2000年9月(黒海のほとりにて)

 

あづい・・・暑いです。黒海はまだまだ夏真っ盛り。

ふと「こんなところに住むのもいいなあ」ともらしたら、隣にいたおじさんが真面目な顔をして「じゃあ、来たら?仕事もダンナも世話してあげるよ」。

そう言われてちょっと真剣に考えてしまいました。例えばほら、あそこの農家に雇ってもらって一年中、そして一生、ジャムやワインをつくったり、家の修理をしたり、電気も水も満足に来ない中で自然と闘ったりしながら生きていくのって、それこそ本当に人類の未来に貢献するってことなのかもしれないなあ。Methaのふとした一言にも普通の顔をして、ごく自然に「来たらいいじゃない」と言えるゆとりが彼らにはあるのかもしれないですね。ここの人々のゆったりとした笑顔を見て、心の底から、ああ豊かだなあと思いました。このような感覚にとらわれるのは本当に久しぶりです。自分も彼らの一部になったような気がして幸せでした。

実は後になって、あのおじさんはこの国の結構な有力者だったことが判明。わははは。もしかしてMethaは来年からここに住んでるかも・・・。「怒りの黒海日記」とか書いてたりして。


2000年9月(アゼルバイジャン・バクーにて)

 

「人はタクシーに手をあげるときちょっとした運命論者になる」とか何とか言った女流作家がいたような気がする。それはともかく、確かにここで白タクに乗るときの駆け引きのようなものがMethaは大好きである。

タクシー乗り場(というかただオジサン達が暇そうに溜まってバックギャモンとかをしている場所)に向かって伏目がちにゆっくりとした足取りで歩いていくと、一斉にオジサン達の視線が向けられる。そこで三秒ぐらいかけてゆっくりと視線を上げ、そこで目があった一人のオジサンの顔を瞬時に判断する。感覚的に嫌悪感のない人相をしていたらOK。

「いい?」「どうぞどうぞ!!」その他のオジサン達に見送られて、その人の車に乗りこむ。おっと、乗り込む前に行き先を告げて、ちゃんと場所がわかっているかどうか確認しておくことを忘れずに(確認しないととんでもないところに連れて行かれることもある)!

走っているあいだ、日本はすごい国だとか誉めてくれたら1000マナートをプラス。街のウワサを話してくれたら2000マナートプラス。カーラジオでニュースを聞きながら「おれぁ、アメリカもロシアもでぇっきれぇなんだ」とか何とか過激な演説をしてくれたら3000マナートプラス。そして「わしは田舎で育って、35年前に上京してな、ブドウのコルホーズで働いて…」なんて人生を語ってくれたら5000マナートプラス!!

そしてお金を渡すときには目をあわさないように「どうもありがとう。ごきげんよう!」と上品に言い残し、オジサンが何か言う前に有無を言わさずドアを閉めるのだ。


2000年9月(イギリス・ロンドン・バスの中にて)

 

夜遊びの後の深夜バス。Methaの座席の通路を挟んで反対側に座っている男女三人組の酔っ払いが大声でロンドンの悪口を言っていました。どうやら田舎からロンドンに遊びに来たイギリス人達のよう。「ロンドン、最悪!!」「汚いしさー道路は混んでるし。人は妙にお高くとまっちゃって、腹が立つ!」「かと言って別にオシャレでもないしね。さっきのクラブのダサイこと!」「こんなところで暮らしてるヤツの気が知れないね。頭おかしいんじゃないの。がはははぁ」

「すみませんねえ。ちょっと席を移動するわ。あまりにも聞いちゃおれないもので。おほほほ」その三人組と一緒のブロックに座っていた女性が大声でそう言って立ちあがり、一つ後ろの席に移動しました。「そんなにロンドンが嫌いなら、出て行かれたらいかがかしら?」と捨て台詞。

「おや、もしかして僕達、ケンカ売られてるんでしょうかね!?」三人組はひきつった笑顔を見せます。「おっほほほ。別にケンカなんて。ただ正論を言ったまでですのよ。気に入らなきゃ出てけ、ですわよ」「そうですわよねー。人間、移動の自由はありますものねー。言われなくてももう数日で出て行きますわ」「おほほほ」「そんなことを仰るあなたは、この美しいロンドンのお生まれですの?」「いいえ、私はここで働いているだけですわ。でも不満ばかり言って何もしない方たちとは生産性が違いますことよ」「おほほほ」「あははは」「(立っている乗客達に向かって)ちょっとすみませーん、ここに席が空いてますわよー。素晴らしい演説が聞けますわよー。どなたか座りたい方いらっしゃいませんかー!!」

Methaはヘッドフォンで音楽を聴いているふりをしながらしっかりと音楽は止めて手に汗握っていました。…イギリス人同士のケンカ、面白すぎる。しかもロンドンを巡る闘い。


 2000年8月(イギリス・ロンドン・オレーグ1号の家にて)

 

オレーグのところに行ったら、部屋が花で一杯になっていた。「どうしたの、これ?」オレーグは無表情で答えた。「職場の同僚から貰った」。そして黙ってMethaに大きなカードを差し出した。カードには色んな人達の寄せ書きが書いてある。

『親愛なるオレーグへ。あなたの国で起こった悲劇にとても心が痛みます。アン・マリーより』 『オレーグ。ロシアの人達が一日も早く心安らかになるように祈っています。ジェームズ』 『大好きなオレーグ。今度のことは残念に思います。いつでもあなたの力になります。エミリーより』・・・・・・。「なんじゃこりゃ?」Methaは思わず言った。想像するに、最近ロシアで立て続けに起こった、モスクワ爆弾テロ事件と潜水艦の事故のことを指していると思われる。するとオレーグは、「レッスンの間はロシア語しか喋っちゃダメ」というMethaとの「おきて」を自ら破って、真っ赤な顔をして早口の英語で喋り始めた。

「僕はロシア人であること、ロシアの文化に属していることを誇りに思ってる。今は事情があってイギリスに住んでいるけれど、ロシアに生まれ育って、そして教育を受けたことを自慢に思ってる。だからこうやって、クソみたいな言葉が書かれたカードと馬鹿馬鹿しい花をもらっても、顔はにこにこして受け取るんだ」

勿論、同僚達は善意でやったことだし、オレーグだってそれはわかっている。それでも彼はとても深く傷ついた。オレーグはロシアに対して誇りを持ちながらも、それ故に言葉にはできないところで怒りと失望、苛立ちを感じている。何をやっているんだ、この国は…と。ものごとを一面的に見ることの罪深さ。その花束はそんなオレーグの葛藤を、最もやってはいけない方法で侮辱した。


2000年8月(チェコ・プラハにて)

 

プラハの地下鉄にはちょっとした思い出がある。大昔にはじめてこの街を訪れた時、地下鉄の乗り方がよく解らなくて、切符はちゃんと買ったものの改札機を通さずに入ってしまったのだ。そして降車駅の出口で待ち構えていた抜き打ちの検札官に引っかかった。「悪いね。でも規則だから。それに説明は英語でも書いてあったから読めばちゃんと分かったはずだよ。」そう言われてMethaは泣く泣く罰金を払った。通常運賃の5倍だった。

そして今日、何度目かのこの街で再び地下鉄に乗った。今度はちゃんと改札機も通したし、何のやましいところもない。目的地の駅で案の定、検札のガタイの良いおにいちゃんが立っている。Methaは堂々と切符を差し出した。どうだ、文句あるか!まいったか!ところがおにいちゃんは、不審そうな目でしげしげとMethaと切符を見比べている。「何でございましょうか?何かご不審の点でもありますでしょうかしら?」Methaは精一杯無邪気な顔でにこにこと微笑む。だって何のやましいところもないんだもの!!

「ドブレ(よろしい)」そう言って、やっとおにいちゃんはMethaを通してくれた。ふふん、どうだ。Methaは胸を

張って駅を出た。

しかし駅を出て捨てようとしたその切符を改めてよく見て、Methaは気づいてしまったのだ。何とMethaは15歳未満お子様半額切符」を買ってしまっていたのだった。ど、どうりで、不審がられるわけだ・・・。

しかし何故、お咎め無しで通れたのか。Methaが外国人だから説明が面倒くさいと思ったのか、Methaの無邪気な笑顔(!)がカワイかったから許してくれたのか、それとも本当にMethaが14歳に見えたからなのか・・・!!真相は永遠の謎である。それにしてもプラハ市交通社の皆様、ごめんなさい。Methaはどこをどう間違っても14歳ではありません。今度からはちゃんと大人の切符を買います。


2000年8月(イギリス・ロンドンにて)

 

最近気になって気になって仕方がない人がいる。その人には毎日、いつでも会えるわけではない。運が良ければお天気のいい日、お昼どきの1時間だけチャンスがある。それは「ハーモニカじいさん」。Methaがよく通る大通りの歩道に折りたたみ椅子とテーブルを出して、ぴらぴらと曲にならない和音をひたすら吹きつづけている「ストリート・ミュージシャン」のおじいさんなのだ。しかしMethaが気になって仕方ないのは、その正体不明の曲だけではない。おじさんのテーブルの両脇に貼ってある張り紙なのだ。そこにはこう書いてある。

「天候不順のため? 全曲、半額以下」

ううむ、ソコハカトナクおかしい。何だかお腹の下の方からくすくすっと笑いがこみ上げてくる感じだ。とてもイギリスっぽい。あまりにも気になったので、今日は思いきって、テーブルに置いてあるおじいさんの帽子に50ペンス硬貨を入れてみた。Methaとしては、通常の「半額」を入れたつもりなのだ。これはおじいさんにとっても半額かな?ちょっとどきどきした。

「さんきゅぅっ!!!」

駆け足で逃げ去るMethaの後ろでおじいさんの声がした。おっ、どうやら半額以上のお金を払ってしまったらしい・・・。だってめちゃくちゃ嬉しそうな声だったんだもの。


2000年7月(イギリス・ロンドン・Methaん家)

 

こんにちは。今日は写真を添付します。ぱっと見ると「何だこれは?」と思うかもしれませんが、これはMethaん家の寝室の壁です。茶色く見えているのは穴です。浸水した絨毯は剥されまくりあげられています。

ある日「プラマー(鉛管工)」と呼ばれる男がやってきて、ぐわしぐわしと壁を壊しはじめたのです。「この壁の後ろのパイプが漏水しているのだっ!」と。そしてこのような姿になりました。思う存分壁をぶっこわしたあと、「プラマー」は言いました。「あれっ、原因はここじゃないみたいだ。おかしいなぁぁ〜。よ〜し、じゃあ次はお風呂をチェックしてみよう!」

壁のとりこわしを許可した「マネジメント」のカークは言います。「まあ、いずれにせよ、ここに穴をあけたことで通気性はよくなりましたよ。これで絨毯も乾くでしょう。ねっ、Methaさん!」

Methaの右手の握りこぶしが震えました・・・。せめてちゃんと掃除はしていけよ、プラマー。絨毯のクリーニング代もそっちもちだぞ、マネジメント。


2000年7月(グルジア・クタイシにて)

 

今日はとうとうやってしまった。泣いてしまったのだ。もちろん皆の前でいきなり感情的になるのはルール違反だと思ったので、家に帰ってから人知れずひっそりと(?)号泣したのだが・・・。

この国で会う人のほとんどが「状況は悪くなる一方だ」と言う。それは真実かもしれないし、ただそう言ってみせているだけかもしれない。実は何が本当のことなのかなど、外国人であるMethaにはどうしても知ることができない。だから「お前はこの国のことを解っていない」と言われることもある。けれど、「本当には理解していないかもしれない」ことを承知で、Methaは言いたかったのだ。「もっと先のことを考えて前進への努力をしろ」と。

誰かがある時点で「明日を良くするために今日を犠牲にしてもよい」と思わなければ、いつまでたっても悪循環は断ち切れない。ところがこの国では、誰もが今日を生きるのに必死で明日のことなど考えもしない。先のことを考えていたら確実に自分だけが取り残されて損をするからだ。努力をするだけ無駄だからだ。そんな救いようの無い渦に巻きこまれた人々が互いに食って食われあっているところで、Methaはひとりでいったい何をやっているんだろう。

そう思うと泣けてきてしまったのだ。


2000年7月(ロシア・モスクワにて)

 

Krasnaya Ploshadiモスクワの夏は本当に素晴らしい。どこまでも高い青空、肌に心地よい風、夜遅くまで太陽が静かに降り注ぐ。トベルスカヤ界隈を歩きながらスタカンチク(ちいさなコップ型のアイスクリーム)をほおばる。今日も元気だ、スタカンチクがうまい!歩きすぎて靴擦れし足から血が出たが…。

本当にロシアは、何度来てもフシギの国だ。ロシア人だって、何人知り合いになってもフシギの人だ。この国のそして彼らの奇妙なアンバランスさ…恐ろしく深遠な知識を披露しながら子供のようなナイーブな解釈をしてみる、洗練された物腰で振るまいながら動物のような土臭さを滲ませる、こちらがたじろぐような合理的な理屈をつけながら結果はカオスに行きつく・・・そしてそのカオスから顔色ひとつ変えずに再び立ちあがる。このロシアの絶妙な危うさ、そして綺麗な説明で割り切ることができない不条理さが、Methaを魅了してやまない。でもきっと一生かかっても、ロシアを理解することはできなさそうだ。それよりも、Methaもこのカオスに巻きこまれてぐちゃぐちゃになってしまった方がいっそのこと楽しいのかも。

ああ、それにしてもロシア人はまるで地面から生えてきたように逞しい!このモスクワも、来るたびに「シブトイ大都会」に成長している。


2000年7月(某国某所にて)

 

fortressここに来るとどうしても、「素直で明るく開けっぴろげで嘘をつかない正直な行為」が、とりかえしのつかないことを引き起こす可能性があるのだと感じざるを得ません。自分を護るため、そして他人の人生をトラブルに巻きこまないために、通常より思慮深くなること、常に裏を読みながら行動することをいつも考えてしまいます。それでもやはり完璧に演じきれないのは、Methaが自由で豊かな社会に育った脳天気な外国人だからでしょう。

「この国の人々がどうして目がとても大きく、鼻が異常に高く、そして険しい顔立ちをしているかその理由を知っていますか。千年以上もの昔から、この地では戦いが絶えませんでした。この国の戦士達は洞窟に何年も立て篭もり攻防したのです。洞窟の暗闇で目を凝らし、匂いで人の気配を感じ、ひとかけらの肉で何日も食いつなぐような生活をするうちに、このような顔になったのです」

「嘘みたいですがホントの話しです」と言って笑ったそのいちご農家のお兄さんは、典型的な「この国の人の顔」です。握手をする時に差し出したいちごの汁で紫色になった手、その笑顔のあまりに哀しい美しさに見とれてしまいました。その国の歴史、そしてその人の人生が顔を造るというのは本当だと思いました。


2000年6月(ロンドンにて)

 

さて、また旅に出る時期がやってまいりました。ワイングラス片手にふにゃふにゃと歌いながらパッキングをしています。シャンプーはきれてるわ、胃薬はないわ(Methaはいつも旅には胃薬しか持っていきません)、歯ブラシはぼろぼろだわ・・・あー、明日空港で調達せねば!こんなに頻繁に旅しているのに、出発前は毎度毎度気が重いのはなぜなんだろう〜〜!!!あっ、友達へのお土産も全然買ってない!!

1年の半分は旅でふらふらしているくせに、旅に出る前はいつも不安と期待で一杯です。むしろ、出る前は不安のほうが絶対的に大きい。それでもMethaは旅に出るのです。そして、確実に、鍛えられるのです。旅の準備は、Methaにとって「闘いの準備」でもあります。長い人生、何があっても自分が「正気」でいられるように、自分を鍛錬するのです!!

・・・って、別に慣れた旅先で何が起こるわけでもありませんが。一応気持ちだけは…ということで。それでは皆様、いってまいります!旅先で会ったへんなひとたちについては新鮮な状態でアップしたいと思うので、乞うご期待!!!

うーん、それにしても今回の旅は何か失敗しそうな気がするぞ…。

 

 

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