2.英国食糧事情

 

「イギリス」と言えば「マズい」。

「マズい」と言えば「イギリス」。

「イギリスの食事は最悪である」という話はもうあまりにも言い尽くされ世界中の人々の知るところとなっており、今さら取り立てて言うべきことではありません。イギリス人自身ももう開き直っていて「メシが不味い?そんなもの当然じゃないか」と言った感じで、「不味いメシ」は既に「英国文化」の一部として栄光の地位を築いてすらいます。

Methaもこのサイトを始めた当初は、この陳腐なテーマを取り上げるつもりもありませんでした。

 

しかし…しかしです。

それにしても、やっぱり、イギリスの食糧事情は見逃してはおけないほどすさまじいものなのです。「イギリスはおいしい」などという本がいくら売れようと、マズいものはマズいのです(注:リン●ウ先生には個人的な恨みは全くありません)!ど、どうやったら食べ物がここまでマズくなるんだろう?と素直な好奇心すらわいてしまうほどマズいです。

 

「最近ではイギリスの食糧事情も随分まともになってきた」とおっしゃる方もいらっしゃるでしょう。確かに最近のイギリスはやっと「ヘルシー・自然食品志向」が高まってきました(アメリカに遅れをとることおよそ15年)。また外食事情も随分改善しました。イギリス、特にロンドンのレストランにはそれなりにまともなのもたくさんあります(高いですけれどね)。「絶賛!」というほどではないにしろ、中華やインド料理、和食、フレンチ、イタリアンなどよりどりみどりです(高いですけれどね)。その気になればいくらでもまともなものは食べることができます(高いですけれどね)。

しかし、しかしだからと言ってイギリス人の味覚そのものが根本的に変化(進歩)したわけではないのです。それは近年のボーダレス社会、グローバル化の恩恵により(?)単に彼らが自力で生み出すことのできなかった味を体験できるチャンスが増えたというぐらいの意味でしかありません!!つまり、「彼らが本当に美味しいものをきちんと理解し評価するようになった」わけでも「従来のマズいイギリスに耐えられなくなった」わけでもないのです。そもそも独自の力で美味しいものを生み出すことのできなかった国は、その国の食文化が根元的に「問題」を抱えているということであり(!)、外国からの食文化がいくら流入しようとその国は単にそれを受け入れるだけであり、その「問題」を解決することにはならないというのがMethaの持論であります!

 

イギリスがダイスキな日本人の方々はおっしゃいます。

「あら、イギリスだって美味しい食べ物はあるじゃない」

「そ、それは例えば一体ナンでしょうか?」

「アフタヌーンティーのスコーンとか…」

ちょっと待て。スコーンは食事ではない。

「フィッシュ・アンド・チップスとか」

ほんとに、ほんとに、あなたはフィッシュ・アンド・チップスが美味しいと思ったことがありますか?単に「イギリス名物」と言われているから食べてみただけではないですか?あれが、日本の定食屋で食べられるような、衣はカリッと中はふわっとジューシーなタラの天ぷらよりも美味しいと思いますか?

え??どうなんだい??

 

ところで、イギリスが国として極めて「憂慮すべき」位置付けにあるというデータは色々あります。

「母国語以外の言語を理解する国民の割合」はEU加盟国中最下位。つまり、他の国では母国語以外に英語やドイツ語やスペイン語などを操れる人口が多いのに対し、イギリス人は大部分(7割近くだったように記憶していますが)が英語しか喋れないということです。ヨーロッパ大陸では複数の言語を操ることができて、それで「普通」です。母国語に異常にこだわるフランスですら、実際は多くの人が英語が喋れますし、オランダやベルギー、北欧諸国などの小国に至っては数カ国語が話せなければまともに仕事もできません。ところがイギリスは、そういう「大陸事情」と全く違う次元にあるようです。

またティーン・エイジャーの妊娠・出産率がEU諸国の中で最も高い、というのもあります。イギリスの青少年の性行動はロシア並みに(?)ルーズですが、「性教育が全く保守的で徹底しておらず、迷信めいた避妊方法がまだまだ信じられている」との記事を新聞で読んだことがあります。

…しかしやはり極めつけはこれです。

 

「イギリスは世界主要先進国の中で唯一、国民の平均身長が減少傾向にある」

こ、これは、ゼッタイ、栄養失調だ。間違いない。間違いないぞ!!そしてMethaはふとあることを思い出しました。

 

Methaは昔貧乏だったころ、数人の人たちとフラットをシェアして住んでいたことがあります。そのフラットはほとんどの人が数週間、長くても数カ月間だけ一時的に身を寄せていたようなところでした。そのフラットは人の入れ替わりが激しいので別にみんな特別仲が良かったというわけではないのですが、フラットのムードがダレている時や、みんながなんとなーくヒマな時は、「じゃあしょうがないからパブでも行くか」ということになります。

 

御存知の方も多いと思いますが、パブでの飲み方には暗黙のルールがあります。自分が銘々好きな飲み物を自分で買うのではなく、何故か一人が代表してみんなの飲み物を買って来るのです。そして一杯目を飲み終えると、今度は別の人がこれまた全員の分を買いに行きます。そして全員がそのノルマを果たすまで、飲みは続くのです。…これを「ラウンド」と言います。

さて、ここで問題です!では、5人でパブに行くとどうなるでしょう?

 

当然5パイント(ほぼ3リットル!)を飲むハメになるわけです。しかーも、もちろんツマミなしです。イギリスなんですから、日本の居酒屋やスペインのタパス屋でのようにおいしいおつまみを食べながら楽しく美味しく飲むということにはゼッタイになりません!ひたすら黙々とビールを流し込むのであります!!!

「Methaは自他共に認める宴会好きなんだから、それぐらいワケなかろう」と思われるかもしれません。しかしMethaが楽勝なのは「5時間の宴会」であって「5パイントのビール」ではありませんっ!しかも食いもんナシ!

すきっ腹にひたすら5パイントのビールを流し込むのは身体の小さいMethaにとっては並の苦労ではありません。3パイント目が終わるあたりになるとお腹がぱんぱんに膨らみ胸にまでビールがせり上がって来るような気がしてきます。体重はほとんど1割り増しになっていますっ!!

じゃあいい加減やめればいいのですが、たいてい男性が先に「おごり」のノルマを果たしてしまうので、Methaがおごる順番はいつも最後になってしまいます。人のおごりで3パイント飲んでおいて自分の順番がこないうちに「もう飲まない」と言うのはルール違反ではないでしょうか?

…というわけで、Methaは涙を溜めつつ一生懸命最後までがんばるのでした(い、一体何のために…)。

 

その中にイギリス人の男の子が一人いました。名はマーク(仮名…というか本名を忘れてしまいました。「典型的」イギリス人、外国人に全く免疫のない若い男の子を想像してください)。なんとなーく皆が5パイントを飲み終え、だらだらと家に帰りつくと、マークは黙ってそのままキッチンに向かいました。このひょろひょろの貧弱な身体で5パイントも飲んだ後、一体何を食べるのか興味を持ったMethaは、マークを尾行し一緒にキッチンに入りました。

すると彼は共同の冷蔵庫を開け、超薄切りのケチくさい食パンを取り出し、トースターに入れています。「きみ、今から朝ごはんかい!」Methaはつっこみたくなるのを我慢してテレビを見るふりをして更に観察を続けました。

マークのトーストは間もなく焼きあがりました。するとマークは更に冷蔵庫から一つの缶詰を取りだし、それをギコギコと開けると、オモムロにナカミをどばっとお皿にのっけたトーストの上にぶちまけました…。

 

缶詰の中身。それはかの有名な超英国的食糧、ベークト・ビーンズでした。「Baked Beans・・・焼いた豆」。聞いただけではどんなものか想像もつきませんが、見たらすぐに分かります。端的に説明すると、水で薄めたケチャップに漬かったふやけた大豆です。端的に説明しなくてもこれ以上の説明はありません。

今やマークは、それをあろうことかトーストの上にそのままドバっとぶちまけてばくばくと食らいついているではありませんか!!!そ、そ、それはそんなに美味しいものなのだろうか?どう見ても、せっかく暖まったトーストを、せっかくパリパリに香ばしくしたトーストを、冷めたマメと水っぽいケチャップ汁で台無しにしてるような気がするけど?せ、せめてマメをあっためるとか、そういうことはするべきなのではないだろうか?

 

これが、Methaとイギリスの代表的・典型的・伝統料理のひとつ(と言ってもその他にはフィッシュ・アンド・チップスしかありませんが)、「ビーンズ・オン・トースト」との衝撃の出会いでした。

 

次の日Methaはスーパーで山のように積み上げられているベークト・ビーンズの缶詰をひとつ買ってみました。

…耐え難くゲキマズです。

思わず「え?」と思ってしまうほど、マズいのです。一体何のために、一体どういう歴史的経緯で、一体誰が望んで、こんな食べ物が出来上がったのか見当もつきません。き、きっとこれはもっと違う食べ方があるに違いない。マークは料理ができないからこれをそのままトーストの上にかけて食べていただけで、普通は別のものと一緒に調理するとか、更に何かで味付けするとか、もっと別の使い方があるのだろう…。

しかしMethaの藁にもすがるようなその思いは、あっさり裏切られました。ロンドンの某高級ホテルで朝食を食べたとき、「イングリッシュ・ブレックファスト」とか称して「それ」がもっともらしくお皿に乗ってやって来たのです。もちろんケチくさい超薄切りトーストも添えられています。マークがばくばく食らいついていたあのゴミのようなものとの唯一の違いは、「それ」がトーストの上に直接ぶちまけられているか否かという点だけでした。Methaは高級ホテルのレストランの厨房で、シェフがスーパーで買ってきたマメの缶をギコギコと開けてお皿の上にどばっとぶちまけている姿を想像し、目の前が真っ暗になりました。

 

ある日のお昼、Methaはキッチンでインスタントラーメンを作っていました。もちろんラーメンだけでは栄養が偏ってしまうので、ネギを切ったり卵を落としたりして最小限の手を加えました。もちろんこれでも満足いく食事ではありません。でもまあお昼ご飯だし…それに貧乏だし。仕方ないよね。

するとそこにマークが入ってきました。明らかに寝起きのぼさぼさの髪の毛、ひげもそっていないしパジャマ兼用のよれよれのアズキ色のTシャツがまくりあがっています。それからマークは無遠慮にキッチンをぐるっと見渡しMethaのラーメンのどんぶりを見つけると、不思議そうな、そしてかつ軽蔑しきったようにMethaに言いました。

 

「キミはどうしていつも『ホット・ミール(調理された温かい食事)』ばかり食べてるの?」

 

「がぁぁぁ!ミールはホットに決まってるんじゃ!」

 

…マークは理解できないと言う風な顔をしてくるりと踵を返すと、冷蔵庫を開けて食パンを取りだしトースターに入れました。

 

イギリスが生んだ偉大な作家サマセット・モームの名言に「イギリスでは朝食を一日に三度とるべきである」というのがあります。これが「イギリスの朝食は美味しい」という意味なのか「イギリスの食事で一番ましなのは朝食である」という意味なのか、定かではありません(ちなみにモームは10歳までパリで過ごしました)。しかしとにかくマークはまさに大作家モームの教えに従っていると言えましょう。朝:トーストと豆。昼:トーストと豆。夜:ビール5パイント。夜食:トーストと豆。

 

今やマークもきっと立派な社会人となっていることでしょう。もしかしてシティなんかでばりばり働いているのかもしれません。たまにはトレンディな寿司バーに行って大トロなんかつまんだりしているかもしれません。極上のワインと一緒にオシャレなフレンチに舌鼓を打ち「このスープちょっと冷めてるな。取り替えてくれたまえ」なーんてギャルソンにスマートなクレームをつけているかもしれません。そして「昔Methaに『なんでキミはいつもホット・ミールばかり食べてるの?』なんてバカな質問したっけなあ」と反省しているかもしれません(?)。

しかしそんなマークが仕事を終え家にたどり着き「ちょっと小腹が空いたな」と思ったときに真っ先に頭に浮かぶものはあの「ビーンズ・オン・トースト」のはずです。

 

何故なら、真の味覚というものは、退化することはあっても進化することはゼッタイにないからです!!!

 

(英国食糧事情 おしまい)

 

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