愛されるキャビー
日本から友達が遊びに来たとき、一緒に「ロンドン市内観光ツアーバス」に乗りました。観光名所を効率的に回ってくれ、しかもテープによるガイドがついているこの種のツアーは、在住者でも結構楽しめます。住んでいると特に観光名所めぐりをするわけでもないので、その意味ではとても新鮮でした。こうやって改めて観光名所を訪れると、「ロンドンってもしかして素晴らしいところなのかも?」という錯覚に陥るから不思議です!
ところでそのガイドの中で、ロンドンのタクシー(キャブ)についての説明がありました。
曰く、伝統的なキャブは黒だが最近では広告をボディーに書いた様々な色のキャブが登場してきている。曰く、キャブの運転手の試験は非常に難しく、ロンドン中の通りを全て覚えなければならない。曰く、それゆえにキャブの運転手は非常に誇り高いのである…。
「そんなキャブの運転手さんは『キャビー』と呼ばれ、ロンドンっ子に親しまれ愛されているのです」
それを聞いたMethaは思わず「けっ!」と言ってしまいました。
もちろんあの独特の愛らしい形をしたキャブは、赤いダブルデッカーのバスと並んで引けを取らないロンドンの名物です。しかし名物だからと言って皆に愛されているとは限らないということは、ダブルデッカーバスがすでに証明済みでしょう!実際、キャブの運転手がロンドン市民に愛されてる話しなんて聞いたことがありません!それどころかキャブは我々の敵ですらあると思います…少なくともMethaは一瞬でも「キャビー」を愛そうと思ったことなど、一度たりともありません(それにしても今気づきましたが、「ロンドン名物」と呼ばれるものはどうしてこうもロクデモナイものばかりなのでしょう?)。
ところでここ、イギリスでは、歩行者は誰一人として信号を守りません。信号は単なる「目安」であって、歩行者は基本的に目視確認で道路を渡ります(信号のついているところはどこも、ご丁寧にも足許の路上に『右を見ましょう』と書いてあるぐらいですもの!)。信号を律儀に守っていると逆に「何であんた渡らないのさ?渡らないんだったらどきなさいよ」と周囲の冷たい視線を浴びなくてはならないほどです。
イギリスにおける信号の渡り方と言ったら以下のようなものです。
1.まず右を見て車が視界に存在するか確認する。
2.車がいなければ、もちろん信号が赤だろうが何だろうが、涼しい顔をして渡る。
3.車が視界に入れば、その距離とスピードを素早く頭で計算して、渡れるかどうか判断する。
4.渡れると判断したらゆっくり堂々と渡る。
5.とっさに判断がつかない微妙な距離の場合は、とりあえず小走りで渡ってみる。
6.それでもダメだったら引きかえし、信号が青になるのを待つ。
Methaがイギリスに住み始めた時一番困ったのが「3.車の距離とスピードを計算して判断する」というやつでした。どこがどう、とはうまく言えないのですが、何だか日本で体験してきた距離感、スピード感とどうも違うような気がするのです。「これはいける!」と思って自信を持って渡っても、何故かぎりぎりだったり、途中であきらめて引き返さざるを得なくて、周囲の人の目を気にして恥ずかしい思いをしたことが何度もありました。Methaは方向音痴ではありますが、決して運動音痴ではありません(と思います…)!反射神経もスバラシイはずです(?)!!
…じゃあ何故だ、何故なんだ!?
しかししばらくするうちに、ある疑惑が持ちあがりました。
「うまく渡れない時というのは、相手がキャブの場合が多いのではないか?」
キャブの運転の荒さと言ったらそれはもう殺人的です。街角でキャブに轢き殺されそうになったことなど一度や二度ではありません。うまく信号無視ができずにおろおろして引きかえそうとするMethaに向かって、キャブは更にスピードを上げてに突進してきます。そしてこれでもかと言う程にクラクションを鳴らしまくります。
ばーばーばーばばばばばー!!!
びっくりしたMethaは思わず足がすくんでしまい、道の真中で立ち止まってしまったりします。運転手は車の中から恐ろしい形相であなたを睨みつけ、人差し指で自分の頭をこつこつと叩いています…「よく考えろよ!あんた、頭おかしいんじゃないのか?」と。
きぃぃ〜!!頭おかしいのはお前だぁ〜!!!お前なんか事故ってしまえぇ〜!!
普通の車だったら、滅多にクラクションなんか鳴らさないのに!普通の車だったら、わざとスピード上げて嫌がらせに来たりなんかしないのにっ!!
更にキケンでスリリングなのが「歩行者の信号が青から赤に変わる瞬間」です。
イギリスの信号も日本と同じく、歩行者の信号は赤と青の2種類、自動車用の信号は、赤、黄、青の3色です。しかし日本と違うのは、自動車用の信号が赤から青に変わる時、日本ならば「赤→青」となるのに対し、イギリスでは「赤→黄→青」と、間に黄をはさむのです。更に更に、歩行者用の信号が青から赤に変わる時、何故だか知りませんが5秒程の「空白」、つまり赤・青どちらも光っていないという状態があるのです!!!
…この「空白の5秒」こそクセモノなのです。
歩行者用の信号が空白の5秒のうちの後半2.5秒は、自動車用信号が「赤→黄」になる瞬間です。しかし「黄色の信号」というのはイギリスのドライバー達にとって「一斉にダッシュ!!」のサインであるようなのです。…ということは「まだ信号が赤になっていないから大丈夫!」と判断したMethaが一生懸命道路を渡りはじめる時にはもう、信号待ちしている車はブォンブォンとエンジンをふかしてスタートを今や遅しと待ち構えているわけです。既にじりじりと前進をはじめている車さえあります。
そして自動車用の信号が黄色になった瞬間、猛スタートをきってMethaに突っ込んでくるのが、何故だか必ず、必ず、キャブなのですっっ!!!
やむを得ず客としてキャブに乗ってしまった場合は、やつらの傲慢さと直に闘わなければなりません。
前述のガイドのように、確かにロンドンの「キャビー」になるためには非常に難しい試験にパスしなければならないそうです。従って難関を突破して運転手になっているのだから、ロンドンの通りを全部知っていて当然なのです。しかし現実はそうではありません。これまでの経験では、Methaの住んでいる通りを言って一発で分かってもらえる確率は20分の1以下です。仕方が無いので近くにある建物とか大きな通りとかを一生懸命説明して近くまで行ってもらい、それから「はい、そこを右ね〜」と誘導しなければなりません。いや、それはいいのです、別に。
ムカツクのは、やっとその通りにたどり着くとやつらは「ああ、なーんだ。ここか。●●通りね」と、さも最初から知っていたように、さもMethaの発音が悪かったから分からなかったんだとでも言うように叫ぶことなのです!!
悪かったわねぇ、そりゃあMethaの発音はアメリカンだわよ。
あんたらみたいな鼻の詰まった喉を絞められたような耳垢がたまったような発音は真似できませんことよ!!!
料金を支払う時も神経が摩り減ります。
メーターがついているのですから表示どおりの料金を払えばそれですむことなのですが、やつらに対しては一筋縄ではいきません。平然とおつりをくれない時があるからです。本来チップというものは「サービスに対する非公式な感謝の気持ち」なのですから、チップを貰う側がそれを要求するような行為はしてはならないのです。そのような行為は下品で卑しく、恥ずべき行為のはずです!!ところがやつらときたら、おつりを探すフリすらもせず、Methaの渡した10ポンド札を目の前でひらひらさせながら「いいでしょ、もう?」などと言ったりするのです!!これが9ポンド以上だったらMethaも「おつりは結構です」と言ったかもしれません。しかしその時のメーターの料金は7ポンドにもならないものでした。明らかにMethaをナメているのです。ここでグサリと皮肉でも言えればよかったのですが、余りの屈辱にMethaは言葉を忘れてしまい、「だめです。おつり下さい」と言うのがやっとでした。するとやつははぁ〜っとため息をつき、無言で釣銭をMethaに押し付け、乱暴に去っていきました。
ぢぐしょ〜〜!!!
Methaは悔しさで涙目でした。
普段なら、人種差別的な発言をされたり馬鹿にされたりしても、もう何とも思わないMethaですが、このように「サービスを提供する側と受ける側」がこれほど明確で、更にそのサービスの対価がこれほどはっきりしているにも関わらず、相手によって態度を変えるやつらを見ると、もう怒りを通り越して悲しくなってしまうのでした。
おまえら、白タクじゃないんだぞ!!何のためのメーターだと思ってるんだっ!
誤解なきよう言っておきますが、もちろんまともな運転手さんだってたくさんいるのです。
ちょっと急ブレーキをかけてしまっただけで「申し訳ございません」と言ってくれた「キャビー」もいました。重いスーツケースをおろすのを手伝ってくれて「乗せるときにお手伝いしなくてすみませんでした」と言ってくれた「キャビー」だっていました。
しかし今のところ、Methaは怒りのキャブ体験の方が圧倒的に多いのです。
Methaのお友達の中には、行く先があまり遠くでなかったばかりに「キャビー」に激しく罵倒され、挙句の果てに料金を払おうとしてお札を出したら「こんな短い距離を行くんだったら最初から細かい金を用意しとけ!!」と怒鳴られたという人がいました。しかもお金を払った後もわざわざ車をバックさせて追いかけて来て、罵詈雑言を吐きつづけたと言うのです。
Methaはその話しを聞いてもう、情けなくなってしまいました。
一体あなたたちは何が不満なの?そんなに自分の仕事がつらいの?どうしてもっと気持ちよく仕事できないのさ!!??え???
「伝統あるロンドンの名物・ブラックキャブ」の実態なんてこんなもんです。それでもバスにトラウマができてしまったMethaは、これからも何かとキャブを利用しなくてはならないのでしょう。
うえーん。