第六十五夜 labia majora(大陰唇)

 ラテン系のお国ではいろんなキスの習慣があるんですね。両頬をタッチさせる友情のキス、手の甲に軽くチュッとやる尊敬のキス、ひざまづいて足元に唇を触れる服従のキス、投げキッス、瞼にそっと触れてやるキスだってある。
 仏領モロッコが舞台の『カサブランカ』をご存じ? ご当地でカフェを経営するリック(ハンフリー・ボガード)は、かつて激しい恋に落ちたことのあるイルザ(イングリッド・バーグマン)と再開して…、
 I'll get you kiss your eyes.(君の瞳に乾杯)
 てな、やたらかっこいい台詞はく。このリックって男、ミネラル魚田もうっとりしたぐらいダンディなのよ。
 「きのうの晩どこにいたの」(イ)、「そんな昔のこと覚えてないね」(リ)、「今夜会える?」(イ)、「そんな先のことわかるもんかい」(リ)。
 それはともかく、エロエロなキスがあるもんだから、仏語じゃ性行為を暗示するベーゼ(baiser)と、挨拶がわりのアンブラッセ(embrasser)とをきっちりと使い分けとるけど、英語の世界では、ひっくるめてキス(kiss)で片付けちゃう。英語圏ちゅうのはそれだけキスに対する関心が薄かったともいえなくない。
 「わが大英帝国ではそんな真似はさせん。カエル(フランス人)どもがやっているようなことは、とんでも接吻、いやハップン」
 英国紳士たちって相手の口のなかに舌をいれたり、お互いに舌をからませたりするキスをひどく軽蔑していたようだ。だもんで、濃厚なキスのことをフレンチ・キス(French kiss)などと他人呼ばわりしたりする。
   A man may kiss his wife goodby,
   The rose may kiss the butterfly,
   The wine may kiss the frosted glass,
   And you,my fried,may kiss my ass.
   オトコは細君に別れのキスを
   バラはチョウチョウにキスを
   ワインはつや消しグラスにキスを
   で、友よ、君はオレの尻にキスを
 ついでに、ass「尻」とドッキングした kiss my ass だと「くたばれ」、kiss(someone's)ass なら「ゴマをする」という意味になる。
 ところで、『ジョーク辞典』の『キス』の項には「1階のご都合を2階の人に尋ねる習慣」とある。つまり、恋人どうしの接吻って、お互いがつぎになにをすればいいのか、暗黙のうちに諒解を求める愛の言葉だ。チュウチュウ吸うのも相手の理性を吸い出してしうため。こうしてできるのが hickey「キスマーク」。
 ちなみに、get to first base(1塁に達する)で「キスする」。get to home plate(ホームベースを踏む)なら「本番」。意味わかるよね。
 話は移って lip,labia「唇」のこと。
 labia「唇」には、医学用語で「陰唇」という意味もあり、labia majora で2枚の花びら「大陰唇」、labia minora で「小陰唇」となる。
 Jean moaned when my lips touched her hot labia.
 (ぼくの唇がジーンの熱い陰唇に触れると、とたんにうめき声をあげた)
 昔から、日本ではこの陰唇を貝に見立てる。
 少女のものはシジミ、ギャルの年齢になるとハマグリ、さらに成熟したものがアカガイ、セックスを重ねて黒ずんでくるとアワビ、やがて色が沈着してトリガイ、締まりが悪くなったものはバカガイ…、だってさ。
 江戸時代は、接吻を『おさしみ』と言っていた。発禁本になった『日本性語大辞典』には、なぜおさしみかについて「接吻殊とくに互に舌を吸ひ合ふことをいふ。魚の刺身を含むに似たる感触あるによるならん」と解説している。
 upper lip は「上唇」のこと。ただし、この範囲には「鼻の下の部分」も含まれている。だから growshair on one's upper lip なら「鼻の下に髭をたくわえる」という意味になる。はは〜ん、それで鼻の下長〜いヤツをチューリップ(tulip)というんか。そうそう、アチラのキスの擬音は「チュッ」じゃなく「スマック」(smack)だからね。
 lower lip「下唇」、lip-read「読心術」、thin-lipped「唇の薄い」「おしゃべりな」…。lip service となれば「口先だけのお世辞」ことだが、わが国では女性がお口を使って男のアソコを刺激する、いわゆる「尺八」の意味がくわわる。
 Part with dry lips.(唇が乾いたままで別れる)
という言い回しがある。ろくすっぽ会話も交わさないで別れてしまうことで、こんな場面はなんとしても回避したいもんですね。乾いたままなのが上半身の唇であっても、下半身の唇であっても。
 で、再び『カサブランカ』のこと。リップ、いやリックは、イルザが夫(レジスタンスの闘士)とともに、ナチの手を逃れて中立国リスボンに旅立つまで、彼女の唇を乾いたままにさせておいたんだろうか? ともかく、やせ我慢男、リックが一番乾杯したかった瞳って、eye that weepsmost whenbest pleased(もっとも嬉しいときにもっともよく泣く瞳)だったことは間違いない。

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