ジェフ(イタリア・アメリカ、そしてアルバニア)
ジェフはイタリア人とアメリカ人のハーフです。とんでもびっくりな程ひょろっと背が高く、小さいMethaと並んで歩くとまるで漫才コンビのようになります。ジェフは、少なくともMethaが思うに、「超」がつくほどハンサムです。普段は銀縁のおぼっちゃまメガネに隠されていますが、お酒などを飲んでリラックスしふとメガネをはずした彼を見た時、心臓が止まるかと思うほどです。確かにイタリアの血が混じっていることは感じられますが、「いかにもイタリアーッ」という感じの濃い系ではなく、眩しそうに細める優しい眼差しときりりと引き締まった眉の感じが、混血たる所以の何とも言えない微妙なバランスの美しさなのです(分かってもらえるかしら)。
Methaがジェフと出会ったのは、1999年夏、コソヴォ紛争へのNATOの軍事介入が終了した直後のアルバニアでした。アルバニアは、この紛争によってコソヴォに住むアルバニア系の住民が大量に難民として逃げ込んできた国としてちょっと有名になった国です。(コソヴォ紛争とアルバニア、その他周辺国のことについては、また別の機会で詳しく触れたいと思います。)
Methaは、アルバニアで過ごした数週間、疲労と脱力の極地にありました。コソヴォ紛争にまつわる「憎しみという負のエネルギー」と、国際社会の「正義という名の偽善」に毒され、更にアルバニアのあまりにもひどい無秩序、無政府ぶりに直面し、絶望感しか抱けなかったからです。
その日も、しぶしぶ重い体をひきずりながら仕事に出かけました(更に言えばめちゃくちゃ蒸し暑かったのです…)。どうしても出なければいけない会議があってサボるわけにはいかなかったのです。
その会議の司会役をしていたのがジェフでした。会議自体はつまらなかったのですが、Methaは会議が終わった後、直接ジェフに話しをしに行きました。個人的に話せばもっと詳しい情報がもらえるかもしれないと思ったのです。
「これこれこういうわけで、あなたともう少しお話がしたいのですけれど、時間をとっていただけますか。あるいは他の人を紹介していただけないでしょうか…」
ジェフはMethaの身長に合わせて一生懸命かがみこみながら、よろこんでお話しをしましょう、と言ってくれました。また自分の上司も紹介する、と言ってくれたのです。Methaはとても嬉しくなりました。「紛争」というどうしようもなく殺伐とした雰囲気が漂う場所で真摯で前向きな姿勢の人に出会って、心から救われた気持ちがしたのです。Methaとジェフは、その日の午後にもう一度会うことを約束しました。そして「じゃあ、また後で」と言ってMethaが去ろうとした時です。
「あっ、ちなみに僕、日本語喋ります」
余りにも自然な日本語がジェフの口から発せられたのです!
一瞬Methaは「????」となって黙ってしまいました。ジェフの日本語がちょっと流暢過ぎて、逆に理解できなかったのです。だって、こんな国で、誰が、さっきまでバリバリのアメリカン・イングリッシュを喋っていたガイジンがこんなに普通の日本語を喋ると思うでしょうか?
しかも、「ちなみに」ってなんだ、「ちなみに」って???言葉の選び方があまりにもイマ風すぎるぞっ!
取り乱したMethaは、逆に日本語をすっかり忘れてしまい、「あらあら、そ、そうですか。そりゃまたどおして?」と英語で聞いてしまいました。ジェフはちょっとがっかりしたみたいでしたが、英語で「日本には5年いたから…」と答えました。そのままMethaは何故か逃げるようにしてその場を後にしました。その理由は今もって分かりません。何故なんだろう?あまりにもびっくりすると人間は不審な行動をとるものなのでしょうかね?
その日の午後、予定どおりMethaはジェフのオフィスに出なおし、彼の上司にも会わせてもらい実りの多い仕事をすることができました。更に、それまでにちゃんと「正気」を取り戻していたMethaは、その午後はジェフと日本語で会話をすることができるような心理状態になっていました。従ってジェフはその日本語の恐るべき流暢さを遺憾なく発揮してくれたのです。例えば。
「ちょーっと、いっしゅん、待っててもらえますか。上司を探してきます」とか、
「この国、カナリわけわかんないですけど、楽しいですぅ。いろいろありますから」とか。
あまりにも、コナレすぎてやしないでしょうか?ジェフの日本語はっ???
ジェフは数日後、Methaを行きつけのイタリアン・レストランでの夕食に誘ってくれました。そこでの二人の会話はずーっと日本語でした。ジェフは日本語が喋りたかったみたいなのです。Methaは、ジェフのせっかくの日本語がこのアルバニアで全く活用されずにいることをとても残念に思いました(でもジェフはイタリア語もアルバニア語もぺらぺらなんですけどね)。
それ以外にも、彼の穏やかな人柄や少しおちゃめなキャラクター、さり気ない気遣いは、コソヴォ紛争で疲れ果てたMethaにはまさに地獄に仏でした。Methaはそこがアルバニアであることをすっかり忘れ、気分はイタリアーノ!でした。
そしてその夜、食事の最後に、ジェフはメガネをはずしたのでありました。
Methaは思わず息を飲みました…ああ、その美しい顔と言ったら!Methaは、ジェフのセレクトした極上のイタリアン・ワイン、そして食後のレモン・チェッロも手伝って、もう、あと一歩で(?)…というところでした。
その頃を見計らったように、ジェフはMethaの目を見つめながら熱っぽく(もちろん日本語で)語り出したのであります。
「Methaさん、新宿のとんかつ茶漬け屋に行ったことありますか?」
「はぁ?」
「日本に帰ることがあったら、ぜひぜひ僕のかわりにとんかつ茶漬けを食べてください。僕ね、アルバニアにいて何が恋しいって、あの新宿のとんかつ茶漬けを今でも夢に見るんですよ〜。ああ、懐かしいな、とんかつ茶漬けぇ〜。場所はね、あの交差点を左に折れて…」
…Methaが日本に帰った時、そのとんかつ茶漬け屋に赴いたことは言うまでもありません。確かにおいしかったですよ。そりゃ。ええ。もちろんのこと。Methaは神様のようなジェフの笑顔を思い浮かべながら、とんかつにお茶をぶっかけました。
現在、ジェフはアルバニアを離れ、イタリアに住んでいます。
ちょうど彼がアルバニアを離れる前日、虫が知らせたのか運命の赤い糸なのか、Methaは何の気なしにジェフに久しぶりのメールを送ったのです。そうしたらジェフは、「Metha、君はすごくラッキーだ。このアドレスは今日で使えなくなる。僕は明日アルバニアを去ってイタリアに住むことにした。ローマに来ることがあったら是非、連絡してね」というメッセージを返してきたのです。
もちろんそれを真に受けているMethaは、今度ローマに行く時、何が何でもジェフに会おうと思っているのでありました。
(ジェフ・おしまい)