かぶりものの謎

 

ある時、若き日本人青年とお食事をする機会がありました。

 

Methaは彼が一体ナニモノなのか何も知らずにお会いしたのですが、その青年は並外れて素晴らしく頭のきれるユーモアたっぷりの、それはそれは魅力的な人物でした。その時は「このヒトはタダモノではあるまい」と漠然と思っていたMethaでしたが、後で知ったところによると実はその青年は「まだ20代なのに日本人ではじめて英国法廷弁護士資格を取得した」というスゴイ人物であることが判明しました(イギリスでは弁護士は、法廷弁護士(バリスター)と事務弁護士(ソリシター)の二種類があり、法廷弁護士にはより高い能力と知識が要求されます)。

「うーん、もっとお近付きになっときゃよかったー!」

その話を日本にいる法曹関係の友達に何気なく話したところ、彼女の方が大コーフンしました。

「知ってる!そのひと、業界じゃ超有名人なのよ!でっ?あんた、仲良くなったのっ??」

「いや、仲良くもなにも、みんなで一緒にご飯食べた。楽しかったよ。すごく頭の回転の早い楽しい人でね…」

「何をのんきなこと言ってんの!そんな人とお知り合いになれてすごいわっ!いい、Metha。彼はね、イギリスの法廷でヅラをかぶれる、たった一人の日本人なのよっっ!!」

 

…ヅラ?

 

そうです。

イギリスの法廷では、弁護士や裁判官はみんなヅラをつけています。テレビを見ていたりするとドラマで法廷のシーンが出てくることがありますが、みんな黒いマントを着てバッハかビバルディのような白髪のヅラをつけて熱弁をふるっています。それだけでも日本人Methaにとってはかなり異様な光景なのですが、それよりももっと気になるのが、彼等のヅラのつけ方なのです。…一言で言うと、「きちんとつけていない」のです。下の地毛が見えていたり(女性の弁護士なんかだったらそれが顕著です)、ちょっと斜めになっていたり、きちんと深く被っていないので頭の大きさが倍以上になっていたり。

 

「どうしてきちんと地毛をヅラ中に入れてピンとかで固定したりしなのだろう?ヅラっていうのはそういうもんではないのか?白いヅラの下に黒い前髪が見えていたら、何だかカッコ悪いぞ!」Methaはずっと不思議に思っていました。だって日本人Methaにとって、ヅラとはすなわち「アートネイチャー」。「自然がいのち」「決して他人にバレません」というものでなければならないという固定観念があります(もちろんイギリスにだってその種のヅラはあるでしょうが)。

 

しかし、英国法廷におけるヅラは、法廷という公正で厳粛な場における敬意の念、そして弁護士の威厳と厳正なる地位のあらわれであり、服装をきちんとするのと同じような意味でヅラをつけるわけです(たぶん)。法廷におけるヅラには、ハゲを隠すのとは全く違った意味と意義があるのです!!!(…あたりまえですが)

上述のMethaの日本の友人が、法廷弁護士である日本人青年がどれだけすごいかということを示すために「ヅラをかぶることができる唯一の日本人」という表現を使ったのは非常に示唆に富んでいます。つまりこの場合、ヅラ=権威の象徴なのであります!ですから、地毛が見えていようとなんだろうとそれは大した問題ではないのです。

 

かぶりものとフォーマリティーの強い相関関係は、結婚式や公式のパーティー、上流階級の人々の行事といった集まりなどにも見ることができます。その場のフォーマル度が高ければ高いほど、帽子を被った人の割合が大きくなります。イギリスの上流階級のおハイソな遊びで有名な伝統のアスコット競馬でも、毎年そこに招かれる御婦人方が奇抜な帽子をひけらかしあいます…ダチョウの羽がびよーんと飛び出たような帽子、南国フルーツがたくさんくっついた帽子、花畑に蝶がたくさん舞っているようなモチーフの帽子。テレビのニュースでも、馬より帽子の特集をするぐらいです。

このように、「頭に何かをかぶる」という行為には、アジア人たる我々が理解できない何か特別な意味があるのです!

「帽子その他かぶりものの持つ儀礼的意義」。これはイギリスのみならず、欧州全体のその深遠で甚大で支離滅裂な歴史と無関係ではないはずです!!国王となるための儀式が「戴冠式」であるというのは、かぶりもの=権威という構図を示す最たるものでしょう。


さて。

 

イギリス人の特性やその行動についての書物や分析、情報は星の数ほどあれど、この「イギリス人とかぶりもの」の関係を扱ったものはほとんどないのではないかと、Methaはひそかに思います。イギリス人と「かぶりもの」の関係について最初にMethaが注目したのは、ある年のクリスマスのことでした。

 

12月に入ってクリスマス気分が一気に盛り上がりはじめると、そこここでパーティーやイベントが企画されます。友達同士、ご近所、自分が属しているサークルや団体、属していることすら知らなかったナントカ・ソサエティなどなどから続々と招待状が届きます。

そんなある日曜日、Methaは知り合いの老夫婦(レックスおじいちゃんとマリーおばあちゃん)に誘われ、彼等がいつも週末にブリッジをしている仲間が集まるクリスマス・ランチパーティに一緒に行くことになりました。その老夫婦は、クリスマスに日本にも帰れずにいる可哀想なビンボーMethaを思いやってくれたのです。Methaは有り難く参加することにしました。

 

おじいちゃんの運転する車に揺られてイギリス南部の丘をひた走ること1時間、広々とした牧場とも空き地ともつかぬ草っ原の向こうに、忽然と小さなパブが現れました。中に入ると、30人程のおじいちゃんおばあちゃんがビールのグラスを前にうようよとひしめき合っているではありませんか。

「…楽しそうだ」

 

Methaは一歩パブに足を踏み入れるなりそう思いました。…そう。何か有無を言わさぬ「楽しさ」がそこにはただよっていたのです。特に誰がはしゃいでいるわけでも、大声を出しているわけでも、酔っぱらっているわけでもありません。むしろ老人ばかりなのですから、音声的には静かなもんです。なのに雰囲気はやたらと楽しそうなのです。しかしMethaはその時はその理由を深くは追求しませんでした。

Methaはレックスおじいちゃんの後に続いてパブの片隅に腰を下ろしました。その木のテーブルの上には、人数分ずつクラッカーがおいてあります。パーティーの企画者らしきおじいちゃんが、ラガーの入ったパイント・グラスを持ってきてくれました。それをちびちびやりながら、Methaはいつパーティーが始まるのかとぼーっと待っていました。きっとこのクラッカーを皆で一斉に鳴らして、会が始まるんだろう…などとぼんやり考えていたのです。

 

すると隣のマリーおばあちゃんが突然言いました。

「あらあら、Metha、まだクラッカーを開けて無かったの?」

 

Methaが何か反応するより先に、おばあちゃんはMethaの前のクラッカーを取り上げ、有無を言わさず、人のいない方に向かって小さく、「パン」と鳴らして開けてしまったのです。

あっ…ひどい…自分でやりたかったのに。Methaはちょっとがっかりしました。それにクラッカーって、そういうもんだったかしら?皆で一斉に鳴らして騒ぐもんなんじゃないの?一人で壁に向かって小さくパンはないだろう、おばあちゃん?

 

しかし反対の隣ではレックスおじいちゃんが床に向けてこっそりと「パン」とやっています。さらに周りを見ると、新しく到着した人たちも席につくなり次々と勝手にパンパン鳴らしています。

???Methaはこれは一体どうしたことかと思いました。

何なんだ、これは?クラッカーって、クラッカーって、何の目的で作られたものなんだっけ??Methaはすっかりわけがわからなくなってしまいました。

 

しかしマリーおばあちゃんの次の行動を見て、Methaはようやく理解したのです。クリスマスパーティーのクラッカーは、彼らにとっていわゆる従来の意味でのクラッカーの役割とは違う、別の目的があったのでした。

 

そう。

クラッカーの中には、かぶりものが入っていたのです!!!!

 

(つづく)

 

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