見つけたらゲットしろ!

 

ひょっとすると皆さんのうちどなたかは、ソ連における「もしかしたら袋」の存在を耳にされたことがあるかもしれません。

「もしかしたら袋」というのは、ブレジネフという太い眉毛のオジサンがソ連という巨大な国を統治していた時代、そして西側の誰も知らないうちにソ連という国がもう壊れ始めていた頃、ソ連国民が日常に持ち歩いていた袋のことです。

通りを歩いていて行列ができている場所を見つけてそこに並んだら、「もしかしたら」何かが買えるかもしれない…そういう意味で、「万が一何かが手に入った時に備えて」持ち歩くのが「もしかしたら袋」というわけです。

確かに人々は外出する時は何かしら予備の袋のようなものを持ち歩いていました。それが本当に「もしかしたら」のためのものかどうかは定かではありません。しかしそれぐらい崩壊前の十数年(そして崩壊直後)のソ連にはモノが無かったのです。少なくともMethaがまだ幼き(?)頃にソ連にいた当時、何だか分からないながらも公園の真中にできた行列に並んでみたところ、アイスクリームをゲットできたことは間違いありません。冷凍のタラを道端でゲットできたこともあります。別にタラが欲しかったわけではないのですが、とりあえずゲットする。それがソ連式でした。

 

実は今でもロシア、そして旧ソ連の国々での事情は多かれ少なかれそのようなものです。勿論以前よりは随分ましになりました。お金さえ出せば何かしら手に入るようになりました。しかしそれでも欲しいもの、気に入るものを手に入れるためには結構な労力と強力な運が必要です。決まったところに行けばいつでも目指すものが買えるというわけではないのです。

 

さてさて、ここでお話しは突然イギリスのことになります。

ここイギリスではさすがに「もしかしたら袋」というのは持ち歩きませんが、それでもMethaはここイギリスで、毎日がかなり「もしかしたら」の気分です。

それは…「モノがない」場合がとても多いからです!!!

大手スーパーですら、陳列棚の一角が平気でカラッポという状態なんて珍しくありません。しかも来る日も来る日もずーっとカラッポなのです。Methaは日本で学生をしている頃、大手スーパーでバイトをしたことがあります。その時徹底的に教え込まれたことのひとつに、「常に商品の売れ具合に目を光らせろ、そして陳列棚は一瞬たりとも空けちゃいかん!」ということでした。棚が「空く」ということは、それだけその商品が売れているということだからどんどん補充するべし、また空いた棚は店の景観をみすぼらしくするのでゼッタイに避けるべし、ということでした。

 

しかしそのような論理は、ここイギリスでは全く通用しないらしいのです。

「一体この店のマーケティングおよび在庫管理はどうなっているのだ?え!?」

Methaはカラッポの棚を目にするたびに思わず、そのへんでMethaの要りもしないものをダルそうに品出ししている従業員の胸ぐらをつかまえて、ぶいぶいと揺さぶってみたくなるのでした。

せっかく購買意欲に満ち溢れてわざわざ店に足を運んだのに、目当ての品の棚がカラッポだった時の脱力感といったらありません。そんな時Methaは本当に、「こ、ここはロシアか、ウズベキスタンか!?」という錯覚に陥るのでした。

 

Methaには、お気に入りのトイレットペーパーと、それとお揃いの柄のティッシュペーパーがあります。それはさる大手スーパーチェーンのオリジナルブランドです。ロンドンに住み始めたばかりの時に発見したとき余りにも一目ぼれしてしまったので、これからのロンドンでの生活を豊かにするために何があってもそのトイレットペーパーとティッシュペーパーだけは使いつづけることを決意したといういわくつき(?)のものなのです!!

ある日、そのお気に入りのトイレットペーパーが残すところあと2ロールとなってしまったことに気付いたMethaは、慌ててその店に走りました。…そして目にしたものは…お分かりですね。カラッポの棚でした。

 

「すみませーん、ここにあったトイレットペーパー、もう無いんですか?」

「無いですねぇ」

「在庫とか…」

「ええ、まあ」(と曖昧に言って逃げようとする)

「新しいのはいつ入るのかしら?」

「知りません」

 

…この、この、このイギリス人の発音する「知りません(I don’t know)」を、どうやって正確に皆さんにお伝えしてよいか、Methaは今、PCの前で歯軋りするばかりです!!!

 

「I」の部分のトーンは高め、「don’t」の部分がぐぐっと低く、そして「know」の語尾は投げやりに消え入る、明らかに人を小ばかにしたような言い方なのです(ああ〜表現が歯がゆい…)。そこには「お客様に対する態度」はおろか、販売業に携わる人間にとって最低限の必要条件であろう「モノを売ろうとする気持ち」、そのカケラすら感じられません。

だいたい、例えば日本の店で何かを質問したとき、何のためらいもなく即座に「知りません」と答える店員さんが一体何人いるでしょうか?たとえ本当に知らなくたって誰かに聞きに行くとか(フリだけでもいいのです、この際!)、少なくとも笑顔で「ああ、申し訳ありません、ちょっとまだわからないんですよね〜」と柔らかいトーンで答えるでしょう!それがばっさりと「知りません」だとっ?断じて許せません!!

 

その気分の悪くなるようなイギリス人の「知りません」というセリフを聞きたくないがために、Methaは「日々是露西亜的気分」で買い物に目を血走らせるわけなのです。

見つけたらゲットしろ!!

必要なくてもモノがある時に買いだめるのだ!!!

ここはロシアだと思え!

 

もう一つ、イギリスのスーパーでとても不可解なのは、商品の陳列場所が目まぐるしく変わるということです。

「お店の模様替え」というかわいいレベルではありません。1週間ごと、いや、ヘタすれば毎日、品物の置き場所が変わっています。特に「白菜」「しいたけ」「ちんげん菜」など、イギリス人にとっては一般的でない…つまり「虐げられたものたち」についてはその傾向が顕著です。おそらくスーパーにおいて確固たる地位を築き上げられないのが要因なのでしょう。

「うむっ、今日はここには白菜は置いてないが、確かあそこを曲がればもう一ヶ所、陳列の可能性のある棚があるはずだっ!確か2ヶ月前はあそこに並べてあった!!」

などと推理しながら足早に売り場を駆け抜ける瞬間はとてもスリリングです。

それでもどうしても見つからない場合は、お店の人に聞かなければなりません。

 

「すみませーん、今日はチャイニーズ・リーフ(白菜)、置いてないんですか?」

「…ちゃいにーず・りーふ????…って???」

「…いえ、もういいです」

 

「虐げられたものたち」は、名前すら覚えてもらえないのです。

 

ある日某スーパーでダイコンを発見したMethaは、要りもしないのに早速二本も買い求めました。「見つけたら即ゲット!」が鉄則だからです。今まで中華街に買出しに行った時にしかダイコンは買えませんでしたが、ここで会ったが100年目、この偶然を徹底的に利用せねばならないのです!!

しかしレジで支払いをしようとした時、レジのお姉さんは、自分のキャッシャーの前に貼ってある野菜の値段表を指でたどりながら言いました。

「これ、何ですか?」

ダ、ダイコンって英語で何て言うんだ??ラディッシュ?いや、それではカブだ。Methaは一瞬ひるみました。するとお姉さんはさも嫌そうに眉をしかめ、はぁ〜と溜息をつきました。そして脇にあるマイクで店内呼び出し放送をかけました。

「5番レジ、5番レジ、お願いしま〜す」

するとどこからかガムをくちゃくちゃ噛みながらそばかすだらけの若者がやってきました。

「これ、値段を見てきてくれるぅ?」

レジのお姉さんはダイコンを高く掲げてぶんぶん振りながら彼に見せました。若者は鼻歌を歌いながら野菜売り場の方へ…。

いや、違う、ダイコンが置いてあるのはそっちじゃない!普通の野菜・果物コーナーへ行っちゃいけないぃぃ!

その時点ですでにMethaの後ろには3、4人の人が行列していました。しかしMethaにはどうすることもできません。退屈そうにダイコンをひねくり回しているお姉さん、お財布を握ったまま呆然と立ち尽くすMetha、その後ろでイライラしたり溜息をついたりしている行列の人々。5番レジの周囲は暗い雰囲気に包まれました。

 

その時です。列に並んでいた誰かがぼそりと言ったのです。

「それ、ムーリー(mooli)ですよ」

それは魔法の言葉でした。一気に暗い雰囲気は溶解し、まるで何事もなかったようにレジのお姉さんはキーを打ちこみました。そしてあっと言う間に支払いを終え、Methaは解放されました。

 

スーパーを出たMethaはしっかりと心に刻んだのでした。

 

「見つけたらゲットしろ。しかし値段はチェックしておけ。そして、ダイコンは『ムーリー』だ」と。

 

(つづく)

 

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