2.アチコ

 

アチコのことを書こうと思い、ここにアチコのページを作っていたのですが、書けなくなりました。

Methaはアチコにもう会えないからです。

 

アチコは「エンジニア」でした。何のエンジニアか良く分かりませんが、とにかく「エンジニア」でした。本人が言い張っていたのでそうなんでしょう。アチコは、Methaの部屋がある建物の修理、管理全般をしている事務所で働いている技術者でした。学校で言えば用務員さんってとこでしょうか。しかしアチコの働き振りは、用務員さんの責任範囲を軽く超えていました。

 

「電話機はまだ買ってないの?僕、良い電気屋を知ってるから、そこで安く買って来てあげるよ」

と言って一昔前のタイプの超カッコ悪いオフィス用電話機を買って来てくれました。Methaは笑いをこらえながらお礼を言ったものです。

「このドアは良くないよ。鍵が一つしかないし物騒だ。僕の友達に頼んで、鉄のドアをつけてもらおう!」

何だかよくわかりませんが、アチコはいそいそとドアの寸法を測り始めました。そして2日後、「アチコの友達」という3人の濃い若者達がやってきて、あっと言う間にドアは据え付けられ、Methaの部屋の概観は牢獄のようになりました!

 

Methaが、鍵のかかるキャビネットが欲しいなぁ、と言うと、どこからソ連製の金庫(!!)を買って来てくれました。

電気の延長コードぐらいはMethaが自分で買ってくると言うと、

「だめだよ!そこら辺で売ってる延長コードは質が良くなくてすぐ切れちゃうからね。ロシア製のが一番いいんだ。ヨーロッパ製よりも良いんだよ。Methaじゃ分からないだろうから、僕が買ってくる。待ってて」

と言って飛び出していきました。

 

謎のアチコ。こんなヘンなものをどこからゲットしてくるのだろう・・・。Methaの興味はつのりました。

アチコはいつもMethaと英語で話そうとします。どうもアチコは最初っからMethaはロシア語が解らないと決め付けちゃっていたらしいのです。どもりながらも一生懸命英語で話そうとするアチコの余りにもケナゲな努力に、Methaは本当はロシア語が解るということをとうとう言えずじまいでした。なので、アチコとMethaの会話は本当に身振り手振り、以心伝心の世界でした。その「圧倒的に情報不足」の会話が、アチコの行動をさらに謎めいたものにしていたというのは紛れもない事実ですが、とにかくMethaはアチコに俄然興味が沸いたのです。

 

今度アチコに会ったら、「実はロシア語わかるんだよ〜ん」と白状して、もっと詳しく取材してやろう。彼の人生について、根堀り葉掘り聞いちゃおう。写真も撮っちゃおう。いろいろアヤシイ買い出しにも連れて行ってもらおう・・・Methaはそう思っていました。

 

そして3ヶ月後、撮影用のデジカメをひっさげたMethaは、再びアチコの事務所を訪ねたのです。

 

・・・しかしその3ヶ月の間に、アチコの事務所には何かが起こっていました。

事務所にはほとんど誰もいません。あらゆる部屋のドアは全部閉まっています。廊下を歩いている人も一人もいません。

「あの、アチコはいませんか?」

Methaはもう一度建物の玄関に戻り、守衛室のおじさんに訊ねました。

「アチコ?もういないよ」

おじさんは無表情に答えます。

「辞めちゃったんですか?」

「あそこの事務所はもう無くなるんだ」

 

後で聞いたところによると、アチコの事務所は他の地域にある事務所と統合されるとのことでした。その統合に伴って大幅な人員削減が行われたのです。アチコのような「手足」要員はその最大の削減対象でした。日本や他の先進国みたいに労働組合があるわけでなく、抵抗する力も言葉も持たないアチコ達エンジニアは有無を言わさずクビを切られたのです。

その後事務所の建物の中ですれ違った人何人かにアチコの行方を聞いてみましたが、誰も肩をすくめるだけで、大した関心は無いといった感じでした。彼らにとっては、アチコは大勢いた「エンジニア」の一人に過ぎず、彼がクビになったことはちっとも珍しいことではないのでしょう。

 

旧ソ連諸国の経済再建において、「効率化」は経済活動のあらゆる局面で第一の課題です。資本の効率化、労働投入の効率化、投資の効率化、生産の効率化、流通の効率化・・・。そしてもちろん組織の効率化は最大の課題です。その点から見ると、不必要に数のある事務所を統合したり、不必要に多い雇用者の削減は避けて通れません。特にグルジアのように経済システムの崩壊の度合いがひどい国では、他の選択肢はあり得ないのです。Methaは仕事ではいつもこの「効率化」がどうやったらスムーズにカッコ良く行われるのかを考えています。

 

しかし行方不明になってしまったアチコのことを思うと、Methaの心は途端にバランスが取れなくなるのです。

 

でも一方でMethaは、アチコは案外ケロっとして今ごろ別の仕事にうまくありついているのではないかとも思うのです。

「クビを切られた!」と大騒ぎしているのはMethaだけで、グルジアではこんなこと日常茶飯事。外国人のMethaがおセンチな涙にくれているのを尻目に、彼らは驚くべきエネルギーで混沌とした社会を乗りきっていくのです。

 

きっとアチコはMethaなんかが思っているよりもずっと逞しい。そしていつか、通りを歩いていたらばったりと元気なアチコに出会う日も来るに違いない。

その時はグルジアという国も、今よりずっと良くなっているに違いない。

 

おセンチMethaは、そう祈るような気持ちでいるのです。

 

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