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虎は死んで皮を残し、マルキド・サド(1740-1814)は死んで、sadism「サディズム」という言葉を残した。フランスの貴族出身なのに、どこでどう狂ったか、このボンボン、オンナたちをヒーヒー言わせる虐待が大好ときた。さらに困ったことに、やたらと筆が走り過ぎた。 どうにも止まらない。これがたたって生涯の大半を塀の中で過ごすことになり、結局、精神病院で悲惨な死をとげちゃうんだ。 ところでさ、テレビや映画に見かけるサディストって、顔が青っじろく、ポマードなんかで髪をきちんと七三になでつけたタイプが多いけれど、元祖サドときたら髪はボサボサにナミうち、目玉はギョロリ。ナミのサディストとはだいぶ違うんだな、これが…。 それはそうと、サドの代表作『悪徳の栄』ってのは、幼いころ修道院にあずけられた女主人のジュリエットが、淫蕩な尼僧や淫売窟の影響を受け、『病ゴウモンに入る』とでもいうか、次第にゆがんだ性に目覚めるオンナの一生。 日本では昭和34年(1958)に翻訳出版されたものの、たちまち猥褻図書のスタンプ(stamp)をペッタン。ちなみに『病膏肓に入る』は、コウモウでなく正しくはコウコウと言う。 さて、サドは『悪徳の栄』の中で、 You must give violence to you object of desire.The moment she yields your pleasure will be greater. (欲望の相手に対しては暴力をふるうべきでだ。彼女が屈服した瞬間、快楽は大きくふくらむのである) と、倒錯した人間の性欲を赤裸々にあばきだしている。まッ、この主張わからんでもないが…。 ここで、ひとくさり stanp「スタンプ」のこと。 語根の sta や sti には「刺」という意味があり、まさにサディストご用達の単語なのだ。stigma 「恥辱」「汚名」「烙印」、sting「刺す」、stinger「昆虫の針」…。 stick「ステッキ」は、地面を突き刺しながら歩く棒のことだが、俗語ではオトコの「肉棒」を指す。cream stick(クリームを出す棒)、dip stick(濡れ棒)、fieldstick(畑の棒)、joy stigk(喜びの棒)---。コレ、み〜んな「ペニス」のこと。 stick は罵倒語としてもよく使われる。 Stick it.(これでもくらえ) 鼻をツーンと刺すのが、stink「悪臭」、その悪臭を撒き散らしてまわるのが、skank「スカンク」というわけだ。西部劇のお尋ね者用の sticker「ビラ」はクギでとめてあるからだ。 distinktion なら「区別」。接頭語の dis- は「離」だから、ピンなどを離して刺すこと。ホラ、警察なんかじゃ管轄地域の地図に犯罪の発生場所などをピンで刺し、区別しているだろう。instinct「本能」は心の中(in-)に突き刺さって離れないものをイメージすればよい。 『刺す』で思い出した。 日本の美女たちは、旅の途中などで「あれッ、うッうッ、持病の癪しゃくが…」と刺し込みをおこしたものだ。ところが、なぜか現代の女性は癪をおこさない。癪をおこすほどの伝統的美人がいなくなったのか、それとも女性に癪のタネがなくなってしまったためなのか、よく分かんな〜い。 「旅」っていえば、英語の綴りは travel だよね。 語源はラテン語の trepalium だそうで、この単語をバラバラにしてみると、tre「三」+ palium「杭」になる。これがなんと、SMの世界で縛り(bondage)や鞭打ち(flagellation)などに使われる「責め具」を指している。つまり、昔の人にとって旅というのは、拷問みたいに辛〜いことだったのだ。 その証拠に、trouble と綴れば「苦痛」という意味になる。仏語のトラバーユ(travail)は「仕事」のことだが、この単語にも「仕事ってのは苦しいもんなんだ」というニュアンスが含まれている。 もうひとつの旅、tour は「巡業」「周遊旅行」のこと。ぐるぐる回るという感じで、勝ち抜き試合の tournament「トーナメント」も、元来はナイトの騎馬試合のことを指していた。双方の騎士が全速力で駆けよって槍を交わす。決着がつくまで馬を回して何度もぶつかりあったからだ。 さらに、torch「松明」、tortoise「亀」もこの仲間だ。 torture「拷問」の語根の tor も「回す」「ねじる」という意味がある。拷問はねじったり、ひねったりして苦しめるだろう。tortoise「亀」は足がねじれているし、exturt「ゆすり」も強引に金などをねじり出させる感じがでている。retort は「言い返す」ことで、これもねじり返すというニュアンスだ。 サディストたちにとって、拷問というのは苦痛(torment)にたえきれず、顔がゆがむ(contort)のがたまらないらしい。痛くて、しかも、心地よいので、この喜びを『痛快』と表現する。一度、痛快の味を知ったらやめられない。サドは居よいか住みよいか、ってね。ハ、アリャアリャ、アリャサ。 |