2000年12月(イギリス・ロンドンにて)
旅から帰って来てみたら、イギリスはもうすっかりクリスマスで大盛り上がりでした。街は綺麗にライトアップ、ショーウィンドウはツリーやきらびやかなオーナメントで飾りたてられています。なのでMethaもせめてポインセチアとクリスマスカードぐらい、と暖炉のそばに飾ってみました。
Methaの友人たちは今週末からぞくぞくと休暇や帰省でロンドンから出てきます。そして残されるのはMethaだけ。・・・おっと、台湾人のリンホァもロンドンに残るって。アジア人はそんな気軽に帰省なんかできないのですっ!
「今週の土曜日までしかロンドンにいないの。電話して。Methaはクリスマスどうするの?」お友達のアナスタシアからメールが来ました。彼女はマドリードのボーイフレンドの実家で過ごすそうな。Methaは返事を書きました。「アナスタシア、スペインで楽しいクリスマスを!ところで私は仏教徒です」
それではみなさんも、よいクリスマスとよいお年を!クリスマスはロンドンの自宅で鍋焼きうどんでも食べてる予定のMethaも、お正月はちょっとすごいところで迎える予定です!新年一発目のHPを乞うご期待!
2000年12月(ロシア国内線機内にて)
ロシアの国内線はタノシイ。Methaは全然飛行機には詳しくないし頓着しないほうだけど、「ツポレフなんとか」とか「イリューシン何型」とかが平気でばんばん飛んでいるとやっぱりタノシイ。
離陸して30分。普通だったらお飲み物サービスが来るころだが何も無し。更に30分。周りの人たちが騒ぎ出し、通路をうろうろしながら叫んでいる。「カーテンの向こうの席のやつらは酒を飲んでるぞ!」・・・おっちゃん、それはビジネスクラスや・・・(そうか、一応ビジネスクラスなんてものがあるのだ)。そして更に30分。プラスチックの弁当箱に入った「餌」がどかん、と目の前に置かれた。
餌でお腹も一杯になったのでそのまま眠りに落ちる・・・が、寒い。寒すぎる。エコノミーの客に毛布なんてものはない。ロングコートを首までかぶって窓にもたれる。後ろの方では、子供だろうか、笛をぴーぴー吹いて遊んでいる。うるさい。禁煙席のはずなのに辺りはもうもうと煙が立っている。ごほごほっ。寒いよう、うるさいよう、煙いよう・・・。
・・・そのうちやっぱり寒くて目が覚めた。窓にもたれていた左肩が何だか湿っている。よく見ると壁に水滴がついている。どこからか水が染み出しているのだ。指で触ると指先に霜がつく!!そして、そして、子どもが笛を吹いて遊んでいるのかと思っていた雑音は、Methaのすぐ後ろの窓からもれている音だったことが判明。何だかよくわからないけど、窓の隙間からひゅーひゅーぴるぴると音がしているのだった。
たーすーけーてー!!
2000年11月(某国某所にて)
また恐ろしい季節がやってきた。
朝、仕事に行くと電気が無い。もちろん集中暖房システムはとうの昔に壊れているから部屋は死ぬほど寒い。月たった2ドルの基本料金が払えないから電話も切られた。コートを着て分厚い靴下を履いた足をブーツにつっこみ、15分仕事をしては石油ストーブを持っている隣の人の部屋に5分避難し、そしてまた部屋に戻って仕事をする。そのうちコンピューターの内蔵電池も切れ、仕事終了。トイレに行けば水が出ない。昨日のうちにペットボトルに溜めておいた水でトイレを流し手を洗う。
こんな日は本当に心が消耗してしまう。もう他に何にもする気が起こらない。明日は良くなるのだろうか。それは誰にも分からない。分からないから今日のことしか考えない。
2000年11月(モスクワからの飛行機にて)
出発時刻が過ぎているのにまだ乗客の一人が搭乗していないらしい。そのうちスチュワーデスが乗客の点呼を始めた。「そちらは…Methaさまですね」「はい」「ええと、こちらは…」Methaの通路を挟んで隣にはカップルが座っている。白髪の初老の男性とまだ幼さを漂わせる若い女性。「××です」男性が名字を答えた。スチュワーデスは今度は女性の方を見たが女性は黙っている。「夫婦ですよ」男性はむっとしたように言った。
やがて飛行機は離陸し隣のカップルは楽しそうにおしゃべりを始めた。女性はロシア語訛りがきついが流暢な英語。男性は恐らくイギリス人である。女性はMethaの方に顔を向けてしゃべっているので彼女の言葉が聞こえてくる。「今年のモスクワはまだ暖かいわ。私の生まれたところはもうとっても寒いの」「両親と妹はまだそこに住んでる…」「暖かくなったら行きましょう。冬の間は嫌だわ」「お酒が好きなの?…私はお水でいい」「…じゃあワインなら少しだけ」
「カタログ・ワイフ」という言葉を聞いたことがあるだろうか。東欧が民主化しソ連が崩壊した後、「西側」に出稼ぎに出たり「西側」の男性と結婚するロシア・東欧の女性が急増した。欧米人男性(あるいは日本人男性)にこれらの国の女性との出会いを斡旋する業者も星の数ほどある。勿論イギリスでもそのようなケースは多い。いわゆる「偽装結婚」も社会的問題となっている。結婚後、どうしても夫婦の間で言葉が通じず、大使館員の通訳ではじめてきちんと会話が成立したという話も珍しくない。
彼女たちにとって、「西側の男性と結婚して国を脱出する」という考えと「穏やかで幸福な普通の人生を送る」という願望の間に境界線はない。彼女たちはただMethaと同じように、幸せになるために当たり前の努力しているだけなのだ。そしてそうした出会いが深い愛情に育つ場合だって沢山ある。Methaの隣の夫婦もそれは仲睦まじい様子だった。見ていても微笑ましかった。
だけどこの思いは何なのだろう。
2000年11月(ロシア・モスクワにて)
今まで何度となくモスクワに来ているけど、今回はなんとなく妙な感じがするのです。モスクワが激変したという意味ではなく、Metha自身がヘンなのです。よく言えば溶けこんでいる、悪く言えば緊張感が無いのです。そのせいかどうか分かりませんが、今回は周囲の反応もいつもと違います。
ロシア、特にモスクワには様々な顔の人々がいます。ロシア帝国からソ連時代に渡り中央アジアや中国、朝鮮半島から移住し混血したりしてきたアジア系、モンゴロイド系の顔の「ロシア人」も沢山住んでいます。だからそのへんをふらふらしているMethaが朝鮮系のロシア人と思われても別に不思議ではありません。街を歩いていたら道を聞かれることだってよくあることです。だけど、今回はあまりにも極端なのです。
仕事の場では皆がMethaをキルギス人だと思っていたし(全員が真実を知るまで2日かかった)、宿泊客のほとんどが「西側」ビジネス客のはずのホテルの従業員が、ロシア語で話しかけてくるのです。極めつけは、街をお散歩している時にお腹が空いて立ち寄ったシャウルマ(焼肉を細く削ぎ落としてピタパンなどにはさんだ中近東風のサンドイッチ)の屋台のお兄ちゃんが、まるで妹でも見るような目つきで優しく言ったことです。
「あんた、ウズベキチカ(ウズベキスタンの女の子)だろ。肉、おまけしといてやったからな」
黒いちょびひげの生えた濃い顔のお兄さんからたっぷりと肉の入ったシャウルマを受け取りそそくさと立ち去ったMetha。嫌ではないのだけれど、何と言っていいのか…。やばい、という気分です。今までさすがにモスクワではここまで間違われたことはなかったのに。歴史と風土が人の顔を造るというのをリアルタイムで実践しているMetha。鏡をじっと見つめながら、お化粧法を変えてみなければと決心するのでありました。
2000年10月(イギリス・ロンドンにて)
友達の家で飲みながら楽しくお喋りしていたら、乱入してきた別の友達に拉致されゲイ・クラブに連れて行かれた。真夜中12時、丁度ショータイムの時間。ぴちぴちのTシャツを着た短髪・ピアスの殿方カップルでごった返している。舞台ではごついオネエさま方が、ラメの衣裳をきらつかせてダミ声で熱唱中。
突然、郷ひろみ…ではなくリッキー・マーチンの曲が大音響で流れ、「観客参加型ストリップコンテスト」が始まった。目立つ人はどんどん指名されて舞台に引きずり出されて行く。リッキーの曲に合わせて参加者は踊りながら次々と服を脱ぎ始めた。もちろん法の規制は厳しく、上はすっぽんぽんになってもいいが下は脱いではいけないらしい。調子に乗った一人の男性が全裸になってそのへんを走り回り、あっと言う間に店の人にはがいじめにされてどこかに引きずられていった。
順位は観客からの拍手の大きさで決まる。優勝は一番脱ぎっぷりがよかったエジンバラから来た女の子。準優勝はクレイジーな踊りを見せたベルリン出身の男の子だった。ショーの後エジンバラのギャルはパブ中の人に声をかけられたり誉められたりしながら引き上げて行った。ベルリンの男の子はホールのど真ん中のテーブルに腰をかけ、ビールを飲みながらいかにもお声がかかるのを待っている態勢だったのだが・・・何故だか誰も来ない。何がいけないのかMethaには分からないが、友達(男)には分かるらしい。「行かないの?」と聞いたらフンと鼻を鳴らしていた。孤独を漂わせながら、ベルリン青年はクラブを出ていった。
クラブにいたのは1時間。「Metha、帰っちゃだめ!帰ったら怒るわよッ!アンタは新しい世界を知らなきゃだめなのぉ〜!!」という彼ら(男)の怒鳴り声を背に、ダッシュで店を後にした。しかし次の日ちゃっかりと「昨日は楽しかった。また連れてってね」と電話でフォロー。今度は1時間半に挑戦。新しい世界は疲れるのだ。ぜいぜい。
2000年10月(スコットランド・ブレマーにて)
スコットランドに行くことになった。「寒いのかな?雪降ってるかな?」「イギリスのお金って使えるのかな?」「何語を喋ってるのかな?」などなどとアホな考えに浮き立ちながら、支度をする。
ロンドンから長距離列車とバスを乗り継ぐこと8時間余り、この連合王国で最も寒いらしい(ガイドブックによる)この地に降り立った。そして前日の疑問に回答が出た。雪は降っていなかったが、寒かった。時おり冷たくキビシイ小雨も降った。イギリスのお金(つまりBank of England発行のお金)は無事に通用した。ただしATMで下ろすお札はスコットランド紙幣。
そして言葉は…英語じゃなかった!いやもちろん英語なんだけど…Methaにはサッパリ理解できなかった。「●×▼☆▲…?」と聞かれ、「は?何ですか?」とロシア語で答えてしまったMetha。いっそのことロシア語で会話した方がよっぽど通じたかもしれん。とほほ・・・。
数日の苦闘の末、Methaは少しだけスコットランド弁を習得した。「何(What)?」は「うぉ?」「うん(Yeah)!」は「あいぃ!」である。とほほ…。
2000年10月(イギリス・ロンドンにて)
朝出かける時エレベーターに乗ろうとしたら、開いたドアの向こうにあの「ビルダー」が乗っていた。名前はナイジェル。余りにも何度も来てくれるので(頼んだ覚えはないが)、名前を覚えてしまった。「ああ、おはよう!」ナイジェル君は屈託の無い笑顔。「あら、おはよう!」Methaも負けじと天使のような笑顔。
「今日はどうかしたの?他のフラットの修理かしら?」「そうなんだよ〜。5階でちょっとあってね」「ふ〜ん…ところでさぁ…うちのフラットなんだけど…」「ああ、この間マネジメントから電話があったよ。また壁が割れてきたんだって?」「そうなのよぉ〜、このあいだと全くおんなじ所なのよねぇ。わかる?おんなじところなのよ!」「この建物、トラブルが多いよね。まったくひどいもんだ。あははは…」
「てりぶる、てりぶる(ひどいもんだ)…」と爽やかに笑うナイジェル君に背を向け、Methaはエレベーターを降りた。
そして今日、大家さんから電話があった。「Methaさん、迷惑かけてほんとにごめんなさいねぇ。来週の金曜日、ビルダーのマークが行きますからね!」
なにぃ〜?このままトンズラできると思うなよ〜ナイジェルぅ〜…。