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備忘録



9月26日(木)
     斑尾山トレッキング

昨日(25日)から斑尾です。

今日は、お天気も良いので、ホテルでいただいたコース図を手に、斑尾山を一人歩きすることにしました。
斑尾山の山頂を目指すコースは本格的らしく「登山靴を着用ください」の注意書きが。
そんな装備の無い私は、往復1時間半の「野尻湖展望コース(コース長2800メートル、標高270メートル)」を選びました。
ようするに、冬にスキーのコースとなるところなのです。

秋が始まっているとはいえ、まだまだ可憐な花たちが眼を楽しませてくれます。
昼の蝶も楽しそうです。

ピンク色の山紫陽花 つり舟草 ピンク色の小さな花
紫色の山の花 白い花とちょうちょ あざみとちょうちょ


途中、黒姫山を望む場所があって、そこで1枚スケッチしました。

登りはけっこうきつく普段の運動不足が堪えました。ひたすらマイペースで、ゆっくりゆっくり登り何とか目的地に到達しました。
広い平らな場所で、日陰に腰をおろせるところがあったり、なんて想像していたのは大間違いでした。スキー場のリフトを降りてすぐのところに、ちょっと靴をしめなおしたり軽くストレッチしたりできる場所がありますよね。まさにそこなのでした。
斜面に腰を下ろしてここで、野尻湖をスケッチしました。

帰路は下る一方なのですが、実はその方が辛いものがありました。足にけっこう負担が掛かるのです。
途中から森の小道を通るコースとの分岐があったので、同じ所を引き返すよりはとそちらを通る事にしました。
鬱蒼とした森の小道は、適度な湿気に包まれて静まり返っていました。

森の木は根元が湾曲していました。これは、冬の雪の重みで倒されそうになりながら必死で空を目指した結果だそうです。
辛い条件にもめげず空を目指す木々の姿。こんなに曲がってしまったら良い建材にならない。。。そう思うのは人間の身勝手かな。
とにかく、重くのしかかる豪雪にまけず、空を、太陽を求めて上へ上へと伸びていく姿、ちょっとジーンときました。

雪の重みで根元が曲がった木



森の小道を抜けるとまたまた可憐な花たちの競演です。
最後に一輪部屋に持ってかえって絵にしたい気もしたのですが、ひっそりと、それでいて気高く咲く姿を見ていると、やはりそれは出来ませんでした。そのかわりその場で1枚スケッチしました。

マイペースの山歩き、自然の中を歩くのはやっぱり気持ちがいいものですね。

9月24日(火)     金木犀

朝、家を出たら金木犀の香りがしました。
先週までは香ってなかったのか、気づかなかったのか、今年は今日が初めて。
この連休中に一斉に花開いたという感じです。

毎年のことなのですが、目で木を探してしまいます。
姿は見えなくても香りで秋を伝えてくれるこの香り。

ささいなことですが、漂ってくる甘い香りに包まれて、幸せな気分で出勤することができました。
今年ももう秋がやってきたんですねぇ。


9月23日(月)     8月に生まれる子ども

大島弓子の「8月に生まれる子ども」というまんがを久しぶりに読み返してみました。

主人公(びわちゃん)は大学生1年生の女の子で、物語は大学が夏休みに入るところからはじまります。ボーイフレンドと「毎週木曜日にデートしよう」と約束してわかれるのだけれど、そのあと彼女の体に異変が訪れるのです。

いわゆる早老症という病気で、彼女は目に見えて老化していきます。お医者さんは、「絶望してはいけない。長生きしていればきっと朗報にめぐりあえます。けっして希望をすててはなりません。」というけれど、外見は完全に老人になり、記憶力も衰えていく。
絶望の中で、びわちゃんは両親に当てて手紙を書きます。それは、自分のことも人のこともわからなくなって植物状態になった時、安楽死をこいねがう手紙。。。

症状が悪化していく中で、お嫁に行った姉が出産を迎え、母親と姉の電話で話す会話、「ウマレル」という言葉を聞いて、「ボケた自分は別な自分の誕生かもしれない」「そうだ別な自分がこれから生まれるんだ」と考えます。そして再び手紙を書きます。

「父上様 母上様 皆様

前文を撤回いたします。

いつの日かわたしが異常をきたし、たとえ何もわからず、コウコウと眠りつづけましょうとも

たとえ眠りからさめ、死にたいとのたうちまわりましょうとも

心臓が力つきて停止するその時まで、その命を、たすけてください

生きられますように

それがわたしの願いと祈りです」


私はこの手紙を読むたび涙が出てしまいます。

びわちゃんはこの手紙を書いたあと、「回復というより、赤んぼうが成長しているような」変化を見せ、そこでお話は終わります。
そんな物語を、大島弓子さん独特のふわっとしたタッチで書いています。


※早老症という病気は実際にあるようです。以下は、柳澤桂子さの著書「生命の不思議」(NHK出版)からです。
「ヒトには早老症という病気が知られている。その一つであるハッチンソン・ギルフォード症候群では、生後6−1ヵ月で成長速度が遅くなり、その後は正常の3分の1から2分の1程度の身長体重となる。 ― 老人様変化が乳幼児期から見られる。」



大島弓子さんのまんがは、絵のやさしさも好きなんですが、登場人物たちの会話や考え方にはっとするものがあります。
それは決して難しい事ではなく、たとえば、「ほうせんか・ぱん」の中では、目的達成のために、大切にしてきたものを売ってしまう同級生のことを涙ながらにうったえる娘に、お母さんがやわらかく問いかけます。
「精魂込めたものでお金を得るのでなくして、いったい人は何でお金を得るんです。」

(こちらは手元に本が無いのでちょっと違っているかもしれません)


9月21日(土)     パワーを分けてもらった日

今日は午後からしもにしくみこさんの個展を見に出かけました。
会場は一歩足を踏み入れた時から、不思議なパワーがあふれていたように思うのです。白い壁に、鮮やかな色合いで、それでいて決してケバケバしくなく、やすらぎを感じる絵が並んでいて、東京の銀座のど真ん中にみごとに別の空間を作っていました。

会場ではsachiさんGOさんおーちゃんにお会いして、絵を見ながら、お酒を飲みながら、最後の片付けが終わるまで、楽しくお話できました。

さてさて、メインのくみちゃんなのですが、常々sachiさんがおっしゃっている、「彼女自身が作品」というのがなるほどと思える、そんな方でした。
東京時代のご自分の写真を見ながら語った言葉が素晴らしかったのですが、それについてはきっとsachiさんがMyLifeで報告してくださると思います。

多摩の美術公募展の時に吉祥寺でお会いしたゆりさん、ハルさんにも再会しました。「沖縄つながり」私自身は一度も沖縄に行ったことないのに、ずうずうしくもそんなつながりを感じてしまいます。

絵の魅力ってやっぱり理屈じゃないよね。そんなことを思いながら、おーちゃんとふたりで帰路に着いたのでした。

※東京時代の写真を見てくみちゃんが語った言葉。その写真のくみちゃんは女優さんのような美しさでした。
「東京時代は自分のためだけに生きていた、写真はそういう顔をしている。今の自分は自分のためだけに生きているんじゃない、その時と比べて進化した自分が今ここにある。」そういったニュアンスの言葉でした。
自分のためだけじゃない自分、進化していける自分があるということ、素晴らしいと思いました。

最終日だったので、会場のお花をいただいて帰りました。その花を描いてみました。

花



9月19日(木)     優柔不断な私

PHSの電話機を買い換えようと思い立ったのは数ヶ月前でした。

TFTカラー液晶ディスプレィで、(今はモノクロだ、悲しい) (でも、文字を見るだけなんだから充分じゃないの)

音楽が聴けて、(大きいCDウォークマンを持ち歩く必要がなくなる)(めんどくさがり屋の私がわざわざCDをMP3にするわけないのに)

カメラをつけることが出来て、(デジカメ代わりにすれば、シャッターチャンスを逃さずにすむ) (シャッターシャンスがあっても気づかないと思う、私の場合。)

それでもって、SDメモリーカードが使えて、(パソコンとデータのやり取りができる)(そんなデータあるとは思えないけど)

やたらと夢は膨らむばかり。

お休みの日、買い物の度に取扱店を2〜3件のぞいてみて機種や価格や確認して歩き、カタログも集めました。そうして長いことカタログをつらつら眺めていたところ、なーーーんと、手帳よりちょっと大き目の、キーボードつきでカラー液晶画面でデジカメもついていて、PHSに接続して(プロバイダの)メールもホームページも楽しめる端末があるじゃありませんかヽ(^。^)ノ

価格も手ごろ、電話機よりもこれがいいじゃん、とばかりにお店に飛んでいって、お店のおにーさんに「こーゆーのください」とカタログを見せる私でした。
ところがどっこい、おにーさんが言うには「これは既に生産中止になりました」。
そんなぁ、「どこかに在庫ないんでしょうかね」と粘る私。
親切なおにーさんは私の使用目的を聞き、「それならもうちょっと出せばこのくらいの(A5くらいだと思う)ノートパソコンが買えますよ。ちなみに私はこの前掘り出し物を見つけて○万円で買いました」

ついその気になってしまった私です。だけど良く考えてみたらそんな掘り出し物がごろごろしている訳がないのです。ソフマップの中古品を見てもケタがひとつ違う。。。世間は甘くない。

気を取り直して、初心に返って、そうだ電話機の買い替えだー。新しいカタログをもらって再び機種の検討を始めたのでした。
PHSの端末ってそんなに種類が多くないのに迷いに迷う私。ようするに、パナソニック(デザインがすき)にするかサンヨー(画面がほんの少し大きい)にするかで迷ったのでした。

数週間後、一大決心をして機種を決めて、いざお店に出向きました。ついに私もカラー液晶。ルンルンの私を待ち受けていたものは、な、なんと、新型機種。しかも私が決心したメーカーで。。。

価格は3,000円高くなるのですが、、普通の方ならここで、迷わずに新型を購入すると思うのです。そこが優柔不断人間の悲しいところで、またまたカタログお持ち帰りの比較検討をすることになったのでした。

で、今検討中なのですが、果たして、今度の週末に私は新しい端末にすることができるのでしょうか。

しかし、PHSでこれだけ迷うのだから、ドコモにしてたら一生買い替えが出来ないかもしれません、トホホ(~_~;)


9月15日(日)     星空のロマンス

ずっと読んでいた、宮本輝のシルクロード旅行記「ひとたびはポプラに臥す」(1〜6)を、昨日読み終えてしまった。読んでる間は、空想で、本の中、バーチャルシルクロードを旅してきたようなものなので、旅が終わってしまい、気が抜けてしまった。

旅は、北日本新聞社の記者たちと一緒に、四世紀頃に天山山脈南麓の小国に生まれ、経の漢訳をした鳩摩羅什がたどった足跡を追うもの。
中国、西安からパキスタンのイスラマバードまですべて陸路。健康状態や道路事情などなど困難も多い旅で、知らない土地の描写や、散りばめられた様々な回想シーンなど、けっこう夢中で読んだ。(そのわりには日数がかかってますけど(^_^ヾ)

その中のひとつ、旅のクライマックスであるパキスタンのチラスで見た星空のシーンの描写が素晴らしかった。
「夜空全体が星であって、インダス河の激流の轟音が、星々を称える交響楽に聞こえる。インダス河の奏でる交響楽によって夜空の幕があき、宇宙のすべての星があらわれた……。私は本気でそう感じた。」

私の実家は古い農家のつくりで、中学生の頃までは、トイレが家の外にあった。当然夜中は真っ暗で、夜のトイレはけっこう怖いものがあった。
それだけに、よく晴れた新月の夜の星空もすごかった。横たわる銀河、満天の星、子どもながらに見とれて、しばらくそこに立ち尽くしてしまうことが何度かあった。チラスの星空はそれよりも、それの何十倍も何百倍もすごいんだろうと思う。
いつか機会があれば、そんな交響楽を伴った星空を見てみたい。
いや、そんな贅沢は言わない。子どもの頃に見入ったあの星空でもいいから、もう1度、飽きるまで眺めてみたい気がする。


9月14日(土)     オーダーメイドの靴

午後、整形外科に靴のソールを作っていただきに行った。
4年前にスキーで足首の靭帯を痛めてから、時々そこが痛くなって、ひどい時は歩くのも困難になる。
職場の後輩に「古傷って雨の日痛んだりするんですよね」と言われて、「そんなぁ。神経痛みたいじゃない。」と、少々ショックだった。
一向に良くなる気配はないし、何よりも、重い荷物を持ったり、床拭きのように屈んだ姿勢で何かした後が特にひどくなるので、これは何とかしなければと、通院を始めたのだった。

靴は、ソールの下に小さく切った数枚のゴムのシートを貼り、履いた感じや足をひねった時の感じ、それから歩く様子を見ながら少しずつ調整していく。貼る場所や高さがホンのちょっと違っても、指先が不安定になったり、別のところが痛くなったりするので、何度も調整しなおした。
そうして完成した靴は魔法のように足全体が安定した。ということは、それまでどれだけ不安定な状態にあったかと言う事でもあるのだけれど。。

ソールを作ってくださった理学療法士の先生は、痛みがでる訳を丁寧に説明してくださった。目でみても全く分からないのだけれども、微妙に変形した足は、普通と違う動きをし、歩くたびに軽い炎症を起こし続けているようなもので、それが重いものを持ったりして、極端に負担が掛かる状態になった時に、ひどくなるそうだ。正常な状態で歩ける靴を履いていれば、炎症は起こらないし、長く履き続ければ自然と正常な歩き方に戻るらしい。

今の状態と靴の効果をきちんと説明をしていただけて、自分自身納得できた事がとてもうれしかったし、痛みがでる理由がわかったことで、気持ちも楽になった。

※余談ですが、靭帯をのばしたときに行った病院は、別のところでした。最初から今のところに行っていればよかったと思う事しきりです。