続・かぶりものの謎

 

…そう。クラッカーには「かぶりもの」が入っていたのです。Methaのクラッカーを勝手に開けたマリーおばあちゃんは、床に散らばった中味をいそいそと物色しはじめました。

「ほら、あったわ」

おばあちゃんはそう言うと、Methaに小さく折り畳んだ赤い紙を差し出しました。広げてみると、半紙ぐらいの薄さのくしゃくしゃの紙をぎざぎざに切って端と端を糊でとめて筒にしただけの、幼稚園児が工作の時間につくるような、ナンとも言えないチープさ漂う王冠でした。Methaが「一体これをどうしろと??」と躊躇しているうちに、マリーおばあちゃんはさっさと自分のクラッカーから出した王冠を無表情で広げ、当然のように頭にかぶりました。

と、その瞬間、マリーおばあちゃんの目がまるでスイッチでも入ったかのようにらんらんと輝き、頬は薔薇色に上気しはじめたではありませんか(いや、確かに「ぷちっ」とスイッチの入る音がしました)!!横を見ると、既にスイッチが入ったのでしょう、いつもはむっつりと頑固なはずのレックスおじいちゃんが赤い冠をかぶってひそかにはしゃいでいます。

 

そうだったのか!!

ようやくMethaは理解しました。このパブに足を踏み入れた時、誰が騒いでいるわけでもないのに、何故か雰囲気が「楽しそう」だったそのわけを。改めて周囲を見まわすと、パブでひしめきあっている老人達のほとんどはこのチープなかぶりものをかぶっていたのです。この有無を言わさぬ「楽しい雰囲気」。それはこの圧倒的なかぶりものの群れが演出していたのです!

…そのパーティーの最後に撮影された集合写真には、うようよと集う楽しそうな赤と黄色のかぶりものの老人達のど真中で、一人固まっている黒髪(もちろん最後までかぶりものナシで頑張りました)の日本人Methaの姿がありました。いかん、こんなことではいかん!かぶりものをかぶらねば、こんなに浮いてしまっているではないか…Methaはその写真を見て激しく反省しました。

 

ところで、毎年7月から9月にかけてロンドンでは「プロムス」という催し物が行われます。これは言ってみれば2ヶ月以上に渡ってつづくコンサートシリーズのようなもので、ロイヤル・アルバート・ホールで毎晩毎晩クラシックのコンサートが行われます。規模的にも世界有数のものらしく、世界的に有名なソリスト達も何人か招かれ、その様子はBBCでも放送されます。そしてプロムス最後の夜は、必ずイギリスが誇る(唯一の)大作曲家、エルガーによる「威風堂々」、そしてイギリスの第二の国歌とも言われる、あの恐ろしい「ルール・ブリタニア」ががんがんに演奏され、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国国民のナショナリズムが大爆発するのです。

ではここでちょっと「ルール・ブリタニア」の歌詞の内容を見てましょう(注:以下はMethaが勝手に意訳したものです。きちんとした訳詞があるのでしょうが面倒臭いので調べてません。ごめんなさい)。

 

 

神の御名において ブリテンが 

晴れ渡る大海原より 立ち上がりしとき

それはあまねく大地の 天命となりき

我らが守護神は 声高らかに唱いたもう

 

支配せよ、ブリタニア!        (Rule, Britannia!)

ブリタニアは全てを統べるのだ!  (Britannia rules the waves!)

ブリタニアの民は 決して決して  (Britons never, never,)

決して何者にも屈せず!!!      (Never, shall be slave!!)

 

 

…と、このような調子で延々と6番まで続きます(もちろん「支配せよ、ブリタニア!」の部分は全員で大合唱)。まさに肉食獣の歌であります!

 

さてある年のプロムスの最後の夜のことです。Methaは日本人のお友達の誘いで「プロムス・イン・ザ・パーク」(ハイドパークに野外スクリーンとステージが設けられ、最終日の盛りあがりをより多くの人が楽しめるように企画されたもの)に出かけました。野外コンサートにありがちな雰囲気で、みんなピクニック気分でシートや毛布を地面に敷きランチボックスをひろげワインやビールをクーラーから出しています。遠くのほうのステージでは豆粒のような司会者が何か言ったり、オーケストラが何か演奏したりしていますが、誰もそんなことかまっちゃいません。しかしここまではまだ普通でした。

 

辺りもそろそろ暗くなり、ステージも少し盛りあがりはじめ、観客もいい具合に酔いがまわって来はじめた頃。

 

…そうです。ぽつぽつとかぶりものを装着する人達が出始めたのです。

 

定番なのはユニオンジャックのモチーフのカンカン帽、ジャミロクワイがかぶっていたような頭がとてつもなく大きく見えるふかふかの帽子、にゅっと二本の小さい角がついた帽子、金銀のきらきらするモールをあしらったカチューシャなどでしょうか。

更によく見てみると、お祭りやイベントの時は露店では必ずかぶりものが売られていますが、どう考えてもそこでは売られていないようなかぶりもの ― 例えば「ミレニアム」とロゴのついた背の高い帽子(1999年末のパーティーの時の使いまわしと推測される)や、それこそクリスマス定番のチープな紙の王冠(これを使いまわししているとは、まさに「質素で堅実なイギリス人根性」)、ミッキーマウスの耳のカチューシャ(ユーロ・ディズニーのみやげ物であることは間違いない!!)などをかぶっている人もいます。ということは彼らは自宅にこのような「マイ・かぶりもの」を常備していて、今日の日のために持参したのでしょう。ざっと見たところ、「マイ・かぶりもの率」は全体の40%程度であるように見うけられました(テキトーです)。

 

「すごいなあ。みんなかぶりものかぶってるよ」

Methaは隣にいたお友達Tちゃんを横目でうかがいながら言ってみました。そして更に勇気を出して、「あのぴかぴかしたの欲しいなー。どこに売ってるのかなー」と呟いてみました。Tちゃんは一瞬Methaを軽蔑のまなざしで見ましたが、10分後トイレに行って帰ってきた彼女の手にはナンと、

 

← が握られていました。

「きゃーっ、ありがとうーっ!!!」

Methaは早速星のカチューシャを頭につけてみました。気分が否応無しに盛り上がってきます。あのクリスマスパーティーの時のように、一人だけ浮いてしまわないようにしなければならないっ!Methaは並々ならぬ使命感に燃えていました(?)。

 

日もとっぷり暮れ、いよいよクライマックスの時間です。会場のかぶりもの率は今や9割近くにまで達していました。野外スクリーンには本会場であるロイヤル・アルバート・ホールの様子が大写しになり、ルール・ブリタニアの前奏が流れ出しました。すると一斉に皆が立ちあがったのです!立ちあがると同時に、かぶりものに手をやってきちんと体勢を整えています。毛布のようにでっかいユニオンジャックを広げはじめる人々もいます(きっとこれも、家庭に常備してある「マイ・ユニオンジャック」なのでしょう)。

 

「神の御名において ブリテンが 晴れ渡る大海原より 立ち上がりしとき…」周囲のかぶりもの達はそろって歌い出しました。Metha達もつられて立ちあがりはしましたが、歌詞をよく知らないので口の中でふむふむとつぶやいてごまかしていました。そして例の「支配せよ、ブリタニア!!」というサビの部分にさしかかった瞬間、Methaの五感は、例の「ぷちっ」というスイッチの音を感知しました。

 

支配せよ、ブリタニア!ブリタニアは全てを統べるのだ!

ブリタニアの民はけしてけっしてけーーーーーっして屈しないのだーーーーーーっ!!!

 

はっと気づくと、Methaはおやつやワインを入れてきたスーパーのビニール袋をばさばさと振りながら、ユニオンジャックを高く掲げて狂喜乱舞するかぶりもの達に混じって「ルール・ブリタニア」を大熱唱していました(隣ではフランス人の男性三人連れが裏切られたような目をして、地面に小さく三角すわりをしたままMethaを見上げていました。もちろん彼らはかぶりものナシ)。

 

その夜、コンサートが終わって歩いて家路を急ぐ間も、スイッチが入りっぱなしのMethaはずっと星のカチューシャをつけた頭をぶんぶんと振りながら「ブリタニアはけっしてけっしてけーっして負けないのじゃ−っっ」と歌いながら飛んだりはねたりしていたことは言うまでもありません(Tちゃんはコンサートが終わるや否や早々にカチューシャをはずし、スイッチをオフにしていました)。

念のため言っておきますが、決して通常以上に(…「通常」ってなんでしょう?)酔っ払っていたわけではないのです。これはあくまでもかぶりものの効果なのであります!!

 

クリスマスのシーズンになると3日に1度ぐらいはかならず地下鉄の駅や繁華街などで様々な「かぶりもの」でゴキゲンな人々に出会います(ひどい時はパブのグラスを手にしっかり握ったまま地下鉄に乗っているヤツも…)。

もちろんMethaは、街中でかぶりものが視界に入るなりダッシュで逃げることにしています。

 

だってかぶりものの人はスイッチが入ってるんだもの!!!

自分で実証済みなのだから、間違いありません。

 

(かぶりものの謎 おしまい)

 

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