2002年6月(チェコ・プラハ)

 

プラハの中心から少しはずれたところにあるMethaが大好きな城跡公園ビシェフラド。「すみません、ここはどこですか?」突然英語で声をかけられた。妙な質問だなと思って顔を上げると、薄汚れた感じの背の高い男性が地図を片手に立っている。「街中に出たいんですけど、今いる場所がわからないんです」チェコ人ではないようだが、旅行者にも見えない。手ぶらだし、何だか眼も虚ろな感じだ。そのまま無視して行ってしまえばよかったのだが、ついついいつものクセで一緒に地図を覗き込んで、今いる場所などを説明してあげてしまった。

すると、今度はいきなり太ったのと痩せたのの二人組み男性が目の前に現われた。何だろうと思っていると、彼らはチェコ語で何か話し出した。「チェコ語、解りません」そう言うと、少し間をおいて、訛りはあるが流暢な英語に切り替えた。「警察です。ちょっと所持品を調べたいんだけどね」そして警察バッジのようなものをポケットから出してちらっと見せる。「あんたたち、知り合い?」その私服警官達はMethaと薄汚れた男性を見比べている。「いえっ、違います」Methaは大慌てで否定した。「身分証明書を見せて」Methaの差し出したパスポートを調べながら、太った方の警官が言った。「このへんでは闇両替とか麻薬取引とかがよくあるからね…外貨は所持してるかね?」

 

雲行きがアヤシくなってきた。Methaは財布を出す。太っちょ警官はやせっぽちの方にMethaのパスポートを渡すと、財布の中身を調べ始めた。「ちょっと、パスポート返してよ」気の弱そうなやせっぽち警官はあわててパスポートを返してくれた。太っちょは財布の中からポンド札とドル札、そしてチェコのコロナ札を出して数え、そしてもとに戻した。「他に外貨は持ってるか?」そう言いながら左手でMethaに財布を返した…が、さり気なく後ろに回した右手の中には折りたたまれた二十ポンド札数枚が握られているではないか!!

「ちょっと、それ!!」Methaは思わず指差した。すると太っちょはしぶしぶ、しかし落ちついて「他に、このような外貨は持っているか?」と何事もなかったかのように札をMethaに返した。「持ってません」Methaは札を受け取り、じろじろと太っちょを睨みつけた。やせっぽちの方はすっかり動揺して「はやく、財布をかばんに戻して、戻して」と小声で言っている。最初に声をかけてきた薄汚い外国人も財布を調べられたが、その中にはユーロ札が数枚と、そしてなんと日本円が五万円分ほど入っていた。それを横目で見ながら、Methaはその場を立ち去った。周囲では散歩途中の人々が思いっきり不審の眼でこちらを見ていた。

 

簡単に人を信じてしまって自己嫌悪に陥るのは毎度のことである。やれやれ。


2002年5月(イギリス・ロンドン)

 

近所に、いつかツッコミを入れてやりたいと思っている店がある。いつもネクタイを欠かさないアラブ系の紳士が店番をしている小さなクリーニング屋。「Same Day Return」、つまり即日仕上がりがウリである。初めてこのクリーニング屋に行った時、アラブ系紳士はMethaにこう聞いた。「いつの仕上がりがご希望ですか?」「今日中にお願いしたいんですけれど」「わかりました。では夕方六時の仕上がりになります」用事を済ませてまっすぐ帰ってくれば、六時半頃にはここに来れる。丁度いいかな。そう考えたMethaは念のため聞いてみた。「お店は何時までやってます?」紳士は胸の前で両手を丁寧に組み、愛想良く言った。「六時です」「…?」思わず考え込んでしまった。六時仕上がりのクリーニングを六時に閉まる店に引き取りにくるためには、一体何時にこの店に来たら良いのだろう。紳士は実に人の良さそうな晴れ晴れとした笑顔で、悩むMethaをじっと見ている。「ううーむ」Methaは唸り、そして結局翌日お昼の引き取りにしてもらった。

 

そして昨日、再び同じクリーニング屋に趣き、コートを頼んだ。「いつの仕上がりがご希望ですか?」以前と同じ質問が繰り返される。「一番早くできるのはいつですか?」「今日の六時です」…きたっ!!Methaは何を血迷ったのか、敢えてこの「六時閉店、六時引き取り」のナゾに挑戦してみることにした。「じゃあ六時でお願いします」「わかりました」

 

果たして夕方。考えに考えた挙句、Methaは五時四十五分に店に行った。「六時仕上がりというのは、きっと『六時までには確実にできています』ということに違いない。だからほんの少し前に取りに行けばできているはず!」Methaは勝手にそう判断したのだった。「これお願いします」Methaは引換券を紳士に手渡した。「お待ち下さい」彼はいつものように愛想良く笑いカウンターの後ろを探したが、すぐにもう一度引換券を確認してMethaに言った。「申し訳ありません、これ、六時仕上がりですね。六時にもう一度お越し下さい」何となく予想したとおりの結果であった。「ええー、だってここ、六時に閉まるんでしょ?」Methaは食い下がる。「はい、六時です」紳士は何がオカシイのかと言わんばかりにきょとんとしている。

 

するとナニか、この店は六時きっかりになると「六時仕上がり」のブツを配達に来るスタッフと(イギリスだから時間通りに来るはずがないが)、「六時仕上がり」のブツを受け取りに来る客達と(イギリスだから時間通りに来られるはずがないが)、「六時閉店」でシャッターを下ろそうとするこの紳士(イギリスだから五分以上前から半分閉めているはずだが)が、大攻防戦を繰り広げるということになるのだろうか?「…また明日来ます」Methaはがっくりと肩を落とし、紳士に背を向けた。「申し訳ございません、マダム」紳士はあくまでも上品につぶやいた。

 

つまるところ、この店の「即日仕上がり」サービスをきちんと享受している顧客は一体存在するのだろうか?このクリーニング屋のナゾはほんの一例で、イギリスでの日常はこの類の不条理で溢れかえっている。それともこんなことでこんなに悩む方がおかしいのだろうか?何年住んでも彼らの思考回路にはさっぱり馴染めないのだった。


2002年4月(アイスランド・レイキャヴィク)

 

だ、誰もいない!? 

 

夕暮れ迫るレイキャビクの街には、文字通り人っ子ひとり見当たらない。時おり車が静かにすーっと横切っていく。レストランもパブもお店も全部閉まっている。イースターの休暇中とは言え、首都なんだからいくらなんでもお店のひとつぐらいはやってるだろうと思っていたが甘かった。人々はどこに消えてしまったのか?まるっきりゴーストタウンだ。

人々はどこに消えてしまったのか…その答えは市営の温水プールにあった。

廃村のような市内とはまったく対照的に、プールは老若男女のレイキャビクっ子達がぎゅうぎゅうに詰まっている。気温2度、天気は快晴。ほかほかと湯気のたつ浅いすりばちのようなプールに寝転んで日光浴をする。目をつぶって太陽の光をいっぱいに浴びる女の子、陽気な声で冗談を飛ばしあう中年男性グループが目に入る。アツアツの若いカップル、でっぷり太ったおばちゃん軍団、そして妊婦さんもちらほらと。「特にイースターはあんまりすることもないからねぇ、みんなここに来るのよ」。隣のおばさんが言った。ほほう、そうか。プールはアイスランド人の社交の場のひとつだと聞いていたが、それにしても不思議な光景だなぁー。日本の露天風呂なんか目じゃない。この密集度は異様だ。他人との距離が妙に近い。それにお湯につかってのんびりしていると、気分がほぐれてきて見知らぬ人とでも気軽に言葉を交わせるわぁ。ふにゃふにゃ。

ふとその時、笑いさざめきながら前を横切る一団に目を向け、思わずMethaは姿勢を正した。「か、かっこいい!!」それは絵にかいたような金髪碧眼、手足のながーい少年達の集団であった。そこで改めて周りを見回してみると、いるわいるわ、美少年の山!どうしてもっと早く気付かなかったのだろう。も、もうちょっと近づいてみようかしらん…。ごそごそと人ごみを掻き分けさりげなく(?)隣に移動してみたり、それじゃ見えにくいからと斜め向かいに座ってみたり、岩陰からのぞいてみたりと、始終挙動不審なMethaであった。いやぁ、アイスランド、いいなぁ、リラックスしますなぁ〜。…なんてやってるうちに、ずいぶん日焼けしてしまい顔が真っ赤。とほほ。

 

あっ、もちろん本来の目的である比類なきアイスランドの大自然についてはたっぷり堪能いたしました。念のため。


2002年3月(イギリス・ロンドン)

 

立て続けに日本から客人が押し寄せ、お付き合いやらお世話やらでへろへろになってしまったこの数日。しかし、普段は観光もショッピングもぜーんぜん興味の無いMethaにとっては、ロンドン観光の王道を行く数少ないチャンスでもある。その証拠に、今週生まれて初めてウェストミンスター寺院に入り数年ぶりにハロッズでお買い物をし、ナショナルギャラリーなんか二回も行っちゃった。

こちらで老舗のチョコレート屋でシャンパントリュフが買いたいと言われれば案内し、あちらで有名パブのフィッシュ・アンド・チップスが食べたいと耳にすればガイドブックを開き、そちらで楽しながら街をざっと見て回りたいという声が上がれば周遊観光バスに乗せ、はたまたアフタヌーン・ティーだのテート・モダンだの「英国式リフレクソロジー(日本で流行ってるんですって!?)」だのマーケットだの、そりゃあ盛りだくさんだった。

高級デパートの店員は丁寧で親切、ミュージアムの係員はユーモアたっぷり、ガイドブックに紹介されていたイタリアンは美味しいし、ちょっと気まぐれに入ったお店の雑貨はチョーカワイイ。おまけに後半は信じられないぐらい天気も上々。「ロンドンってやっぱりいいわぁ〜。ああ楽しかった」。みんな大満足で帰って行った。

 

何かがおかしい、何かが違うぞ。

 

なんだよ、ロンドン、いい所じゃん!!(怒)


2002年3月(ベルギー・ブリュージュにて)

 

「ベルギーに行くのなら週末はブリュッセルで過ごさずにブリュージュに行きなさいよ。絶対オススメ」。お友達モニカが何年も前に言っていたことを思い出し、足を伸ばしてみることにした。ブリュッセルから鉄道で片道一時間と少し。確かに、首都ブリュッセルとは少し違うところを見てみたいと思ったら、すぐにでも行ける最適の街だ。まさに十五世紀のまま「時間が止まった街」。表通りは観光客でごった返すが、少し裏道に入れば人っ子一人いない。そんな静かな小道と運河、お伽噺のような家並が魅力的である。そうやって石畳をゆっくりゆっくり歩いていたら、ふとあることに気がついた。

 

観光客の中で、何故だか「中年男性二人連れ」が目に付くのである。最初はあまり気に留めていなかったのだが、よくよく観察してみるとそれら二人連れの多くはどうも見ていて「ぎこちない」。あまり楽しそうな様子もなく、会話も少ない。一緒に歩いていてもお互い何だか別々のところを見ている。言葉少なく気まずそうにカフェで向かい合ってビールを飲んでいる…。ディズニーランドで異様な雰囲気をかもし出す「オトコ二人組み」のごとく、そんな二人連れにどうも目が吸い寄せられる。「ヤツらは一体何者なのだ…」あれこれ考えているうちに何となく推理できた。

きっと仕事で一緒にブリュッセルに出張して来たビジネスマン達なのだろう。それで週末時間が余ったので、「仕方なく」二人でブリュージュまで観光に来たというわけだ。そう言えばMethaがブリュッセルから列車に乗る時にも、後ろで一緒に時刻表を確認していたイギリス人らしき不自然な二人連れがいたっけ。何を話すでもなく、かと言って一人で観光するのもわびしい。そこはかとない居心地悪さと罪悪感を背にして、二人の中年男は肩を並べ地図を片手に額を寄せて、共にこの中世の町並を歩くのだ。

 

「いやぁ、オトコ二人の海外出張は地獄ですよ〜」。知り合いの日本人ビジネスマンの言葉を思い出す。「これがオトコ三人だと何故だか単独行動になるんですよ、不思議なことに。だけど二人ってのはねぇ…どうも一緒にいなきゃいけないような気がして。かと言って気まずいのと苦痛なのは否めないですしねぇ。あ、もちろんここに女性が一人加わると断然雰囲気違ってくるんですけどね、へへへぇ」。

 

古今東西変わらぬ複雑なオジサンの心理をよそに、今日もブリュージュの日は沈むのだった。


2002年3月(ギリシャ・テッサロニキにて)

 

ギリシャと言えば何てったってエーゲ海に散らばる美しい島々。ロードス、ミコノス、クレタにサントリーニ 。神聖なまでに青い海、白い町並み、やはり神々はここにいたのだとすら思わせる。

 

…しかしここテッサロニキはそんなイメージとは無縁だ。アテネに次ぐ第二の都市、港町、商業都市。大量の車が無駄にクラクションを鳴らしながら無秩序に走り回る、排気ガスにかすんだ街。Methaはギリシャにこれまで四回も足を運んでいるが、そのうち三回がこのテッサロニキである。ワレながら信じられない。とほほ。

行きの飛行機は遅れに遅れて、テッサロニキの空港に降り立ったのは真夜中一時。眠い目をこすりながら出てくる手荷物を探し、一瞬我が目を疑った。愛用の青い小さなスーツケース、ナント見事にぱっかり開いて出てくるではないか!慌てて調べてみると、綺麗にロックがはずされている。切り裂いたりこじ開けようとしたりした形跡はない。中身も荒らされたり物色されたりした様子もない。アヤシイ粉も入っていない。ただただ、さりげなーく、ふたが開いていただけ。

 

何だかいやーな気分でホテルにたどり着き、そのままばったりと就寝。次の日は仕事先から電話でたたき起こされ「予定していた時間より早く来い」との指示。ろくに準備もしていかなかったため、結果は散々なことに。

気落ちしてタクシーに乗り込めば、右後方で「ききーっ、ぎゅるぎゅるぎゅる、ぼーん!」という音。隣の車線(実際は車線など誰も気にしちゃいないのだが)のすぐ後ろを走っていた車が、無理やり割り込んできた別の車を避けようとして縁石に乗り上げたのであった。「犯人」の車はそ知らぬ顔をしてスピードを上げ、今度はMethaの乗っている車のすぐ前にすっと割り込んできた。激怒した運ちゃんはガンガンにクラクションを鳴らしながらその車を追って映画さながらのカーチェイスをおっぱじめた。

 

ああ、神々の島は遠い。…いや、逆にこれは天国への近道か?後部座席でちょっぴりトランス状態のMethaであった。


2002年2月(アメリカ合衆国・ハワイにて)

 

行きの飛行機のチェックイン時にはスーツケースを開けられ中を物色された。到着すればロビーで待ち構えていた検査官にイチャモンをつけられ、おまけに麻薬捜査犬にとびかかられた。そうだった。この国は今、戦時下にあるのだ(イギリスもそうだけど)。Methaが手荷物検査を受ける横では、ムームーを着たでっぷり太ったおばちゃん三人組が眠たげなハワイアン・ソングを歌いウクレレをかき鳴らしている。

 

今回の相棒であるカナダ人デヴィッドの運転する車で熱帯雨林を抜け溶岩大地をひた走る。住宅街に入れば大きな星条旗が入道雲を背景にはためき、緑と白のコントラストが南国の日差しにまぶしい繁華街には「アメリカに祈りを」「神はアメリカと共に」という横断幕が下がっている。ニューススタンドで買った女性ファッション雑誌には「アメリカのために、今わたしたちは強くならなければならない」などというスローガンが躍る。夜のプールサイドのバーではだらしないリゾート着で酔っ払い大声ではしゃぐアメリカ人達、その頭上の真っ暗な空を姿が見えない米軍の演習ヘリが独特の爆音をたててひっきりなしに行き来する。

 

「何だろう。何だか気持ち悪いよね」昼間のビーチで水のようなバドワイザーをすすりながら、デヴィッドとそう言い合った。何もかもがちぐはぐに思える。確かに同じ戦争を戦っているはずなのに、その意味も質も、そしてそれがそれぞれの人生に及ぼす影響もこんなに違う。

眉間にしわを寄せてそんな話をした後で、「今の時期カナダはマイナス10度とかだから、日焼けしてることがステイタスなんだよね。とにかく焼かなくっちゃー」と張り切るデヴィッドにつきあって椰子の木の下のハンモックでうたた寝をする。

 

この世には善も悪もない。善い人も悪い人もいない。ただ、みんな自分のことで忙しいだけだ。結局のところ世界はそうやって成り立っている。それだけで成り立っているのだ。


2002年1月(イギリス・ロンドン)

 

コナンの手下ボビーが一人でやって来るようになって、三日目。メイン玄関のオートロックも「ヨー、オレだぜ」で開けてあげられるよ うになった。

レゲエな彼だけど、実はとっても礼儀正しい。「マダム、ちょっくらメシ買ってくるゼ」「マダム、この部屋のカーテンはずすの手伝ってよ」「マダム、掃除機かしてや」などなど、必ず「マダム」を忘れない。

おや、本を読むのに夢中になっていたけれど、バスルームで作業しているボビーの物音が全然聞こえない。開けていたはずのバスルームのドアもぴったり閉まっている。も、もしや塗料かなんかの薬物で中毒になって中でひっくり返ってるんじゃ!慌ててドアをノックし、ドアを開ける…が、なんとボビーは便器に座っていた。「ぎゃー、ごめんなさーい」

 

しばらくしてタバコをふかしながら出てきたボビーは(礼儀正しいボビーはもちろんタバコを吸う前には「マダム、たばこ吸ってもいいダロ」とちゃんと許可を求めてきてるのよ)言った。「マダム、今日はどこかへ出かける予定はねぇのかい」「え?なんで?」「今日中に終わるって言ったけど、思ったより時間がかかりそうなんだよなぁ」「ああ、出かけるのは夜だから、別にいいわよ、急がなくて」「…っつーか、そうじゃなくって、もうやめたいんだけど」「は?」「だからさ、もう飽きてきちゃって。今日は終わりたいんだけどナ」

 

あはははは…。飽きてきちゃったの。そう。そりゃあタイヘン。じゃあもう帰っていいわよ〜。そこまで言うのなら。ほほほ〜。

あまりのMethaの優しさにボビーはさすがに罪悪感を感じたのか、結局その日の仕事はちゃんと終えて帰った。ほほほ〜。しかしまだ闘いは終わったわけではない。数日後、ボビーから電話がかかってくる。Methaはその電話を受けて、壁の乾き具合(写真)を自らチェックし、ボビーにその状態を報告し、ボビーが仕上げのペンキを塗りに来られるかどうか自ら判断を下さなければならないのだ。ボビーの妹弟子・Methaの使命は重大なのだ。

 

…これが終わったら。これさえ終われば。ぜぃぜぃ。


2002年1月(イギリス・ロンドン)

 

待ち焦がれたプラマーのコナン参上。のぁんと八時間の遅刻。いや、クリスマス前から待ってるんだから、ざっと計算してかれこれ六百時間の遅刻である。

 

「遅いやんけ!」と怒鳴りつけようと思っていたけど、彼のその余りの吹けば飛ぶような風貌にちょっと引いてしまったMetha。しかしどっこい気を取り直し、とりあえず状況を捲くし立てた。「あのね、あのね、水漏れしてるらしいんです。下の住人がそれはもう怒ってるんですのよ。いえ、うちの方もね、ホラ、バスルームの隣の部屋の壁が剥がれてきてるんですのよー!あとね、排水パイプの流れも異様に遅いの。瞬間的に速くなったりするんですけど、やっぱり遅いの。だからね、このパネルをはずしてバスタブの下のパイプを見てもらわないとッ」

コナンは実に深刻そうにバスルームと隣の部屋、そして何故かキッチンまで見て回った。Methaはいそいそと後をついてまわる。十分経過。青年コナンは何やら苦悩していた。「こ…これはバスタブの下のパイプを見ないことにはいかんでしょう…ハァ〜(←ため息)」「・・・(だからさっきそう言ったじゃん!)」「道具を取ってきます…ハァ〜…」

 

よく見るとコナンは手ぶらだったのだ。戻ってきたコナンの手にはドライバー一本。おもむろにバリバリとタイルの目地をはがし、ぱこっとパネルをはずす。そして四つん這いになってしばらくバスタブの下の暗闇を観察した後、ぼそぼそと言った。「あの…懐中電灯あります?」「えっ?た、確かあったような…」思い当たるところを探したが、見つからなかった。するとコナンはよっこらしょと立ち上がった「じゃ、下に行って取ってきます」三分後、彼の手には懐中電灯一本。しばらくするとコナンはまた言った。「…大きめのペンチ、あります?」「へ…それはさすがに…」「じゃ、下に行ってとってきます」そしてペンチ一本持ってきた。「あの、水を溜める小さなボウルあります?」「…」

パイプは果たして、過去に何度も修理の手が入ったらしく、めちゃくちゃにつぎはぎされていた。コナンはこの世の地獄を見たかのようにMethaに告げた。「これは大掛かりな修理になりますね…だってこのパーツも、ほらこれも、これも、風呂用の部品じゃないんだ…。違う種類のを無理やり使ってるんですよ。そこから漏れてるんです…あああ…(←苦悶の表情)」「仕方ありませんわ。今日はとにかくテープでもなんでもいいから、水漏れを止めてください」「できるだけやってみましょう(←かなり深刻な顔)…ハァ〜」

 

三十分後、彼はフラフラになりながらバスルームから出てきた。「や、やりました、やりましたよ…でもこれは応急処置です。いいですね…絶対風呂桶に水を溜めないで・・・…これだけは絶対守って下さいよ・・・ また三日後に来ます… …いいですね…約束して下さい…決して風呂桶に水を溜めないと…」

そうしてコナンは幽霊のように戸口へと消えて行ったのだった…。彼の去った後にはいずこから舞い込んだのか、一枚の枯葉が踊っていた……。

 

あっ、そうそう、前々回の日記で「これはうちの問題でなく建物全体の問題」なんて書いちゃったけど、やっぱりうちの問題だったわ。下のご家族、ごめんなさい。ウフッ。


2002年1月(イタリア・ヴェネツィアにて)

 

2002年の1月1日は何の日だったでしょう。日本にいればもちろん、イギリスにいたってあんまり関係ないこと。そう。「新通貨ユーロが欧州通貨同盟諸国に出回る日」でありました。

 

最初のトラブルは1月1日その日に発生しました。「お客様、このカードは使用できません」レストランのウェイターさんがさっき渡したクレジットカードを持ってきました。「たくさんショッピングをなさったんでは?」にやにやする彼ですが、そんなに高額の買い物をした覚えは断じてありません。不審に思ってカード会社に電話をしましたが、向こうもかなり混乱しているらしく理由らしい理由も説明なく「使用停止は解除しておきました。すみませんでした」とだけ言われました。こりゃあカードは使わないほうが無難かしらん…そう思いながらも恐いもの見たさ(?)で、次に立ち寄ったお店でヴェネチアングラスの小さなお皿を買い、わざとカードを出してみました(←ほとんど野次馬根性)。今度はお店のカード受付の機械が全然作動しません。店番のマダムが懇願するので、仕方なく近くの銀行のATMでユーロの現金を引き出して支払いました。

 

翌日2日、夕食にと入ったトラットリアでまたもカードを出したら(←いい加減にやめろって…)案の定断られました。「本日は当店のカード支払いの機械が壊れておりまして…ラインが全く繋がらないのです。現金でお支払い下さい」近くにいた二組のアメリカ人観光客団体も同じ目に合っています。「そんなの私たちの問題じゃないわよ!マニュアルでカードのインプリントを取りなさいよ!」「ええ、ですが、しかし…」「機械が壊れてるんなら我々を入店させるときそう言えばいいじゃないか!!」「そうだよ、現金なんてこれっぽっちも持ってないよ!」単純で強引な正義を主張することにかけてはピカイチのアメリカ人。Methaは不本意ながらも(?)彼らと徒党を組むことにしました。もちろんみんな現金は持っているのです。しかしお互い目配せしながら現金は隠してしまいました。「だからマニュアルでインプリントを取りなさいって。それで電話でカード会社に確認すればいいでしょう!昔はそういう方法だったんだから!」「ええ、でもその番号も全然繋がらないので…」「じゃあ明日やればいいじゃない。大丈夫よ。何故って私たちのカードはいいカードなんだから!!」…何とも根拠の無いアメリカンな論法でしたが、マネジャーはしぶしぶカードを三枚持って再び奥にひっこみ、やがて汗をかきながら「繋がりました」と言って戻ってきました。めでたしめでたし。しかしそこまでして何故カードで払おうとしたのか、今となっては自分でもわかりません。別のテーブルの日本人の若者三人組はさっさと現金で払って店を出て行ってました。

 

3日、食料を買い出そうと入ったスーパーのレジは長蛇の列。見ると皆がなにやらユーロやリラを握り締めてレジの人達に文句を言っています。値札は全てユーロ表示のみにもかかわらず、ほとんどの人がリラで払おうとし、しかもリラで支払ってもお釣りがユーロで渡されるため、「ごまかしてんじゃねぇか!」と不信感を抱いてどなっているのです。しかもご丁寧にも客の全員がひとりひとり、自分の番になると必ずイチャモンをつけるのです。ああ〜、もう〜、こいつらぁ〜…いいかげん学習しろよ〜。二十分以上並びやっとMethaの番になりました。Methaはすましてユーロ現金で支払いを済ませ、ユーロのお釣りを貰いました…と、と、と、お釣りは25セントのはずなのに20セントしか返ってきません。「あれ?あれ?」とやっているうちに次の客にレジから押し出されてしまいました。イタリアはインフレのせいもありジュース一本3000リラという感じで桁数がとても多いので、1000リラに満たないお金は切捨てられてしまうことがほとんどです。その「悪しき」切捨ての習慣が、桁数の少ないユーロになったとてすぐに直るわけがありません。こういうテキトウなことをしてるとEU会計基準とかにひっかからないのかなぁ…。そのうち国の経済統計とかもいいかげんになって「イタリア経済、脅威の20%成長!」とかとんでもない数値を発表するんじゃなかろうか…。などと欧州通貨同盟の暗雲垂れ込める明日を心配するMethaなのでありました。

 

それよりも、いつになるかわからないけどイギリスが将来ユーロ圏に参加したら、金融機関はどれだけの混乱をきたすでしょう。それを予想すると身震いが止まらないのです。その時は絶対イギリスを脱出して、一ヶ月ぐらいして落ち着くまでどこか別のところに避難していよーっと。もちろんニコニコ現金主義でね。

 

 

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