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備忘録2003年5月




雨ふり [5月17日(土)]

9年ぶりに引越しをした理由は、田舎でひとり暮らししている母との同居を本気で考えなきゃいけない時期にさしかかったことが大きい。

両親は私が小学校に入る前の年に離婚した。父も母も再婚してそれぞれの家庭を持ち、兄と私は父に育てられた。
当時まだ子どもだったけど、父母の離婚した訳もちゃんと理解していたと思う。一言で言ってしまえば(そんな単純だとは思わないけれど)、古い農家の”家”が大きな原因で、父母の仲が悪かったとか言う事ではなかったと。。。

そんなことがあってなのか、父は、母の再婚した相手が亡くなってからというものの、母の行く末を心配しては、近所の人に、私が母と同居してくれたら良いのに、ということを話していた。(私に直接は言わないけれど)
別れた元妻のことをそんなに気にしなくてもよいものを、なんて思いながら、父の気持ちが分からないでもない。

でも、6歳の頃に別れて以来の同居。不安な面が大きいのも事実。
同居を望んでいた母にしても、いざとなったらやはり不安な面も多いのだろうと思う。田舎での暮らしは、近所に友だちも多く、ひとり暮らしということを除けば快適だと思う。それが、知らない土地にやってくるのだから。
そういうわけで、本格的に引越ししてくる前に、しばらくこちらと郷里との間を行ったり来たりすることになった。

今日はその第1弾として、こちらにやってくる予定だった。それが、あいにく風邪を引いてしまい来日(じゃなくて。。。海外のミュージシャンかって^^;)は延期。

新しい環境で新しい人間関係を築いていくのが段々困難になってくる年齢でもある。
趣味を持ち、友達をつくり、早く環境に馴染んでほしいと思う。

母は、私とはまったく正反対で、几帳面できれい好きで、和裁や洋裁や趣味。絵は描かないだろうなぁ。
だから、こんなダンボール箱だらけの部屋を見たら熱出すかもしれない(笑) はやく片付けなきゃ、と思いつつ、遅々として進まない(>_<)



絵への想い
 [5月15日(木)]

引越しして1週間以上が過ぎたというのに、家の中にはダンボールが山積です^^;
絵の道具はほとんど箱から出したのに、携帯用のお絵かきセットがまだ出てきません。そんなことを理由に全く描いていません。

だからといって、絵への想いが薄れたわけじゃなく、時々、「もし今絵を描く事ができたらこんな絵だな〜」なんて、実際に筆を持ったら描けやしないようなシュールな絵をイメージしたりして楽しんでます。イメージだけだったらもう5〜6枚描いてるぞ(笑)

パソコンの壁紙をマグリットの絵にしているせいなのか、もともと人間がシュールなのか(^0_0^)、そんなのが描けたらいいなと、半ば憧れでもあります。

シュールではないのだけど、中学生の頃に夢中になった画家に関根正二がいます。私の郷里、福島県出身の画家だということで、中学校の美術の副本かなんかに絵が載っていました。「信仰の悲しみ」というタイトルの絵は、ちょっと怖いくらい幻想的で魅力的でした。

その頃とっても惹かれていた関根正二の絵に、魅力を感じるどころか、恐怖しか感じられなくなってしまった時期がありました。20歳の頃でした。大切に持っていた画集も捨ててしまいました。

あれからずっと忘れていたのですが、今回の引越しの荷造りで、20世紀の写真ニュース(タイトルが間違っているかも知れないのですが、まだダンボール箱の中なので確認できません)の中に関根正二の「信仰の悲しみ」が載っているのを見つけました。

本当に久しぶりに絵を見て、中学生の頃に感じたような魅力は感じられませんでした。かといって20歳の頃のような恐怖もなく、ようやく1枚の絵として眺める事ができたような気がします。

関根正二、19歳で他界。夭折の画家と言われています。関根正二が逝去した年齢を前後して、私の彼の絵に対する想いが大きく変化したのは、単なる偶然なのか、それとも、年齢ゆえに感じ取れる何かがあったのか。・・・そんなことを考えてしまいました。



※今朝、電車の中の広告で、先週の土曜日に関根正二の番組があったことを知りました。見逃してしまったのがとても残念です。


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