旅の空から ・・・

ひとりぼっちで旅をすると、普段は見えることのないものが見えます。普段は考えもしないことに思いを馳せることがあります。それはMethaのとても貴重な時間です。


2004年1月(日本・東京にて)

 

今まで生きてきて、「明日は必ず今日より良くなっている」と確信に満ちて思えたことは一体いくつあっただろうか。

漠然とした希望はもちろんあった。途方もない夢を描いたこともある。しかし一体そのうちのどれ程が実現し、可能になっただろうか。

 

今、Methaは「ほぼ100%の希望」と共に生きている。それはもちろん、紛れもなく自分の子供だ。

 

生まれたばかりの頃はぐったりしておっぱいの吸い方もおぼつかなかったのに、その次の日にはいきなりぐんぐん吸い始め、数週間後には手足を動かし、数ヵ月経ったら突然寝返りし何やらわぁわぁ喋りだし、更に数ヶ月後あちこち這い回りそこらじゅうの物をつかんでは投げ、そしてあっと言う間に立って歩き始める。しかもその前進は決して後退することはない。

 

この何年か、仕事の性格上「明日は今日より良くなっているのか全く分からない」という状況に取り囲まれて日々暮らすことにすっかり慣れきっていた自分にとって、この「100%の希望」の存在の力強さはにわかには信じがたく、思わず戸惑いを覚えるほど新鮮だ。

この世にこんなに「確実な」希望が存在するのだ。だから誰もが「子供はすなわち未来」と言うのだ。

 

地雷が炸裂する荒れた草原で、「こんなところで何をしてるんだ。さっさと国に帰って子供を生め」と怒鳴った老人を思い出した。その老人は昨年7月に亡くなったと風の便りに聞いた。自分は、彼が本当に言いたかったことに気づくのは遅すぎなかっただろうか。間に合っただろうか。

 


2003年6月(アメリカ合衆国・ニューヨークにて)

 

母が「赤ちゃんに」と送ってくれた童謡のCDをかけていたら、「おおきなたいこ」という歌が出てきた。

大きなたいこ、どーんどーん。小さなたいこ、とんとんとん。大きなたいこ、小さなたいこ、どーんどーん、とんとんとん。

 

ところで全然関係ないようだが、イギリスで人気の(?)長寿テレビ番組で、「ブラインド・デート」というのがある。一人の女性が登場し、その人を獲得するために三人の男性が色々とアピールしたり口説いたりする(一人の男性対三人の女性という場合もある)。何故「ブラインド・デート」なのかと言えば、その女性と三人の男性の間はカーテンで仕切られており、互いに姿かたちが見えないようになっているからなのだ。女性は声や口説き文句だけで三人の中から一人を選び、そこでやっとご対面となる。その後、番組がお膳立てしたデート(海外旅行のこともあれば地元の遊園地で遊ぶというのもある)をこなし、お互いどう思ったか、これから更におつきあいしたいと思うかどうかというのを翌週に放送するという、考えようによっては悪趣味な番組である。だって気の合わなかったカップルが翌週スタジオでソファーに仲良く肩を並べて座りながら「うーん、彼、話がつまんなかったしぃ、雰囲気づくりもヘタクソだったわ。もう絶対デートしたくない」「彼女、最初はかわいいと思ったけど、すごいワガママですぐに嫌になったよ」などとケロっと言っちゃったりするのだから。

 

もう二年以上も前のことだが、たまたまテレビをつけたらこの番組で、「本物の英国紳士と一度おつきあいしてみたいの!」と言うオーストラリア人の女の子をめぐって三人の男性が闘いを繰り広げているところだった。ところがその三人のうちの二人はちゃんとした(?)イギリス人だったが、残る一人はイギリス人と日本人のハーフの若者で、コキタナイTシャツとジーンズに、なんとゲタを履いていた。「日本語は全く喋れない」と言うその彼が、司会の女性に「何か日本語で歌える歌はありますか?」と聞かれて歌ったのが、この「おおきなたいこ」だったのだ。

 

「オーキナテイコ、ドーンドーン。チーシャナテイコ、トントントン…」

日本語は少し怪しかったが、素晴らしいテノール、素晴らしい歌であった(ちなみに彼は音大で声楽を専攻する学生であった…)。小さい頃お母さんがよく歌ってくれたというその歌を照れくさそうに歌う彼を見て、Methaは激しく感動した。この男は二重丸だ!絶対女性を幸せにする男だ!!…と。

 

そして果たしてオーストラリア人の女の子は、このゲタの青年を最後に選んだのであった。「あなたは本物の英国紳士がいいって言ってたけど」と笑う司会の女性に、彼女は困ったような笑いを浮かべて「そうなんですー。でもどうしてもどうしても気になっちゃってー!!」と悲鳴にも似た声を上げた。

えらい!あんたは見る目があるよ!Methaはテレビの画面に向かってそうつぶやいたのであった。

 

このカップルがその後どうなったか、翌週の番組を見なかったMethaは結果を知らない。誰か見ていた人はいますか?


2003年5月(病院にて)

 

予定日までまだ間があると思って調子こいていたら、夜中にいきなり破水して即入院とあいなった。

入院したはいいが、ちょうどお産がたてこんでいたらしく、病棟も陣痛室も満杯状態らしい。とりあえず辛うじて空いた大部屋のベッドに寝かされ、明け方から出産直前の夕方までそのベッドで文字通りウンウン唸り続けていた。他の一般の患者さんもいるのに迷惑だろうなぁ、申し訳ないなぁ、と思いはしたが、どうにもならない。

 

夕方無事に出産を終えて病室に戻り、ケロっとしてご飯を食べているMethaに、向かいのベッドの三十代後半ぐらいと思しき女性が話しかけてきた。「生まれたの?大変だったわねぇ」「すみません、今朝方はうるさかったでしょう…」女性はそれには答えずに微笑んだ。

彼女はもう随分長い間入院しているようで、病棟中に知り合いがいた。他の部屋の患者さんが次々と訪ねて来ては、世間話や自分の体調の話をしていく。彼女はどうやら癌らしかった。「どうせ抗癌剤で髪の毛が抜けるからと思って、入院前に美容院で丸坊主にしてきちゃった」彼女は青いバンダナで包んだ頭を撫でながら言った。

 

次の日の朝回診に来た若い女医さんが彼女に言った。「今日、予定通りCT検査しますね。結果によっては退院もできますけれど、どうします?」「そうですか…どうしよう」理由は分からないけれど、女医さんはしきりに退院を勧めていた。しかし彼女は決めかねている様子だった。

しかし夕方にもう一度回診があった時、彼女は言った。「やっぱり結果が良ければ退院します。あと明日から食事を普通食に戻して欲しいんですけれど。今のじゃ量が少なくて体力がつかないと思って…」「わかりました。そうしましょう」女医さんは明るく答えた。

 

Methaが退院する日、彼女も朝からベッドの周りを片付け、細身のGパンに着替えていた。Methaが赤ちゃんをベビールームから受け取り戻ってくると、彼女はもうすっかり身支度を整え、妹さんと思しき若い女性に荷物を持ってもらって病室を出て行こうとしていた。

「私も退院します」青いバンダナを赤色に取り替えた彼女はMethaを見てにっこりとそう言った。「おめでとうございます。お大事に」Methaも軽く頭を下げた。Methaがそのまま通り過ぎようとしたとき、彼女はMethaの後ろから小さな声で言った。「あさって、結婚するんです」

 

あわてて何か言おうと振り向いたが、彼女はすでに病室を出て廊下を静かに歩き去ろうとしていた。 

 


2003年3月(アメリカ合衆国・ニューヨークにて)

 

マイナス五度。

友達のツテで特別に割引券を入手したMoMAの「ピカソとマチス」特別展に行く(最高によろしかった)。

午後ウォールストリートで働く友達を訪ね、もと貿易センタービルのすぐ隣の高層ビルの四十階のオフィスからグラウンド・ゼロを見下ろす。「何か感じるところがある?」とたずねられ「いや、なんにも」と答える。

その後、バスターミナルにぽつぽつと配置されたマシンガンを下げた兵士だが特別警察だかを横目に見ながら映画館に出かけ、「The Pianist(戦場のピアニスト)」を観に行く(激しく期待はずれだった)。映画館を出て、サイレンを鳴らしながら銀行の前に慌しく停止する数台のパトカーからばらばらと飛び降りる警官達をぼんやり眺めながら帰途に着く。

 

暖かい部屋に帰り着きメールをチェックすると、イラクで「人間の盾」に参加している知人からのメールが入っていた。「この戦争は決して他人事ではない。みんな、どこにいてもこれを我が事として訴え続けてほしい」…。

 

今回ばかりはどうしても「我が事」として受け取ることができない自分に説明がつけられないまま、明日のためにベーグルを焼く。

 


2003年3月(アメリカ合衆国・ワシントンDCにて)

 

どうやらアメリカはどうしても戦争をする気だ。ここDCなど3月14日の「開戦」に向けて今や臨戦態勢らしい。その姿はニューヨークより何だか「薄らウソ臭い」。ここは言わば、戦争をしたい人達が集結した特殊な空間だ。そんなDCで旧知の仲間五人が集まった。みんなここでばりばりとアヤシイ仕事に励む友人ばかり。

 

明日からトルコに出張するタシアは本当に憂鬱そうだ。14日になる前にさっさと行って帰ってこいとばかりに突然決まったものだそうだ。「何で今の時期にトルコ?一体なんの話をしろと?」戦争に巻き込まれる不安でそう言っているのではない。アメリカがあからさまに金で釣ろうとしている国では、彼女の持っていくビジネスの話などゴミほどの意味も持たないような気がしているのだ。

「話ができるだけまだましなんじゃないか」ベンが皮肉を言う。彼は「当局からの指示により」14日以降の仕事のスケジュールがほとんど白紙になってしまっている。

 

「ところでみんな、ガスマスクとかダクトテープとかトイレットペーパーとか水とか買いだめしたわけ?」Methaは聞いてみた。「買ってないよ」全員が口を揃えて言う。

「同僚とか周りの人達にも、買ったって言ってる人はいないなあ」「ニュースでは、少なくともDCにはそういう雰囲気を煽る人がいるせいで緊張が高まっているって報道だったけど」「確かにそう言われてはいるけどねぇ」「ニューヨークの方がみんなシリアスなんじゃないの?スーパーとかに皆殺到しているって聞いたわよ?」「…そう?私の周りではそういう話は聞かないけど」「…じゃあ一体誰が?」

 

ほんと、「薄らウソ臭い」のだ。

 


2003年2月(日本・沖縄にて)

 

「お客さん、東京から?」「うーん、えー、まあそんなもんです」沖縄のタクシーの運転手さんは本当に話し好きだ。乗り込んで百メートルも行けば、もう雑談が始まる。他の多くの人達と同じように、Methaもあまり馴染みのない土地では、タクシーの運転手さんと会話をすることでその土地の雰囲気のようなものを感じ取る。ただし日本でそれをやることはほとんどないのだが。

 

「「ほら、あれが新しいモノレール。今年中に開通だけど、すでに大赤字だって言われてるよ」「まったくアメリカは何考えてんですかねぇ。国内の人気取りで戦争するんでしょ、どうせ」「昔はここの米軍とよく野球の試合なんかしましたけどね、最近は全然やらないね」「あのホテルはねー、このあいだ潰れたばっかしです」「沖縄も景気悪いよ。どこもおんなじだ」

 

今日の運転手さんは特に沖縄の方言にこだわり(?)のあるひとらしく、頼んでもいないのに方言の解説をはじめた。

「ほら、『ちゅらさん』ってあったでしょ?見てたでしょ?あの語源、知ってる?」「ちゅら…?」

もちろん少し前のNHK朝の連続テレビ小説など、Methaは知らない。

「あれはね、もともとは『清らか』っちゅう言葉から来てるんだよ。それが沖縄風に訛って『ちゅら』なの」「ほー…」「でもね、それはね、見た目が美しいっていう意味じゃなくて、内面って言うか、その人の『影』って言うかね、それが美しいことなのよ」「ふぅーん…」

 

「ねぇ、そういう沖縄の言葉って、今の若いひとたちはどれぐらい使ってるんですか?」

Methaの不意の質問に、雄弁だった運転手さんは一瞬詰まった。「うん、ほとんど使わないねぇ」

「そうですか。じゃあもうひと世代ぐらい過ぎたら、沖縄の言葉も文化もなくなってしまうかもしれないですねぇ」

どこかのテレビニュースの知ったかぶり解説者みたいにシリアスぶった意味のない言葉を吐いた。すると運転手さんははじめてミラー越しにMethaをちらっと見た。

 

「うん、そりゃあ昔と比べれば変わっていくだろうね。でもね、これからできてくる新しいものだって結局は沖縄だけのもんで、他にはないものなんだよ」

 

ああ、全く同じ台詞をコーカサスのどこかでも聞いたなあ…。

 

気温22度。まったく恥ずかしいことを言ったもんだと反省する黒いロングコートにブーツのMethaは、自分がいかに「根無し草」であるか改めて思い知るのだった。

 


2003年1月(日本・愛媛にて)

 

幼い時からの大親友、かおりちゃんの結婚式に出席する予定だった。

式までもうあと数週間、突然彼女から電話が入った。「ごめん。結婚式、延期することになりそうや」かおりちゃんは泣いていた。

 

かおりちゃんのお相手は、その生い立ちに少し特殊な事情を抱えた人だ。けれどそれは、この結婚話が持ち上がった当初から彼女の両親兄弟をはじめ親戚も友人達も理解しており、そのうえで彼女が本当に好きになった人と結婚できることを素直に祝福していた。ところがいよいよ結婚式という段になって、なんと彼女のお兄さんのお嫁さんの実家が「そのような人とは親戚関係になりたくない」と言ってきたというのだ。「もしそれでも結婚するというのなら、娘を離婚させてでも親戚関係を拒否する。そんなもの常識だろう」と。そのお嫁さんの実家の人達は、かおりちゃんのお相手には一目も会った事はないという。

 

Metha自身、ここ何年もの間様々な人種、国籍、生い立ち、思想を持つ人達の間で揉まれながら、仕事でも私生活でも常に身近に感じてきたこと。それがいわゆる「差別」である。自分が差別される側になることもあれば、もちろん逆に誰かを差別的な目で見ることもある。思わず「ちっ。だから○○は信用できないんダ」などと呟いてしまったりする。そんな自分を認識しているからこそ今では、個々人がそれぞれの心に潜ませている差別観というものはこの世がどう変わっても決して解消されないものだということをほぼ確信している。人間は常に誰かよりも優位であると思いたいものなのだから。

しかし個人として密かに持つべきはずのその感情が、「普遍的で社会的な価値観」に姿を変えて目の前に突きつけられたのは本当に久しぶりのような気がしたのだ。「ああ、未だにそういう人がこの世に存在するのだ」と。

かおりちゃんの結婚が延期になったという事実そのものよりも、そのような個人的感情を堂々と「常識」と混同してしまう人が未だ存在しているという事実に、非常に戸惑った。ある意味で「目が覚めた」ような気がした。

 

最初は全く問題にしていなかったかおりちゃんの家族も、騒ぎがあまりに大きくなってしまったので今では彼女を守りきれなくなっているらしい。やはりそれが「常識」だからだ。かける言葉も見つからず「私に何かできること、ある?」と空しい質問を投げかけたMethaに、かおりちゃんは「ううん。ただ、私が間違っているわけじゃないということをMethaに確認して欲しかっただけなんや」と言った。

 

Methaがいくら彼女は間違っていないと励ましても、結局かおりちゃんはひとりぼっちだ。「常識」の前には。

 


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