4.イラクリ

 

さて、いきなり質問です。グルジアでモテる男性とはどんなタイプでしょう?

 

Methaの独自調査と独断的な分析の結果、どうやら典型的な「いけてるグルジア男」とは、マッチョで体格が良くて大胆不敵で、力で強引に問題を解決するような豪胆な男性らしいという結論にたどり着きました。その根拠はいろいろありますが、例えばグルジアの歴史的英雄のエピソードはたいてい「非常に力が強くて、ナタ一振りで馬の胴体を真っ二つにすることができた」だの「非常に豪傑で大がめ一杯の酒を一気に飲んでケロっとしていた」といった、「チカラワザ伝説」が多いことがひとつ。

さらに、現在でもグルジアの女の子達はどうも「力のある男」に弱いようです。Methaのお友達にも、「な、なぜ、こんな華奢な美女にこのような野獣が・・・(ごめんなさい)」と思うようなカップルがいくつもありますが、そんな「野獣のような」旦那さんを持っている女性ほど、結婚後いつまでたっても旦那さんにメロメロなような気がするのです。ある女友達の話ですが、ある日ボーイフレンドと街でデートしていたら、別の見知らぬ男性がいきなりあらわれて「君はすごく可愛い。オレとつきあえ」と言ってボーイフレンドを殴り倒し、彼女を強奪(?)していったそうです。半年後、彼女とその野獣は結婚しました。彼女は今でも旦那に首ったけで、「すごく強いし頼れるし」といつも顔をとろけさせています。・・・Methaは何ともコメントすることができませんが・・・。

 

そ、そのようなわけで、グルジアではとかく「マッチョぶりを見せびらかす男性」に出会うわけですが、イラクリはそんなやつの典型です。

イラクリはMethaが初めてグルジアに足を踏み入れた時にいろいろとMethaの面倒を見てくれた人です。Methaが行きたい場所があると言うと、自分のおんぼろ車でMethaの家まで迎えに来てくれて目的地まで送り届けてくれたり、地方に行く用事があった時も自分の仕事を1日つぶしてボディガード(のつもり)でついてきてくれたり、他にもMethaが初めてのグルジアで嫌な思いをしないようにいつも気遣ってくれていました。

 

イラクリは、顔はエルビス・プレスリー(濃いなぁ〜)、身長は180cmを軽く越え、何と言っても肩幅が広く腰まわりも野球選手並み(まだ20代半ばなのにすでにビール腹)、バカみたいによく食べ、ザルのごとくワインを空け、Methaのぶんまでデザートを平らげ、コーラをがぶ飲みしながら手当たり次第女の子に色目を使う、Methaにとっては見ていて飽きない存在です。Methaと一緒に街を歩く時など、ロングコートの襟を立て肩をいからせながらMethaの前に仁王立ちになり「俺と一緒に歩けば大丈夫だ。守ってやる」などと言ったりするので、普段から一人でふらふら歩いて全然平気なMethaはおかしくてたまりません。そのくせ歩いている途中で若い女の子とすれ違ったりすると、ニヒルな(と本人は思っている)微笑を浮かべながらあからさまな秋波を送るのです(ちなみにイラクリは一児の父親です!)。しかし女の子達もまんざらでもない顔をしてイラクリを見つめ返すところを見ると、やっぱり彼は「いけてるグルジア男」なのでしょう。

Methaにしてみれば、あまりにもベタベタで芝居がかった振る舞いなので思わずぷっと吹き出してしまいそうになるのですが、そこがまた彼のカワイイところでもあるのです。

 

ある日イラクリは約束の時間に一時間も遅れてMethaのところにやって来ました。いつもの彼らしくなく、疲れきった顔をして髪もぼさぼさでした。

「すまん、Metha。かみさんのところのじいさんが心臓発作で倒れちゃって、入院することになったんだ。どうにか病院のベッドは確保したんだが、これから薬とか毛布とかシーツとかを調達しなきゃいけないんだ。悪いけど今日はつきあえないよ」

 

グルジアでは、驚くほど心臓・循環器系の病気の罹患率が高く、グルジア人の死亡原因の一位を占めています。しかもその割合はソ連崩壊後更に増加傾向にあるのです。その理由をグルジアのお医者さんに聞くと、皆が口を揃えて「それはストレスが原因なのだ」と言います。「国内のあちこちに紛争を抱え、治安も悪く、電気も水も満足に得られず、仕事も金もない。グルジア人達は毎日毎日、何かを悩み心配しながら生きている。それが心臓疾患の大きな原因なのだ」

最初Methaは「うそだぁ〜。だってあんなにめちゃくちゃ高カロリーな食事で、毎日毎日浴びるほど飲んでれば、そりゃ病気にもなるわ」と思っていたのですが、グルジアで彼らと行動を共にしてみた後、それはもしかして本当なのかもしれないと少し思うようになりました。

 

グルジアでは何をするにもすんなり行きません。うまく説明できませんが、とにかく何をするにも必ずトラブルが起こったり壁にぶち当たったりするのです。それは大袈裟に言えば、社会システムが混乱してしまっているために「こういう場合は、ここに行って、こうすればよい」といったような決まりやルールが事実上ほとんど無くなってしまっているからです。何をするにもまず当たって砕けて、いろんな人に助けを求めたり場当たり的な幸運にすがりながら、試行錯誤を繰り返さなければなりません。また極度な「コネ社会」なので、コネがなければどうにもならない場面というのがいくつもあります。しかもそのコネだってうまく行くかどうかやってみなければ分かりません。

だからグルジア人達は、少しでも有利な立場を確保しようと、少しでも有益な情報を得ようと、少しでも強力なコネを探そうと、日々文字通り「闘って」いるのです。部外者のMethaですら、彼らがこのような「不確実な日常」を暮らすことで相当のストレスを溜めているのを感じます。

イラクリだって、義理のお祖父さんをすぐに入院させるためにコネを駆使し、さらにいろんな知り合いやツテを頼って薬を買い、毛布やシーツを調達し、お医者さんに賄賂を渡し特別な便宜をはかってくれるように頼まなければならないのです。しかもその賄賂だって実際、効果があるかどうかは分からないのです。そういう意味ではイラクリもまた、心臓・循環器系患者の予備軍なのでしょう。

「ごめんね、Methaじゃ何の役にも立たなくって・・・」

イラクリは、恐縮するMethaをがははと陽気に笑い飛ばし、寝不足でよろよろした足取りで再び車に乗りこみ猛スピードで走り去って行きました。

 

グルジアを次に訪れたのはそれから一年近く経ってからでした。

その間にグルジアの経済は坂を転がり落ちるように混迷を深めていました。ソ連の崩壊の影響で壊滅状態に陥った国内産業は全く光が見えず青息吐息、慢性的なエネルギー危機も一向に回復しません。治安はどんどん悪くなり犯罪は激増、汚職や地下ビジネス、麻薬が恐ろしい勢いで拡大していました。隣国ロシアのチェチェン共和国の動向もグルジアの国際政治や治安情勢を大きく揺さぶります。人々の心がどこまで耐えることができるのか、限界が訪れるのは時間の問題のように思えました。

 

ところが、再会したイラクリは、ひっきりなしに鳴る携帯電話を片手にベンツを乗りまわしていました。

彼は、隣国アルメニアから陸路で移動してきたMethaを国境まで迎えに来てはくれたものの、その後はいつも忙しそうにしており以前のようにMethaの相手をしてはくれませんでした。たまに会っても何だかそわそわして落ち着いて話しもせず、すぐに帰ってしまったりしました。

 

イラクリは闇の商売に手を出していたのです。

 

商売の具体的な内容はよく分かりませんでしたが、法に触れるかなり危険な仕事であることは確かなようでした。詳しくはここで書くことはできませんが、イラクリは主にグルジアにビジネスや観光で来る外国人などをつかまえて詐欺まがいのことをして金を稼ぎ、それを闇の商売の資金に使っていたのです。その事実はひょんなことからMethaの耳に入りました。イラクリの友達がMethaの前で口を滑らせたのです。

 

イラクリはその時、Methaからもお金を騙し取っていました。

 

Methaは途中でそのことに気付きました。それでもMethaは彼に何も言いませんでした。何と言ってよいかわからなかったし、そもそも何か言うべきなのかどうかも判断がつかなかったのです。安全な国に暮らしたくさんのお金を貰って何不自由なく過ごし、たまにこの国にやってきては訳知り顔で何かを言ったり空虚な正義を振りかざしたりするだけのMethaに、この混乱の国で自分と家族の生活を守るためにイラクリが危険を承知でやっていることに口を出す資格が一体あるのだろうかと考えると分からなくなってしまったのです。

ただ最後にイラクリに会って彼のベンツに乗せてもらった時に、「このベンツ、どうしたの。あなたの身に何が起こったの」と聞きました。イラクリはばつが悪そうに曖昧に笑い、何も言いませんでした。その時イラクリは恐らく、自分がお金を騙し取っていたことにMethaが気付いたことを理解したのだと思います。

前にグルジアに来た時はイラクリは空港まで見送りに来てくれましたが、その時は来てくれませんでした。イラクリにきちんとした別れの挨拶もしないままMethaはグルジアを離れました。

 

その帰りの飛行機の中で、Methaは泣いていました。

「友達だと思ってたのに、裏切られた」という思いで悲しかったのではありません。Methaはそんなにナイーブな人間でもありません。

ただ、イラクリがばつの悪い思いをしながらもMethaからお金を取らなければならなかった背景、うすっぺらな正義感や秩序がストレートに通用しない目の前の現実、それでも何とかして生きていかなくてはならない選択肢の無い彼ら、そしてそれをただ外側から眺めることしかできない自分、そういったものが全部ごちゃごちゃになって、全てが哀しかったのです。

 

次にグルジアに行ったとき、Methaは思いきってイラクリに電話をかけました。イラクリはひとしきり懐かしそうに挨拶をしましたが、すぐに決まり悪そうに口ごもりながら「今回は忙しくて会えないと思う」と言いました。

Methaは、イラクリがMethaに会わないのは彼の配慮なのだと思いました。もうMethaからはお金を取らない、巻き込まないという彼の決心なのではないかと思ったのです。もちろん、本当のところはどうか分かりません。闇商売のことがMethaにばれてしまったから会いたくないだけなのかもしれません。騙し取ったお金についてMethaに何か言われるかもしれないのが鬱陶しいからだったのかもしれません。

しかしMethaはそれはイラクリの最後の友情なのだと思うことにしました。

 

それから何度もグルジアに行っていますが、二度とイラクリには会うことはありません。

しかし時々風の噂でイラクリのことを聞くことがあります。二番目の子供が生まれて幸せにやっているそうです。そして心臓発作で倒れたあの義理のお祖父さんは、イラクリの稼いだお金でトルコに行きバイパス手術を受け、元気にしているとのことでした。

 

(イラクリ おしまい)

 

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