英国紳士の怪

 

今でこそ、誰にも束縛を受けず(?)ふらふらと行きたいところに行ってやりたいことをやらかしているMethaではありますが、そんなMethaにもその昔、ナント「お目付役」がいた時代があります。

お目付け役、その名はミスター・デンプシー。当時でももう70歳近いおじいさんでした。

ミスター・デンプシーはいわゆる「伝統的英国紳士=ジェントルマン」です(そう信じているのはMethaだけかもしれませんが…)。

 

ミスター・デンプシーは、ロンドンから車で2時間と離れていないところに30年以上住んでいますが、「ロンドンなどうるさいだけで疲れる」とばかりに、この20年間一度もロンドンに行ったことがありません。毎年クリスマスの時期になると、ご近所の奥様方とバスを借りきって「クリスマスお買い物ツアー」にセルフリッジやハロッズなどの高級デパートに繰り出す自分の妻を見て、「まったくオンナってやつは…はん!」と肩をすくめてみせたりします。

 

服装はと言えば、いつも肘のところに茶色く丸いツギのあたったごわごわのウール生地のぴちぴちジャケット、糊のきいていないワイシャツに、ださーい格子柄のよれよれスラックス。しかしゼッタイにネクタイは欠かしません。髪型は「少し薄くなった髪をオールバックにまとめ、長めのすそが首の付け根あたりでくるりんとカールした」まさにあのチャールズ皇太子風。何故か胸ポケットには必ず銀色をした安っぽい櫛が常備されており、御髪が風で乱れた場合、すかさずそれで整えます。オーデコロンや香水なんて死んでもつけません。お風呂だって当然三日に一回です。そのせいでしょうか、ミスター・デンプシーの近くに寄ると、ほんのりかびた干草のニオイがしたりします。

趣味はゴルフ。と言っても日本のサラリーマンの皆様がするような、おちゃらけ成金ゴルフではありません。いつも日曜日になると近所のカントリークラブに出向いては、風が吹こうが雨が降ろうがヤリが降ろうが黙々と、ご近所の仲間とひたすらストイックにプレーするのであります。ゴルフの後のサウナや焼肉大会なんて当然ありゃしません(パブぐらいには行くかもしれませんけれども)。

 

ミスター・デンプシーが一体若い頃何をやっていたのかMethaは詳しく知りませんが、現在はちょっとしたお金持ちで、地元では結構顔がきく(と少なくとも本人は思っている)そうです。今は退職して悠々自適の生活を送っていますが、それでも様々な地元コミュニティーや紳士クラブ、名士の集まりに所属していて、そこでの活動を生き甲斐にしています。そのうち一つは会長職までこなしているらしく、その熱の入れようったらハンパではありません。

 

そんな誇り高き英国紳士であるミスター・デンプシーにしてみると、Methaの「面倒を見る」というのは一種、慈善事業のようなものだったのでしょう(面倒見ると言っても別に彼に養ってもらっているわけでもナンでもないんですけどっ!!)。

「わしは、日本から来たこのイタイケな少女(?)が、イギリスで真の淑女的生活を送れるよう、悪の誘惑に負けないよう、愛と寛容を持って指導しているのじゃっ!どうだ、なんてわしは立派な人間なのだろう!」というところを自分の仲間達に見てもらいたいというのがミスター・デンプシーの願いであったのです。

というわけで、ミスター・デンプシーはことあるごとに、その「名士クラブ」の会合やイベントにMethaを連れていきたがるのでした。

 

Methaにとっては、知らない世界を覗いたり、普通なら絶対交流がないであろう人々と会話したりするのはそれなりに楽しく有意義な経験ではあるので、その点では、様々なところに連れ出してくれたり色んな人を紹介してくれるミスター・デンプシーにとても感謝していました。パーティーや食事会だけでなく、ピクニックや競馬、夏の野外演劇にブリッジ大会と、典型的かつ伝統的そしてちょっぴり上流階級(?)な英国生活を味わうチャンスもたくさん与えてくれました。

しかしそれがあまりにも頻繁だったり、他に「義務」も科されたりすると、当時死にものぐるいで勉強しなければならなかった学生Methaにとっては非常なる負担だったのです。

 

「Methaかい?ミスター・デンプシーだよ(彼は自分のことをそう呼んでいました)。元気かね?」

「こんにちは、ミスター・デンプシー。ごきげんよう・・・(←ちょっとイヤな予感がしている)」

「来週の金曜日のお昼、お前は●●クラブからランチに招待されたよ。12時に迎えに行くから支度しておくように」

ええ〜っ、金曜日のお昼は授業があるんで、無理ですぅ〜」

「なに、授業?そんなもの、さぼりなさい。ランチの方が重要だ」

「だめですー!一回さぼっちゃうと、もうわけがわからなくなるんですっ!」

「学生の間は大学の外の方が学ぶことが多いのだぞ、Metha。わしが学生の頃は授業なんぞ一度も出なかった。わっはっはっは」

「・・・・」

とにかく、さぼりなさい(←もう決めつけ)、いいね?あと、スピーチの準備もしておくように」

「ぎええーっ!!!」

 

ミスター・デンプシーは、みんなの前でMethaにスピーチさせるのも大好きでした。

スピーチのテーマは当然、「日本について」です。初めてスピーチをすることを言い渡された時、ミスター・デンプシーはMethaにまずスピーチ原稿を書いてくるよう要求しました。文章や内容のチェックを事前にしておきたいと言うのです。勉学に勤しまねばならないMethaは、5分ぐらいでテキトーに書きました。内容はもう忘れてしまいましたが、自己紹介を兼ねた本当にテキトーなものだったと思います。しかしそれは全くミスター・デンプシーの気に入りませんでした。

原稿を渡した翌日、ミスター・デンプシーは自分で新しい原稿を準備してきたのです。

「Metha、今度のスピーチの内容はこれにしなさい」

じゃあ、最初からアンタが書いてくれればよかったんじゃんか!!

Methaはむっとしながら渡された原稿を読みました。そこにはミスター・デンプシーの右に激しく傾いた鋭い筆跡でこう書いてありました…。

 

「日本は北緯(  )度から(  )度の間に位置する島国です。日本海を挟んで、隣国は(  )です。人口は(  )人です。国土面積は(  )平方キロでイギリスの(  )倍です・・・」

(注:( )も原文ママ)

 

のぁんじゃ、これは!??

まるで小学校の社会科の教科書から写してきたような…。こっ、これが大学院生のするスピーチかい!こんなのだったらMethaの書いた「こんにちは、Methaでーす。日本から来ました♪ えっとー、イギリスでは大学院で勉強してまーす。毎日とっても忙しくってぇ、でもイギリスの人達はとっても親切なので、楽しく過ごしてまーす♪」という内容の方がよっぽど好感が持てるわいっ!!! 

しかもこの(  )の羅列は何なんだッ!!!

 

あんぐりと口を開けるMethaを尻目に、ミスター・デンプシーは厳かにペンを取り出し、勝ち誇ったような目でMethaの顔を見据えました。

「では、この文中の( )を一緒に埋めていこう。さあ、日本は北緯何度から何度の間にあるのか、Methaは知ってるかな?日本人なんだからこんなの知らないと恥ずかしいぞ…」

しかもミスター・デンプシーはその他に、大きな模造紙に自ら描いたと思われる日本の白地図を用意していました。そこには、首都である東京、そしてMetha出身の関西地方に大きく赤ペンでマルがつけてありました。すごいぞ、物知りミスター・デンプシー。

 

ミスター・デンプシーのもう一つのお気に入りのテーマは「太平洋戦争」です。

これは本当に困ります。

だいたい戦争体験のカケラもないMethaが、実際に第二次大戦の戦火をくぐり抜けてきた英国老人紳士達に何を語れるというのでしょう!しかも今日のイギリスにおいても、日本軍の捕虜となっていた人たちが日本に対して補償を求めて「VJデー(Victory over Japan 、つまり日本における終戦記念日)」にバッキンガム宮殿に陳情に押しかけたり、天皇陛下訪英の際に抗議行動を行ったりと、退役軍人の反日感情にぶつかることも少なくないのです。

こっ、この聴衆の中に日本軍の捕虜経験がある人がいたらどうするんだよっ!

こんなときは仕方なく、Methaは小学校の修学旅行で行ったきりの広島原爆ドームと原爆資料館の話をするのです。それもまるで「戦争の悲惨さと平和の貴さをひしひしと感じましたぁ」といった小学生の感想文のような内容ですが…だって仕方ないでしょう?それでもミスター・デンプシー以下、英国紳士達は割と満足そうにするのでした(原爆の話だとアメリカが悪者になるからか?とちょっと勘ぐったりするMethaでありました)。

 

ところでスピーチが終わると、必ず質問タイムになります。その質問タイムがこれまた、んもー、最高にワンダーランドなのです。英国紳士達は日本に対してどのような意見や質問を持っているのか。その質問の典型的な例を以下に挙げてみましょう。

 

英国紳士A「日本はまだ『一人っ子政策』を継続するつもりなのか?この政策は時代錯誤ではないかと思うのだが、あなたの意見はどうか?」

確かに時代錯誤だねぇ…。でもあんた、そら中国やがな!日本は少子化で悩んどんねん!

 

英国紳士B「日本の街並は非常に清潔であると聞いた。やはりイギリスでも、公共の場でゴミを捨てた者には罰金を科すべきと考えるか?」そら、シンガポールやって。ついでに百たたきの刑も効果あるかもよ。

 

英国紳士C「あなたの英語はアメリカのアクセントだが、イギリスで学んでいるのに何故なのか?」

…ごめんなさい。

 

英国紳士D「日本の学校では英語か米語、どちらを教えているのか?」

…た、たぶん米語が主流であると…。(以下、英国紳士達のどよめきと嘲笑の声)

英国紳士D「外国の生徒達に『適切な』英語を教えることは非常に重要であると思うが?」

英国紳士達「(一斉に低く太い声で)いえぇぇぇぇ〜〜!!

 

英国議会のTV中継を見たことがある方はこの雰囲気がお分かりになるでしょう。発言者の発言を支持し相手を攻撃・揶揄する時に、一斉にこの「いえぇぇぇ〜」が叫ばれます。…っていうことはMethaは今、いじめられてるわけね?日本の英語教育への批判を、Methaが今一手に引き受けているわけね??

 

最も理解不可能だった質問はコレです。

 

英国紳士E「あなたは現在大学において、様々な国からの留学生と交流があると思うが、その際何語を喋っているのか?」 

ええっ、…英語…だと思うけど(それ以外に何があるのだろう)?

英国紳士E「例えばフランス語などを使ったりしないのか?」

だってここはイギリスだし…(もしMethaがフランスに留学してたら、そりゃフランス語で交流するだろうさ!!!)。

英国紳士F「ではあなたは、中国人とも英語で会話するのか?」

当然でしょう…(中国語と日本語、全然違うし)。

「ほほ〜うぅぅ…」会場は安堵と納得の声でまたもどよめきました。

 

ああ。、英国紳士。やっぱりMethaには英国紳士は手におえないわ。このカルチャー・ギャップを、Methaには埋めることができない…。Methaが英国紳士との玉の輿生活をあきらめた瞬間でした(彼らはみんな60歳を越えた年季の入った方ばかりなので、まあどうでもいいのですが)。

 

さて、かつての「お目付け役」英国紳士ミスター・デンプシーとは、実はここ数年間顔を合わせていません(避けているという話もありますが)。しかし毎年必ずクリスマスカードだけは送ります。

数年前に一度だけ「もういいだろ。Methaのことなんか忘れてるだろ」と思ってカードを出さなかったら、次の年にはしっかり「Metha、昨年はカードが来なかったね。クリスマスおめでとう」というメッセージが来たのですもの。

 

きゃーっ。英国紳士に礼儀を欠いてはならぬのです。

 

(英国紳士の怪・おしまい)

 

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