2003年9月
| 二つの個展 [9月28日(日)] 今週は二つの個展に行ってきました。 昨日はくみちゃん(しもにしくみこさん)の個展へ。 くみちゃんの個展は、階段を上り始めたところから別空間が広がっている感じです。 個展に集まった人たちの笑い声が聞こえてきます。大勢の人が、くみちゃんの絵の間で明るく賑やかに集っている。あ〜、やっぱりくみちゃんの世界だわって。色のもつエネルギー、形のもつパワー。なんか、理屈じゃないんだよね〜って感じ(^_^) そいうえば、くみちゃんに「沖縄の人」と間違えられました(^_^) 沖縄出身ですかって聞かれるとことがあるけど、沖縄に暮らしているくみちゃんに言われるのだから本物だわ(笑) くみちゃんが描く、シーサーや島の神様や動物たちに今年もパワーをもらって帰ってきました。 それから、月曜日は右近とし子さんの個展へ。こちらもファンの方が大勢来られていました。 こちらでも、作家ご本人にお会いできて、お話をお聞きする事もできました。 静物はもちろんなんですが、アフリカの子どもたちを描いた絵もとっても印象的でした。 こういった絵は、旅行先で撮った写真を元にして描いているそうです。 絵の描き方については、全体を細部まで描くと説明的になってしまうので、大まかなところと細かく捉えるところを意識されている、というようなことをおっしゃってました。 くみちゃんは石垣島で、右近さんはオレゴンで、ご自分の絵の世界を作られている。二つの個展、画風も違うけど、見る人を惹きつける魅力とパワーにあふれていました。 |
![]() |
|
夏休み [9月20日(土)] 今年の夏休みも9月になってから取った。 去年よりは一週間ほど早いけど、今年もまた昨年と同じく、「何もしない斑尾」^^; 旅行じゃなくてたんなる休養。 初日だけは長野市の県立信濃美術館東山魁夷館に寄った。 夏休み特集が終わってなくて、「続入門編」という内容だった。 クイズ形式になっていたり、習作と本制作が並べてあったりした。 中でも、スケッチ、小下図、大下図、本制作と4つを見比べる事が出来たのはとても興味深かった。 現場での臨場感あふれる6号くらいのスケッチ。 それを元にした小下図。これはスケッチと同じくらいの大きさだった。 大下図は、本制作と同じくらいの大きさだけど、コンテで大まかに描かれたもの。 そして完成作の本制作。 少し離れて眺めてみると、大きさこそ違うけれどほとんど同じ絵に見えた。 もちろん近寄ってみると違いはよく分かる。 こんな風にしてスケッチが作品になるんだ〜と感心したのでした。 ![]() |
|
夜空のファンタジー [9月13日(土)] このところ、夜の帰り道が楽しい日が多かった。(といっても、混んだ電車は楽しくないけど・・・) なぜかって、晴れている日は夜空がとってもきれいだったから。 家路の最後の角を曲がると目前にオレンジ色に輝く火星があったり、月ってこんなにきれいだったんだ〜、と思わず見とれてしまうほどの月があったり・・・。 火星と月が接近した火曜日はわりと早く帰ってきたので、再接近より前でしたが、見ることが出来ました。 実は、その日に大接近があるということを知らなかったので、本当に偶然でした。 一番感動したのは、水曜日でした。 隠れている月が、雲の薄い部分を明るく染めていて、月がつくりだした雲の明暗の美しさに見とれながら歩いていました。そのうち、雲から少し顔を出しはじめ、全体が雲の外に出てしまうまでの息をのむような美しさ。 しばらく、雲と月の描く夜空の絵に見とれて立ち止まってしまいました。 こんな風に、月を愛でるなんて、日本人だなぁ、なんて思いながら(^_^) 夜、しみじみと月や火星や名前を知らない星々を見上げていると、やっぱり宇宙の不思議さに畏敬の念を覚えます。 150億年前に起こったとされる宇宙のビックバン。宇宙が生まれ、銀河が生まれ、星が生まれ、地球が生まれ、生命が生まれ・・・。 そして、そんな宇宙の物質から生まれた自分が、宇宙のことに思いをめぐらすことの不思議さ・・・ |
|
技法書 [9月7日(日)] なんとかに成功する本が売れ続けているのはなんでか。どれも成功しないからだというのは、「そうだろうな〜」と思う。 私の場合は、絵を描く時間が少ない割にはこの1年やたらと技法書を買っている。読まない訳じゃない、読んで理解できないわけじゃない、でも、なかなか身に付かないなぁ。 何とかに成功する本とかには、きちんと納得できる正しいことが書かれている。でも、それは、正確な地図をあたえてくれるけど、自分のいる位置は教えてくれない。現在地が分からない地図が役に立たないのと同じことだという。 なるほどなぁと思う。 私の技法書もそんなところなんだろうか。 本に書いてあることの1つや2つは役に立つ。そして、あとから読み直すと、前とは違うところが役に立ったりする。 そこが自分のいる位置ってことなのかな。 でも、考えようによっては、1〜3000円の本で1つか2つ実際に身に付くものがあったら、それってすごいお得かもしれない。 |
|
自分の限界 [9月6日(土)] 昨日、こんな話を聴いた。 「ティーチが人を壊す」・・・答えを教えることで、一人では何も出来なくなる、答を出せなくなってしまう人を造ってしまうそうだ。 私たちは学校で「4+6の答えはなぁに?」っていう教育を受けている。「10」って答が出てしまうとそれ以上考えることをやめてしまう。そこから発展がなくなってしまう。 その逆の例としてあげていたのがイギリスの教育で、あそこでは「何と何を足すと10になるかな」っていう教育の仕方だそうだ。 10にするには、とりあえず、1+9、2+8、3+7、4+6、5+5と考える。 ・・・それだけ?って聞かれると、そうだ、−10+20だってあるし、小数点が付いてたって10に出来る。 可能性は広がっていく。 答はひとつしかないという教え方をされて、知らず知らずのうちに自分の枠を狭いものにしてしまっているという。 ただ、多少ましなのは、私たちの世代は親と学校だけがすべてじゃなかった。 そういえば、私も、親や学校と違う価値観を隣のおじいちゃんから学んだり、夜一升瓶を抱えては父を訪ねてきた酔っ払いのおじさんから学んだりできた。時には自然の美しさ、人間の意志ではどうにもならない厳しさに感動したりもした。 でも、現代はそういう環境が失われている子が多い。 ここ数年の新卒新人に、そういった環境の変化によって教育の弊害が顕著に現れてきている人が増えているらしい。一つの答を求める、答がないと自分には出来ない、やりたくないという。 そうなんだろうか。周りに最近の新人さんがいないので、実態はよくわからない。 程度の差なんだろうけど、自分にも同じ傾向があるように思う。一つの答を求める。答が示されると、その枠にとらわれてしまって、ほかにないのかな、なんて考えない。自分で自分の限界を作りだしている。 教える側の枠を超えられない教育を続けていけば、枠自体がどんどん狭くなっていく。社会全体が小さな枠の中でこちゃこちゃしちゃうんだろうなぁ(もうしてるか)。 物が豊かにあっても、心の面では窮屈な、貧しい社会になるってことはそういうことなんだろうなぁ。 |