2002年12月(イギリス・ロンドン)

 

おなじみピカデリーサーカスで、そしてこれまたおなじみ「ジャパンセンター」のど真ん前でバスを待っていました。旅行者、在住者を問わず、日本人がうようよと溜まっている場所です。と、いきなり背の高いイギリス人の中年男性がぬっと現れ、Methaの視界を遮りました。「すみません、10番バスはここに止まります?」そんなのバス停の表示に書いてある番号を見ればどのバスがここに停車するかは明白です。イギリス人のくせに随分な質問だなあと思い、それでも親切なMethaは自ら表示を確認し「止まると思いますよ。あそこに書いてあるし」と答えました。するとオジサンは突然きっと背筋を伸ばし(本当に背が高かった)しかし目をおどおどと泳がせながら、日本語を話し出しました。「アノネ、アノネ、ワタクシ、トウキョウ、ニネン」「??」「ノムラショウケン、ノムラショウケン。アカサカ。I worked there.」「……」「ニネン、ノムラショウケン。Do you know?」

 

だからナンなのさ??と咄嗟に切り返したくなりましたが、黙っていました。気まずい沈黙。もう知っている日本語が底を尽きたのか、彼はまた英語に戻りました。「で、君は何をしているの?」その瞬間、Methaの頭に邪悪なひらめきが走りました。「何って、カレシがここで働いているから一緒にいるのよ」「ああ……そう」今度は彼が黙る番でした。「これからカレシと待ち合わせなの」「…そ、そう。じゃあボクはあっちに行かなきゃいけないから…」オジサンはまたおどおどしながら足早に去っていきました…去り際に「君のボーイフレンドって、日本人?」という謎の問いを残して。だったらドウなのさ?とツッコミたくなったのは言うまでもありません。

 

Methaがこれまでに一番心に残っているナンパは、グルジアの街角の小さな電気屋さんでオフィスでお湯を沸かすための電気ポットを探した時のことです。本当は旅行用の携帯ポットぐらいの小ささのものが欲しかったのですが、そんなものグルジアのアヤシイ電気屋さんにあるわけがありません。「もっと小さいのないの?」そう言うMethaに、小太りで濃い〜顔の男性店員は言いました。「ないネ。これが一番小さいよ」「うーん、じゃあ仕方ない。これ下さい」すると彼は代金を計算するために店の奥に行きました。すぐに戻ってきた彼の手には小さな紙切れが握られています。値段が書いてあるのかと思って見るとそこには彼の名前と携帯電話の番号が書いてありました。「わははははは」Methaが思わず笑うと彼はマジメな顔をして言いました。「君はこのポットを買った。しかしこれでは君が欲しい量よりも多くのお湯が沸いてしまう。だから君には一緒にお茶を飲むパートナーが必要なのだ」Methaが感動のあまりその電話番号を有難く受け取ったことは言うまでもありません(もちろん電話はしませんでしたけどね)。今でもそのポットでお湯を沸かすときはいつも彼のことを思い出します。

 

要するに言いたいのは、ナンパに限らず人の心をつかむためには、「だからナンなのさ」と一瞬でも思わせてはいけないということです。

 


2002年11月(アメリカ合衆国・ニューヨークにて)

 

空港の荷物引取りの場所でふと横を見ると、どこか見覚えのある東洋人の女性がいた。「誰だっけ…」彼女はカートに小さなバイオリンケースだけをちょこんと乗せて、付き添いの女性と一緒に自分の荷物を待っている。「あ、そうだ」そう、その人は世界のMIDORI、天才バイオリニストの五嶋みどりさんだった。Methaはこれでもバイオリン弾きの端くれでもあるので、「サイン下さ〜い」などとミーハーなマネはしない。「うむ、あのダイナミックな演奏とは裏腹に非常に小柄であるな」とか「この細い指からあれほどまでに繊細な音が紡ぎ出されるのだな」とか「す、するとこの黒いケースに入っているのは、時価ウン億円のグァルネリ…(ごくっ)。これを蹴飛ばしたりしたら殺されるな」とか、そういう考察を密かに巡らせるのだ。そんなことを考えている間に、みどりさんは一番最初に出てきたファーストクラスのタグがついたカバンを取り上げ、さっさと姿を消してしまった。

 

何年か前テレビ番組で、みどりさんのお母さんの教育法について取り上げられていたものを目にしたことがある。「この子には才能がある」と母親に見抜かれた(思い込まれた?)みどりさんは、ほんの子供の頃に普通の家庭を捨て母と二人っきりでアメリカに渡り、「天才」と呼ばれるまでに育てられたのだ。みどりさんによると、孟母三遷を絵に描いたようなこの母はバイオリンのレッスン中は鬼と化し、みどりさんが上手く弾けないと激怒し目の前でバイオリンを叩き潰したりしたらしい(もったいない…)。しかしレッスンを離れると二人はこれ以上はないぐらいべったりの関係で、時間的にも精神的にもお互い全身全霊で寄り添っていたという。「当時みどりには私しかいなかったし、私にもみどりしかいませんでしたから」と五嶋母はあっけらかんとして言っていた。

 

ところでみどりさんには父親違いの弟がいるが、彼も若干十二歳にしてこれまたバケモノかと思うほどの「天才」バイオリニストになってしまっている。もちろん五嶋母の教育のもとでだ。ということは、五嶋母の一見過剰とも取れる(そして失敗したら取り返しのつかないことになる)この「天才を育てる教育法」はみどりさんの時だけの偶然ではなく、ひとつの手法として彼女の中で確立しており、更に結果を見る限りそれは「正しい」のではないか。…という気になってくるのだった。

 

そこで話はやっと本題に入るのだが、今Methaが住んでいるところのはす向かいに、この五嶋家のような(?)母子が住んでいる。実は本人達の顔を見たことはないのだが、いつも声だけが聞こえてくる。それはまさに朝7時の早朝から夜中12時を過ぎるまで続く。「××(←子供の名前)、早くしなさいッ。何度言ったら分かるのッ」「何やってるのッ、あなたにはまだそんなことをする資格はないッッ!!」「ギャーァァァァ!!(←子供が泣き叫ぶ声)」しばらくピアノのエチュードの音がとぎれとぎれに聞こえたかと思うと「何よッ、どうしてこんなことができないの!バァーーン!!(←ピアノをぶっ叩く音)」「ギャァァァァーン、ごめんなさーい、ごめんなさぁーい、ワァァァー」「できないんなら、こんなものいらないからッ!!バサバサバサ(←窓から楽譜か本を投げ捨てている)」「ワァァーァァァー」

 

聞くところによると当の子供はまだ七歳ぐらい。さあ天才が育つのか、はたまた家庭内殺人事件でも起こるのか。

 


2002年10月(フレンチポリネシア・ある島にて)

 

 

 

 

フレンチポリネシアはMethaにとって高校生の頃から「最後の楽園」だった。ここに行けばもう人生どうでもよくなって死んでしまうんじゃないかと本気で考えていた。

 

でも死ななかった(当たり前だ)。

 

すると今度は、もう何があっても自分は死なないのではないかと考えるようになった。

 

 

 

 


2002年9月(日本・大阪)

 

友達に借りたビデオを見ていたら、なんだか見覚えのある外国人タレントが画面に出てきた。「ああーっっ!!」

 

それはもう何年も前、東京は新宿のスポーツクラブでの出来事。何故平日の真昼間にMethaがそのスポーツクラブにいたのかはもう忘れてしまったけれど、一時帰国した時に誰かに会員証でも借りたのかもしれない。とにかくMethaはひと泳ぎした後、のんびりとジャグジーに入っていた。

すると向こうの方からザバザバと水をかき分けて、一人の男が近づいてきた。

 

「ハーイ」男は満面の笑顔でMethaにそう言った。「ハーイ」誰だっけ、このヒト?と思いながらMethaは挨拶を返した。男はやたらと流暢な早口の日本語で「どこから来たの?日本人じゃないでしょ」といきなり言った。「…日本人ですけど」Methaが憮然としてそう言うと男は何だかわざとらしいキラキラした笑顔で言った。「あ、そうなの?台湾人か香港チャイニーズかと思ったネ」「…それって日本人の見た目とどこがどう違うの?」そう言いながらMethaは男をじろじろと観察した。

 

筋骨隆々、マンガみたいな逆三角形の体型である。上腕なんてMethaのウエストぐらいありそうだ。スポーツか何かで鍛えたと言うよりは、どちらかと言うとボディービルのように「体をつくる」ことを目的としたトレーニングで培われたという感じだ。黒髪で面長、小アジア地域によく見られる、様々な血が入り混じったような顔をしている。

 

「あなたどこのひと?何人?」「僕ネー、トルコ人」「ふーん」「でもネ、お母さんはロシア人」「えー、そうなの?ロシア語喋る?」「ちょっとだけネ」「(ロシア語で)私もロシア語喋るんだけど…」「?…」「…」「ははははは」男は慌てて取り繕うように言い足した。「スペイン語も喋れるよ」「ふーん。あぶらす・えすぱにょる?」「うん・ぽきーと」「…(それぐらいMethaでも言えるワ)」

 

Methaの心をつかみきれないということを判断した男は(?)、話題を変えた。「僕ネ、タレントなんだよ」「へー、そうなの」「コマーシャルとか沢山出てるんだけど」「ふーん(←日本に住んでいないので知らない)」「○○っていうドリンクのコマーシャルとか、××のコマーシャルとか…。見たことない?」「ないわねぇ」「結構有名なんだけどな」「ふーん。知らない」「今日これからドコ行くの?」「・・・」

 

ああ、あれだ。あの男だ。間違いない。少なくともテレビに出ているという話はウソじゃなかったのねん。

そう。そのタレントの名は…。

 


 

2002年8月(日本・大阪)

 

とある仕事を業者さんに頼むことになり、イエローページなどをめくりながらいくつか電話をかけてみることにした。そこではたと友達や家族以外の人に日本語で電話するのはとても久しぶりであることに気付く。海外暮らしをしていると、仕事で使う言葉や敬語、知らない人と話す時の少し距離を置いた話し方の感覚といったものを失う。ちょっと緊張しながら受話器を取った。「も、もしもし。これこれこういうスペックでお願いしたいと思ってるんですけど、お値段はいくらぐらいになりますか?」

 

電話の相手はとっても若そうな声の青年であった。

「あー、そうですねぇ。…ところでお客さん、どこか他の業者にも聞いてみたりしはりました?」「いや、まだ。ここが初めてなんですけど」「ふーん…。予算はどれぐらいです?」「えー、ちょっとまだ相場がわからないんで」「もしね、ウチに決めてもらったらずばり十万円でやりますけど」「十万円かぁー。わかりました。じゃあまた電話します」「えー。いま決めてくれへんのー?」「だってまだ他のところにも聞いてみたいから」「ふーん、まぁええわ。でもウチが絶対一番安いと思うんで、また電話してくださいよ」「はいはい、わかりました」「ほんまにやでー!絶対電話してやー!!」「あ…はいはい…」

 

そんな調子で何件かに聞き、最後の業者にたどり着く頃にはMethaはすっかり昔の感覚を取り戻していた。

 

「それやったらお客さん、十万円でどうです?」

「でもなー、他にも十万円ってところ、あったんよねー。もうちょっとまけてくれたら、決めてもええんやけどな」

「えっ、ほんまですかー。ちょー待っててもらえますか。聞いてきますんで」

(五秒ほどの保留音)

「もしもしーお待たせしましたー」

「うわ、めっちゃ早いやん」

「当然ですやん。大丈夫でしたわ。九万九千九百九十九円ってことで」

「はははー、そらちょっとサギちゃうんかなー」

「はははー、すんません。お約束ってことで」

「いややわぁ、あせるやんかー」

「えらいすんません。ほなしゃあないなぁ、九万円でやらしてもらいますわ」

「そしたらお願いしますー」

「はははー」

「はははー」

 

赤の他人との会話の中で当然のように要求される、この緊張感溢れるコンビネーション。

…か、関西人で良かった。


2002年7月(イギリス・ロンドン)

 

高級ブランドショップが並ぶハイストリート。そこへオープントップの真っ赤なBMWが入ってきた。運転しているのは人目をひく容貌のブロンド女性。きゅっとした小さなその顔はモデルか何かのようだ。ファッションも真っ白で統一され、やたらとキマっている。皆が自分に注目しているのを熟知しかつ当然だと心得ている表情と身のこなし。彼女は優雅に車をバックさせ路上駐車のスペースに留めようとした。

ぐしゃ。

スペースは車二台分は余裕で空いていたのに、なぜか彼女は遥か後ろに留まっていた別の車に激突してしまった。一瞬にして凍りつく彼女の顔。周囲の我々はいっせいに息を呑む。彼女はハンドルを握ったまま微動だにしない。空白の十秒の後、そばの高級ブランドショップから、スーツをばしっと着込んだプロレスラーのごとき黒人の警備員が叫びながら走り出てきた。どうやら当てられた車はその警備員のものだったらしい。

「へい!!ゆー、×ぁーっく!わっちゃ・ふぁっ××・どぅーいん!!●△×☆◎!!□◆☆▼×××!!!!」

 

警備員はコーフンも最高潮。車の中に身を乗り出して金切り声を上げている。彼女はそれでも黙って少し下を向いたままぴくりとも顔を動かさず、警備員の方を見ようともしない。「おい、お前、聞こえてるのか!!どうしてくれるんだ、え!?」そう警備員が怒鳴りつけた次の瞬間。

彼女は無言でいきなりエンジンをスタートさせた。真っ直ぐ前を見詰めたまま、そのままアクセルをふかしぐいっとハンドルを切って車を発進させたのだ。

警備員はブチ切れ、我々があっと思うまもなく、反射的にその車の後を走って追いかけた。「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!○▼★□※◎!!」野獣のように叫びながら手を伸ばし車の後部を両手で思いっきりバンバンとぶん殴る。しかし赤いBMWは結局彼を振り切って逃げていった。すかさず警備員はぶつけられた自分の車に戻り、飛び乗るや否やエンジンをスタート。ぶるん、きゅきゅきゅ、きぃーっ。実に見事なスタートダッシュで、逃げたBMWを追いかけていった。まるでアクション映画のワンシーン。後にはボーゼンと立ち尽くす我々観衆が残されたのであった…。

 

それにしても白昼堂々衆人環視の中、しかも持ち主がそこで激怒しているというのに、こんなにハデにしかもあっさりと「逃げる」という選択肢を選ぶとは。後で自らの首を絞めることになるのに。美貌に恵まれ恐らく金銭的にも不自由していないであろう彼女の、子供じみていて中途半端な生き方を垣間見たような気がした。気のせいか最近、後先のことを考えずその場から逃げることしか考えない人々を目にする機会が多い(イギリスだからか…?)。そして同時に、自分だったらどうするだろうと考えてみた。「ばかだなあ、彼女きっと殺されるよ」観衆の一人がぽつんと言った。笑えない冗談だ。

 

 

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