2001年8月(イギリス・ロンドンにて)

 

クリストフ(スイス人)、ネティ(ドイツ人)とインド料理屋でカレーを食べていた。クリストフは日本に旅行して帰って来たばかり。日本がモーレツに気に入ったらしい。もともと非常に善人で悪意のない彼だけど、「色んな人に親切にしてもらったよ」「全てが効率的でスムーズで気持ちよくて」「スイスでもこんなに気持ちの良い思いをすることは滅多にないよ」などとベタボメである。…そしていつしか、話題はイギリスの恐ろしく非効率な公共交通機関への批判に移っていった。イギリスの公共交通機関(バス、地下鉄、鉄道)はもう今更コメントできない程どうしようもない。時刻表どおりに運営されていないというのはもはや全然問題ではない。インフラが古いとかメンテナンスがちゃんとできてないとか労働組合の抵抗がハゲシくてシステム全体の改善できないとか、もうにっちもさっちも行かなくなってしまっているのだ。

 

しかしそれ以上にMethaが理解できないのは、大衆がそれについて何も声を上げないことなのだ。地下鉄が途中で止まってしまっても、整備不備で信号が壊れ列車がキャンセルされても、バスが理由も知らされず途中で突然運行を止めてしまっても、誰も何も言わないのだ。黙って係員の指示に従い降りたくもない駅で降りたり、あるいはいつまた動き出すか分からない車輌の中で悠然と新聞を広げたり、独自で他の交通手段を手配したり、非常に従順あるいは無関心(を装っているだけ)なのだ。遅れたりキャンセルされるだけならまだいいけれど、近年は立て続けに大きな鉄道事故が起こったりして、冗談では済まされない状況になっている。

 

「どうして何もアクションを起こさないんだろうねえ?」「文句はぶつぶつ言う割に、問題を解決しようとしないよね!」「結局は、ことなかれ主義なんだよね」「これはもうインフラの問題じゃない、政治の問題なんだよ!!」と、次第にテンションが上がってくる。と、その時。「すみません」

Methaの後ろから突然声がした。振り向くと、さっきまで隣のテーブルで言葉少なに黙々と食事をしていた四人グループのうちの一人の青年。きょとんとするMetha達に向かって彼は真っ直ぐ澄んだ目で語り始めた。「僕はカナダ人で、今もカナダに住んでます。ロンドンには数ヶ月の滞在なんですが、さっきのきみたちの会話についてヒトコト言わせて下さい」Metha達はあっけにとられて黙っている。「きみたち、公共交通機関には感謝すべきだ。カナダには公共交通機関というものはない。いくらトラブルや不便があったって、きみたちは、その存在そのものに感謝することを忘れている。ついでに言えば、僕はロンドンで公共交通機関に怒りを覚えたことなど一度もない!!」「…」絶句しているMetha達を残して、青年はさっと踵を返し去って行った。

 

「な、なんだ、今のは?」その論法の無謀さと唐突さに動揺するMethaにネティは冷たく言った。「まあ、ここに住んでない人に説教されたかないわねぇ」。クリストフも言った。「彼はきっと日本に行ったことはないんだろうね」。「・・・スイスにも行ったことないだろうね」とMetha。

カナダ青年よ、感謝の気持ちとか、そういうレベルじゃないんだけどなあ、もう。


2001年8月(イギリス・ロンドンにて)

 

人との約束に遅れそうになり、あたふたと地下鉄の駅に向かう。時間が無いうえに、駅ではトラベルカード(定期券)も買わなければならない。不思議なことにこの国では「自動券売機」で切符を買う人が妙に少ない。みんな窓口に並ぶ。それは小銭がないからとか機械はあっても壊れているからとか機械が何となく信用できないとか様々な理由があるのだが、とにかく自動券売機はガラガラで、窓口は長蛇の列である。トラベルカードはもちろん窓口でしか買えない。

イライラしながら10分近く並びやっと順番が回ってきた。あせって窓口に飛びついて早口で言う。「1ヶ月のトラベルカードお願いします」「あいよっ!」やたらと調子よくこたえたお兄さん。ところがお金を支払う段になってMethaがカードを出したら、大袈裟に残念そうな顔をした。「あーあ、すみませんねえ、ここは現金のみの窓口なんスよぉ。並ぶところ間違えましたね」「えええええ!!」また並びなおすのかっと顔面蒼白になったMethaにむかっておにいちゃんは真面目な顔で言った。「でもあなたのために特別にカード支払いを受理しましょう」「??」Methaが考え込んでいる間に彼はさっさとカードを取り上げて、奥で処理をする。…冗談だったのだ。だってそもそも窓口三つに対して列は一つ、空いた窓口に順次進むというシステムなんだからこちらが窓口を「間違える」余地はないのだし。

きぃー!!アンタのクダラナイ冗談につきあってるヒマはないんじゃ!ぷりぷりして地下鉄に揺られながら、あることを思い出した。数年前の空港での入国審査のことを。

 

「どれぐらい滞在の予定ですか?」Methaは張りきって答える。「1年です!」するとすかさず係官のオヤジは言ったのだ。「そんなに長いビザは出せないね」

にゃ、にゃにぃ〜!!まだ若かったMethaは泣きそうになりながら「だって、もう学校の入学許可も貰ってるんです、ほらこれが許可証で、ええと、これが帰りの飛行機のチケット…」その他、念のために持ってきた銀行残高証明書や身元照会状などありとあらゆる証明書を机の上に広げた。しかしオッサンはちらと一瞥しただけ。手にとって見ようともしない。そしてバン!と大きな音を立ててMethaのパスポートにスタンプを押し、黙ってそれを突き返した。「次のかた、どうぞ!!」

半泣きでパスポートを開いてみると、2年の滞在許可が与えられていた。

 

いくら単調な仕事に潤いを求めたいからって、イタイケな少女をいぢめるのはやめてほしいわっ!同じ冗談をほれ、そこにいるバラの刺青をした黒人のおにいちゃんに言ってみろっちゅーの!!ぷんぷん。


2001年8月(イギリス・ロンドンにて)

 

ギオルギという友達からメールが来た。ギオルギはまだ26歳だが、22歳でとある国の大統領秘書官になり23歳で経済省の副大臣を務めた人である。独立したばかりの小さい国では20代そこそこの人が政府の要職に就くケースは決して珍しくない。血縁などのコネが平気で通用する世界でもあるからだ。しかしそんな中でも、ギオルギは非常に聡明で、こちらが飽きれるくらい精力的に働く青年だった。副大臣としてのカンロクも充分だった。彼からのメールはいつも真夜中に書かれたものだ。そして今回のメールも。

「アメリカに移住することになりました。アメリカでは大学院で経済を学ぼうと考えています。Methaさんと知り合うことができて個人的にも本当に良かったと思っています。どうかお元気で…」

26歳の普通の青年が、将来への希望と有り余る程の可能性にはちきれんばかりになっている姿が目に浮かんだ。

 

数日後、アルトゥールからメールが来た。仕事が見つからずアル中になり奥さんがアメリカの親戚のところに逃げてしまった、あのアルトゥールだ。

「ルザン(奥さん)がアメリカで労働許可を取ったので、僕も子供達を連れて移住することにしました。とりあえず3年です。僕も今ある資格を取ろうと勉強中です。どうなるか分からないけれど、やってみようと思います。Methaには一番辛い時に助けてもらった。本当に感謝しています」

これで、あの辺の国で知り合った数年来の友達はほぼ全員が国を出て行ってしまうことになる。少し前のMethaなら、誰かが国を離れるというニュースを聞いては悲しくなっていた。でも何故だろう、今度は違う。何事も、何者も同じ場所に留まっていることはできない。

全ては動いていく。自分自身も知らない間に少しずつ動いていっているのだと思う。


2001年7月(フランス・パリにて)

 

トンネルを抜けたら、そこは仏蘭西だった。実はパリはまだ二度目。全くのおのぼりさん状態である。

うおー、案内板や表示が全部フランス語だー。意味は何となくわかっても、読めない。そのまんま読んで通じるスペイン語とは違って、全く発音できない。地下鉄の駅で3日間有効のトラベルカードを買おうとして、窓口の若いお兄さんのところに突撃する。「ぱるど〜ん。ええーと、か、かるて ど とらべーる、ぱり〜…うーん、うーん、しるぶぷれ〜」「ウィ?コモ???」…通じない。あたりまえだ。おどおどしていると、お兄さんは笑って「ああ、カードね。何枚?」と英語で聞いてくれた。…今度から、旅行仏語会話ぐらいはちゃんとやっておこう。

 

同じ欧州の大都市、しかも一応隣国なのに、ロンドンとパリはどうしてこうも違うのだろう。パリの方が断然観光立国の首都としてのプライドと責任感が感じられる。道が綺麗。建物もこまめにメンテされている。公共交通機関も清潔である。それに比べて、同じく観光で莫大な収益をあげているはずのロンドンは、どうして道にはゴミが散乱し地下鉄は臭くてバスの座席は座るとカユイのか?一体あのお金はどこに消えているのだろう…などと、ノートルダム寺院(写真)を見上げながらロンドン市政に大きな疑問を投げかけるMethaなのであった。

 

帰りのユーロスター。トンネルを抜けたらそこは英吉利だった。列車のアナウンスが思いっきりフランス語訛りの英語で告げている。「御乗車の皆様にお知らせでぇ〜す。イギリス側の線路のコンディションの事情により、この列車は予定より40分遅れての到着となりまぁ〜す。もうしわけございましぇ〜ん」

 

・・・・・・・・。


2001年7月(イギリス・オックスフォードにて)

 

大親友のタシアとアルバロが結婚した。Methaは彼らが付き合う前からずっと遊び仲間だったから、何年も経てとうとう二人が結婚を決めたことはMethaにとっても感慨深い。オックスフォードにあるアルバロのご両親の家でのパーティーに招待され、出かけて行った。

タシアはギリシャ系南アフリカ人、アルバロはスペイン系ブリティッシュ。当然彼らの親族はイギリスのみならずギリシャ、南アフリカ、スペインから続々と押し寄せる。それだけでも相当濃い雰囲気なのだが、それに加えて二人ともMethaと同じように世界のアヤシイ国でアヤシイ仕事をしているので、仕事仲間や友達も超アヤシイ人ばかり。その中でもピカイチだったのが、ニュージーランダーのマットであった。「Metha、ちょっとカレシを紹介したいの!」アルバロの妹モニカが連れてきたマットはすごく緊張していた。そしてMethaを見るとぼそっと言った。「あ、ども、はじめまして」(←日本語) なに??

 

聞けば、マットは17歳の時交換留学で広島のとある漁村の高校に学び、その後も何度かワーキングホリデーのビザで日本を訪れあちこちを旅したらしい。「色んな仕事をしたよ。日本はほんと金がかかるからなあ。金がなくなったらそこでちょっと働いて金貯めて、それでまた旅するんだ」「外国人が田舎で仕事を探すのって大変じゃない?」「何でもやったぞ。めっちゃクールな仕事もたくさんあった」…と、ここまではノリノリのヒップなニュージーランド英語で饒舌に喋る。Methaは尋ねた。「クールな仕事ってなあに?」「…」一瞬の躊躇の後、マットは超早口の緊張した日本語で言った。

「……れたすばたけ。」  …。 「れ、れたす…?(ぷぷぷぷぷぷ)」笑いをこらえるのに必死のMetha。

「下関を渡って九州に行こうとしてたとき、ヒッチハイクで冷凍車に乗せてもらったんだ。運ちゃんがすごくいい人でよー、飯も奢ってくれてよー」「良かったねえ」「ほんとだぜ。ほとんど言葉も通じなかったのによう。別れる時さ、その運ちゃん、友情の印に土産をくれたんだよ。感動だぜ!」「へえ、いい話だねぇ。で、何をくれたの?」

「… …まぐろ。れいとう。でかいの。」 ……。 「ぎゃっはっはっはっは……」

 

そんなマットは現在スコットランドで職探し中。「スコットランドはクールなとこだぜ。オレ、ホテルででも働こうかと思ってんだ。だってエジンバラなんか日本人だらけだろ!きっとオレの経験が生かせるぜ!」というわけで、もしエジンバラでクールで緊張した日本語の男マットを見かけたら、ぜひ声をかけてやって下さいね。合言葉は「ほんじつのめにゅーはこちらでございマース」。マットにとって最も思い出深いフレーズだそうです。

ちなみに尊敬する日本人は猿岩石だそうです。クールだ、クールすぎるぜ、マット!!


2001年6月(イギリス・ロンドンにて)

 

もう一体何人の男性と会っただろうか。みんなそれぞれにいい人達で、陽気なナイス・チャップ達だった。でもどの男も完璧じゃない。思えば長い道のりだった。Methaは決して高い理想をつきつけているわけではない。だけどついにMethaを満足させてくれる男には巡り合えなかった。

 

一番始めに紹介されたのはロブ。でも彼とは電話で話しただけ。結局実際には会えなかった。何度会う約束をしてもその度に裏切られすっぽかされた。何故会う前からそんなに嫌われてしまったのか。理由は未だに分からない。二番目に会ったナイジェル。ルックスの良い金髪の彼とは三度ほど会った。でも彼は軽はずみで、いい加減なことばかり言ってMethaの言うことをちっとも聞いてくれない。最後には嫌になってしまった。三番目はヘンリー。ヘンリーには息子がいて、Methaと会うときはいつも息子を連れてきていた。一人では心細いのか。そんな弱さが気になった。彼は結構気を使ってくれて一生懸命だったのだが、ある時一生懸命になりすぎてMethaの大切なものを間違って壊してしまった。動転した彼は言い訳をしながらそそくさと逃げ出した・・・それきり会うことはなかった。四番目のティムはMetha好みのガタイの良い青年だった。とても陽気でいつもご機嫌なところは良かったのだが、嫉妬深い性格なのか、Methaがいない時にMethaの持ち物を物色したりめちゃめちゃに動かしたりした。トイレの使い方が汚いのも嫌だった。

そして今日。記念すべき最後の男と会った。

 

もう名前すら聞かなかった。もう二度と「出会い」はごめんだ。彼ひとりが悪いのではないということは分かっている。だけどもう会うのは彼で最後にしようと思う・・・いや、最後になればいいと心から願う。・・・このフラットに入居契約した時に大家さんとの間で合意した「入居前にきちんと修理しておくべき個所」が、ようやく全て解決されたのだ!入居から二年も経った、まさに今日、この日!!

最後の男は、10分かけて最後の修理個所(ナイスガイ・ナイジェルが勝手に切りとってしまったシンクのパイプを目隠ししている木のパネル)を丹念に調べたのち、オモムロに木工ボンドを取り出して板をくっつけた。・・・ツッコむ気力ももうない。全ては終わったのだ。Methaは目をうるませて最後の男をドアのところで見送った。

 

金輪際お別れだ、ビルダー!何かを修理しに来る度に新たなトラブルを生み出すビルダー!もう来るな!来ないでくれ!!

 

参考文献:「怒りのイギリス生活・住居編」「旅の空から2000年7月」他


2001年6月(スウェーデン・ストックホルムにて)

 

ちょうど4年ぶりのストックホルム。ずっと天気が悪い。でも不思議とイギリスのようにどんよりした感じを受けないのは、きっと街が美しいせいだろう。建物も通りも何もかもこざっぱりとニートである。そして人が少ない。車が少ない。しん、と澄み渡った空気がある。

 

仕事の合間、昼食をとるためにカフェテリアに行った。お盆を持って前に並んでいた中年の女性がスウェーデン語で話しかけてくる。「すみません。スウェーデン語喋れないんです」「あら、そうなの」にこにこしながら彼女は英語に切り替えてくれた。「ここのベジタリアン・カレーは美味しいのよ。ぜひ試してみたら?」

そのままなんとなく連れられて、彼女の仲間のテーブルに一緒に混ぜてもらった。「こんにちは!」誰もMethaがそこに突然現われたことを不思議に思っていない。みんなにこにこして場所をあけてくれた。「Methaは小さいから、少し狭いけどここに座れるよね」

食事をとりながら、Methaは自然に彼らの世間話に参加していた。誰もMethaが何者なのか聞いたりしない。「昨日はお天気が悪かったわねえ。Methaはどこか遊びに行った?」「ええ、旧市街をちょっと散歩しました」「そう。あたしはどこも行かなかったわぁ」「僕は友達と食事をしたよ・・・」「そうそう、ここ数年ストックホルムではね、日本食がとっても人気なのよ。Metha、知ってた?」

昼食が終わって仕事に戻る時、テーブルにいた仲間のおじさんが名刺をくれた。「Metha、なにかあったら連絡してね」

彼がくれた名刺。名前と住所、そして何やらスウェーデン語でメッセージのようなものが書いてある。…それだけ。職業、肩書き、メールアドレスどころか電話番号も書いていない。

 

ロンドンに戻ったら手紙を書いてみよう。


2001年6月(コーカサスの山奥にて)

 

コーカサスの山奥、標高3000メートル。目の前の山を一つ越えると、もうロシア領。コーカサスといえば、長寿で知られた地域。山に住む老人は130歳ぐらいまで生きると言う。

国境のこの村は、ソ連の崩壊やら内戦やらのお蔭で、この10年で住民がほとんど逃げて行ってしまい、今では廃村同然となってしまっている。けれども国境のチェックポイントの少し手前で、ぽつんとひとり花を売っている老人がいた。

「あんた何しに来たんだ、こんなところまで」「あ、ちょっと国境の様子を見に来ました」「何も面白いもんはないぞ。山と道路だけだ。あとは麻薬の売人と密輸商人だけだな」「知ってます。でも見たいんです」

「・・・あんた何の仕事してるんだ」「旅するのが仕事です」「そうか。わしの仕事は、生きのびることだ」

そして老人はMethaに小さなグラスに注いだ水をくれた。「これはここの自然の水だ。身体にいいぞ。飲みなさい」水は黄色くて何だかサビの味がした。「あの、塩の味がします(←サビの味という説明ができない)」「それはミネラルが豊富だからじゃ」

 

翌日、お腹が痛くなった。…いいよ、長生きしなくても。


2001年6月(アゼルバイジャン・バクーにて)

 

旅にハプニングはつきものである。どんなに旅慣れてたって、起こるものは起こる。いやむしろ、旅慣れて気が緩んだ頃に「それ」はやってくる。

「ああ、あ、あ゛―――!!」現地時間朝6時。寝ぼけ眼でバクーに到着したMethaは、空港から街中に向かうタクシーの中で突如「それ」に気付いた。「どどど、どうしたんだっ!!」運転手のおっちゃんが120キロでぶっとばしながら後ろを振り向く。あまりにも動転しているため、Methaはちゃんと喋れない。「あうあう、あの、カバン、空港、カバン、ない、忘れた…」「お、落ちつけ、落ちつくんだ!!!」おっちゃんはとりあえず車を路肩に停め、トランクを開けた。「ないか?ここにないのかっ???」「あうあう…な、ない…」「よし、空港に戻るぞ!」「あうう…」後部座席で泣き崩れるMethaに、おっちゃんはずっと「だいじょぶだ、だいじょぶだ。だいじょぶだー。きっとだいじょぶだー」と呪文のように言いつづけている。Methaはあのカバンに何が入っていたのか必死で思い出す。スケジュール帳、仕事関係の連絡先一式、デジカメ、クレジットカード、航空券、大量の現金、そしてパスポート。ぐあー!!!

 

空港に戻り、タクシーを降りるや否やダッシュしかけたMethaだが、はたと考えた。スーツケースはタクシーの中に残していくべきか?おっちゃんがこのままトンズラしてしまったら?どうする?どうすればいいんだ??おっちゃんは「ここで待ってるから。大丈夫だから行ってきな」と言っている。信頼すべきか。信頼していいのか…?…ええい!Methaは「絶対待っててよねっ!!」と叫び、空港の廊下をダッシュした。ああ、もう1時間経っている。カバンは誰かに盗まれていてもおかしくない。

 

すると妙なことが起こった。すれ違う人達 ― 空港職員であろうが掃除のお兄ちゃんであろうが、誰かの迎えに来たような普通の人であろうが、口々に「あっ、カバンだろ。税関審査のところで見たぞ」とか「あんたのカバン、係りの人に引き取られてったぞ」とか言うのである。何故だ?何故みんなMethaがカバンを探しに来たということを知っているのだ?そもそも何故あれがMethaのカバンだと知っているのだ?何故みんながカバンの行方を目撃しているのだ?頭の隅でそんなことを考えながら、しかしMethaは走りつづけた。そして出国ロビーを突き抜け税関を逆送し手荷物引取りの場所まで突っ走る。途中係員が阻止しようとしたがMethaが「カバン!!」と叫んだら通してくれた。何故だ!?

カバンは無事保護されていた…なんていい国なんだ!ぽつんと置き去りにされたカバンを、誰もガメたりしなかったのだ!…係員からカバンを受け取る時、周りのヤジウマから「謝礼として5ドル払え」と言われたけど。タクシーのおっちゃんもタバコをふかしながら待っててくれた…なんていい人なんだ!スーツケースと共にトンズラしないで待っててくれたのだ!…目的地についてお金を払う時「もうちょっとよこせ」と言われたけど。

 

い、いい人たちです。いや、ほんと。

 

 

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