第六十七夜 masochism(マゾ)

 ミネラル魚田のSM館にようこそ。
 ご存じ『SM』ってのは sadism and masochism の頭文字だけど、この世界は、lave and master「奴隷と主人」の関係でもあり、ちょいと気取って、algolagnia「アルゴラグニー」って言い方もできる。ギリシャ語の algos「苦痛」+ lagnia「欲情」となり、sadism「加虐愛」と masochism「被虐愛」を合わせ持った二重人格者ってわけ。
 マゾヒズムはオーストリアの作家ザッヘル・マゾッホ(1836-96)の名が土台になっている。この人の小説に登場する男女は、そろって肉体的、精神的にヒーヒー傷つけられることが大好きな人間ばかりだ。
 マゾッホの父親は警察の署長だった。で、手錠をかけられ、ビシバシとムチで叩かれる罪人たちを見ているうちに、苦痛を無常の快楽とするマゾッホの人格が形成されんじゃないか、と心理学者たちは分析する。
 話かわって、suffering「苦痛」のこと。
 語根 fer には「運ぶ」という意味がある。ferry boat「連絡船」もこのグループで、そこへと接頭語、sub- の訛った suf-「下」がドッキングして、suffer「耐える」、sufferance「忍耐力」「黙認」、sufferer「殉教者」「病人」「被害者」…。suffering 系の単語って、大きな荷物を持ち上げ、ウンウン言いながら運んでる様子がイメージできる。
 SM館では『BD』という単語もよく使われる。
 bondage and discipline「拘束と折檻」のこと。bondage には肉体的、精神的な「拘束」の意味があり、ボンデージ・プレーには、ロープ、手枷、足枷、首輪、猿ぐつわなんかがよく使われる。
 ここで、しばらく縛ったり、吊したりに使われるロープのあれこれ。
 英語だと糸や綱は、材料と用途によって、細かく分かれているのをご存じ? 例えば、thread なら衣服などを縫う「糸」、yarn「つむぎ糸」、twine「より糸」、line「釣り糸」、gut「弦」,string 「細びき」…。
 SMで縛りに使われるのもこの細引き類。さらに、cord「コード」、rope「ロープ」(周囲1インチ以上)、cable「ケーブル」(周囲25・4インチ以上)の順で太くなっていく。
 cord には「弦」という意味もあり、accord「調和」「和音」、accordion「手風琴」、concord「和」、discord「不協和音」、record「記録」…。レコードは「心の琴線にとどめおく」ってな意味なのだ。
 chord も同じ仲間の単語で、西洋音楽の基本となるドミソなどの「3和音」は、common chord とよばれている。harpsichord「ハープシコード」というのは、ピアノの前身なんですな。
 ところで、男のサドとマゾではどっちが多い? 例えば、米国の政治家だとサドよりもマゾだといわれている。その証拠に、彼らが通う売春宿にはかならずムチ、手錠、鎖、ピン、十字架の架刑台などが用意されている。
 なぜサドよりもマゾが多いか?
 キリスト教と大いに関係がある。キリストは十字架に張り付けになるまえにムチで打たれるなど、いろんな凌辱(passion)を受けた。政治家たちも、キリストとおなじように肉体的な責め苦をうけることで、自分を sufferer「殉教者」に仕立て上げようってわけだ。殉教者であることは、選挙で女性票を獲得するのにけっこう役立つんだとか。
 なかでも、政治家たちのお好みってのはムチ打ち。スッポンポンになって、女王様にムチで尻から血がでるまで叩かれ、部屋の中を四つん這いになって歩き回るのが、えもいわれぬ快感なんだって。
 SMで使われるムチにもいろいろある。
 9本の革紐でできた『9尻ムチ』、名古屋のキシメンみたいな平たい革が15枚束になった『15条ムチ』、競馬で使われる『レーシングウィップ』…。ちなみに、このSM用ムチ、高いもので2万円ぐらい。
 flog,whip で「ムチで打つ」「ムチを使う」。
 このときムチは「ヒュッ」とうなるが、whip は、この擬音からできた単語だ。だから空気をさく音はたいがい、whi- の綴りではじまる。whiff「フッと吹く」、whir「ヒューッ」、whisper「ささやく」、whistle「笛を吹く」、wheeze「ゼーゼー言う」…。
 fend にも「打」という意味がある。
 offend「攻撃する」「怒らせる」、defend「守る」、fence「垣根」。ついでにfender「フェンダー」は接頭語の de- が欠落した単語だ。
  ♪ローレン、ローレン…。
 テレビ映画『ロウハイド』の rawhideは「生皮のムチ」のことなんだけど、マゾにとって、ムチ打ちなどのプレイはごく最近まで、ブーツを履いたロウレン、老練な女王サマに「どうかお願いします」とおすがりするしかなかった。ところが、最近はソフトSMならごくフツーのカップルのプレイにも取り入れられるようになりマゾ派OLや女子大生のムチ使いがどんどん増えている。世はまさに「無知こそモノの上手なれ」ってな時代なんである。

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