3.レヴァン

 

グルジアの社会そして人々の生活については、「宴会」を抜きにしては語れません。

「そんな、大袈裟な」と思われる方もいらっしゃるでしょう。しかしそれは大きな間違いです。「グルジアでの生活、これすなわち宴会」であると言っても過言ではありません。それはMethaだけでなく、グルジアに一歩でも足を踏み入れたことのある方ならおわかりいただけるでしょう!

しかもグルジアの「宴会」はただの飲み会とはわけが違います。様々なルールとしきたりがあるのです。

 

まず、グルジアの宴会で最も重要な役割を果たすのが、「タマダ」と呼ばれるテーブルマスターです。要するに、「宴席を仕切るひと」ですね。宴会の席では、「タマダ」の命令には絶対服従です。タマダが飲んで良いと言うまでグラスに口をつけてはいけません。タマダが飲めと言ったら、何が何でも飲まなければなりません。タマダが歌えと言ったら知らない歌だって(?)歌わなければなりません。

次に重要なのは「演説」です。宴席では、まずタマダが杯を手にし冒頭の「演説」を行います。その内容は美しく普遍的で、しかも「季語」を取りいれたものでなくてはなりません。「今般、はるばる異国の地より神からつかわされた美しい女性Methaに、我々の国で最も豊潤な季節である秋を捧げ、この素晴らしい出会いに感謝しようではないか・・・」てな具合です。そしてタマダは杯を飲み干し、次の列席者に杯を渡します。もしMethaが男性だったら、その杯を受け取るのはMethaです。そしてタマダに対して「返杯の演説」をしなければなりません。拒否権はありません。そうやって杯は延々とテーブルを回るのです。

 

・・・しかし!!!女性の場合返杯はやらなくてよいのです。ほほほ。もともと、グルジアの伝統的な宴席では女性がテーブルにつくことはありませんでした。現在一部地方でそのような雰囲気は残るものの(それでもMethaは田舎での宴会に無理矢理参加しましたが)、もうそのしきたりはほとんどなくなってしまいました。しかしさすがに女性に対して、乾杯と演説および起立(男性は演説の時しばしば起立します)の強要は今でも控えられています。

 

というわけで、たいていの場合、Methaは宴会での「演説と乾杯」を免れてきました。

 

しかしその日は、レヴァンが「タマダ」でした。レヴァンとMethaは数年来の友人で、最初は仕事で知り合ったのですが、そのうちすっかりマブダチになってしまいました(グルジア人とはすぐマブダチになることができます!なんたって関西人ですから!)。マブダチ、すなわち、同胞意識、同性意識に基づく関係です!

「Metha、今日、6時。いつものレストランだ。祝宴をやるからな!」

「えっ、あの、そんな突然。何の祝宴?わたし、仕事もあるし。レポートも書かなくちゃいけないし」

「それが何だ。今日はメデタイ日なんだ。俺がタマダだ。6時に若いモンを迎えによこすからな」

な、何かがおこる・・・Methaは胸騒ぎがしました。

レヴァンが差し向けた「若いモン」に連れられて恐る恐るレストランに到着すると、すでに長い木のテーブルに20人ほどの濃〜いグルジア人がうじゃうじゃと座っていました。女性はやっぱりMethaだけでした。

 

まずレヴァン・タマダが口火を切りました。

「本日は実に喜ばしい日である。ひとつ、遠く離れて住むわたしの甥のズラブが本日無事に10歳の誕生日を迎えることができた・・・」ほぉほぉ、そりゃーメデタイなあ・・・。で、そのズラブちゃんはどこに住んでるんだい?

テーブルについている20人あまりのグルジア人はみんな聞いているふりをしながらも、ガツガツと料理に食らいついています。なぁんだ、みんな結構聞いてないジャン。Methaは目の前にあったキャビアに手を伸ばしました。隣に座っている「若いモン」ゲオルギが横目で見ています。レヴァン・タマダの演説はさらに延々と続きました。

 

「・・・そして最後に、今日の主賓である、Metha」レヴァンはキャビアとバターを夢中でパンにのせているMethaをギロっと睨みつけました。えっ!Methaは主賓だったのか?

「あなたがこうして何度もグルジアに足を運んでくれることを、われわれは常に歓迎しています・・・では、この杯はMethaに捧げましょう」レヴァンは、どぶろくのお茶碗のような土の杯でワインを飲み干しました。お茶碗といってもかなりの大きさです。飲み干すと、レヴァンは当然のようにMethaに杯を突き出しました。

「えっ、わたしがやるの?」

「当然だ。断るなよ〜」

レヴァンはテーブルの上座でブキミに笑いました。列席の客全員が好奇心一杯の目でMethaを見ています。ええい!ここで断るわけにはいかん!断ったら日本人の恥だっ!Methaはきっと背筋をのばして杯を受け取りました。そこにレヴァンがなみなみとワインを注ぎます。

「ええ〜みなさま。Methaはグルジアが大好きであります・・・。いつもグルジアの皆様はMethaを大歓迎してくださいまして・・・」

Methaはいいかげんな大演説をはじめました。全員、にやにやしながらも黙って聞き入っています。

「ま、とにかく、グルジアの人はみんな良い人なので、Methaは大好きであります。じゃ、アツいグルジアの人々に乾杯!」

そう言ってMethaはお茶碗を一気飲み・・・はできなかったので、3回ぐらいに分けて飲みました。飲み干した後、テーブルは拍手の嵐。Methaは少しゴキゲンになりました。あら、Methaって結構人気者じゃなーい!

 

・・・それからはっきり言って、Methaには記憶がほとんどありません。主賓であったMethaに対して、次から次へと列席者が乾杯の句を述べ、それに対してMethaは全部答えなくてはいけなかったのです(もちろんタマダの命により)。ワインとは言え、茶碗1杯(グラス1.5杯分ぐらい)を20人分返杯するのですから、単純計算してもワイングラス30杯。もちろん、宴会はだらだらと7時間に渡って続くので急性アル中ということにはならないのですが、それにしてもさすがに4時間を越えたあたりでMethaの記憶は途切れました。

 

しかし宴会終了後、ひとつだけ覚えていることがあります。

レヴァン・タマダは、もう天国に昇っちゃっているMethaの肩を抱いて優しくこう言ったのです。

 

「Metha、よくがんばったね。これできみも、半分グルジア人だよ。おめでとう・・・」

 

なにぃ、まだ半分かい!これだけがんばってまだ半分なのぉ〜〜・・・。がんばったのにぃぃ〜。

わあああん。

 

 

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