語。日本では「後天性免疫不全症候群」と訳されている。ちょっと字面を見ただけだと、これらの複合単語は、syndrome「症候群」以外、いずれも難解そうな単語にみえる。でもね、語源をさぐってみれば「後天性免疫不全症候群」の全貌が、おぼろげながらも理解できるはずだ。
 まず、acquired から解剖に取りかかろう。
 語根の quire は「見」「探」などの意味がある。そこに接頭語の ad-「向」の訛った ac- がくあから、acquire なら「面と向かって見る」→「得る」「習得する」という意味になる。つまり、習得して身につけるとことは「後天的」というわけだ。
 conquire は一緒に(com-)獲物を捜しだすことで「征服する」「勝ち取る」、exquisite は外側から(ex-)はっきり見えるニュアンスとなり「見事な」「(感覚が)鋭い」、inquire は中を(in-)覗き込む行為で「尋ねる」「調査する」、require は繰り返し(re-)捜すことで「必要とする」「要求する」という意味になる。
 ついでに、acquired「後天的」の反意語は innate「先天的」。こちらの語根、 nate には「生まれつきの」という意味があり、natural「自然」、nation「国民」などの単語と根っこの部分でつながっている。
 つまり、innate は、DNA(deoxyribnucleic acid)によって、生まれながらにヒトの中に(in-)存在しているもののことなのだ。
 さぁ、お次は immune の番だ。
 commune「コミューン」、communication 「伝達」、community「共同体」で分かるように、語根の mune は「務」「責」のこと。immune「免疫」ってヤツだって、体の中(in-)で『自己』と『非自己』を見分けて、『非自己』から責任をもって『自己』をまもるのが最大の任務なのである。
 最後は deficiency をバラバラにしてみよう。
 語根の fic には「作」「工」などの意味がある。fac,fec と訛ることもあり、fact 「事実」、facter「要因」、factory「工場」、fiction「物語り」「空想」…。
 facile は作りやすいということで「容易な」という意味になる。そこへ接頭語 de-「離」が付くと意図したものとは違った方向に作られてしまったので「欠陥」「欠点」「短所」となる。deficiency も「不足」「欠如」のことで、つまり発育不全、心不全などの「不全」っていうわけだ。アンダスタン?
 ついでながら、affect はなにかを作るために出向く(ad-)ことで「影響する」「作用する」「愛する」などの意味になる。なるほど、愛とは子供を作るために出向くことなのかも。confection ってのは、いろいろなものを混ぜ合わせて作ったという意味で「砂糖菓子」のこと。『コンペイトウ』の語源もこの単語なんだってさ。
 一応、syndrome にも言及しておくとしよう。同時に発生する一連の症状を表す医学用語で、ピーターパン・シンドローム、アパシー・シンドローム(無気力症候群)、バーンアウト・シンドローム(燃えつき症候群)…、いくらだってできちゃう。
 これで「後天性免疫不全症候群」はどうにか解明できたわけだが、最近だとエイズに感染したとはいわずに、HIV(human immune deficeincy virus)のキャリアというようになっている。
 「ヒト免疫不全ウイルス」と訳されており、このうち virus は、細菌濾過器を通過し電子顕微鏡でようやく形が認められる「濾過性病原体」のこと。ドイツ語でウイルス、英語でバイラスと発音する。
 HIVは感染からエイズ発病まで、まれなケースで約半年、遅いと10年を越えることもある。その間、ほとんど症状が表にでないため、自覚なしに移しまくってしまうことだってある。
 たもんから、国連エイズ合同計画(UNAIDS)は当初、HIVの感染者は、1997年末で3000万人を超え、しかも、セックスなどで毎日16000人があらたに感染るだろうと推定していた。
 ま、そこまで人類の一大事とはならなかったが、昭和62年の年頭にうけたあのエイズ患者死亡という衝撃は、やはり忘れないでおきたいものだ。

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