こうしてお風呂の栓は手に入りました。手に入りはしましたが、それが何だと言うのでしょう?栓はチェーンに正しく装着されるべきなのに、その金具もありません。そのうえ電球だって切れたまま。ドアストッパーもないのでMethaはダンボールの切れ端を小さく折ってストッパーの替わりにしました。(後日それを知った友達があまりにも気の毒がって、遊びに来た時に「おみやげ」と言って、オレンジ色のドアストッパーを一つ買って来てくれました。とほほ・・・)。もちろんその他にも「インベントリー・チェック」で発見された数々の修理個所がありますが、当然修理されないまま放置されています。

 

しかしそのうちMethaは仕事が忙しくなり、出張だ放浪だなんだと家を空けることが多くなってしまったので、大家代理人のおばさんに一応の苦情は残しておいたものの、それ以上追求できなくなってしまったのです。代理人のおばさんも他に担当物件を抱えており(そちらもトラブっていたらしい)、Methaのことばかり気にかけているわけにはいかなかったようです。

 

入居して4ヶ月ほど経ったでしょうか。何度目かの旅から帰ってきたMethaはフラットの鍵を開けて中に入りました。その瞬間、ドアのすぐ横の壁に不吉なものを見てしまったような気がしたのです・・・。

「いや、まさか!」

Methaは見なかったことにしようと思いました。・・・しかし見過ごせません。見過ごすととんでもないことになることを知っているからです。Methaは勇気を振り絞って壁を観察しました。・・・やっぱり、です。疑いようも無い事実です。

壁に、縦に大きくひびが入っていました。ひびの長さは30センチもあるでしょうか。壁が割れているぞ・・・漏水だ・・・。この壁の後ろに配水管か何かががあるのだろう・・・。

 

・・・と、その時、電話が鳴りました。

「Methaさん、もうお帰りの頃かと思って。どうかしら、フラットの調子は?」

代理人のおばさんでした。何と絶妙のタイミング!Methaは早速壁のことを話しました。

「さっき帰ってきたばかりなんですけど、壁が割れてるのを発見しましたわ。きっとリーキング(漏水)ですね。早く何とかしないと、どんどんひどくなっていくんじゃないかしら?」

おばさんは少しも慌てずに答えました。

「あら〜、リーキングね。やっぱりねぇ」

・・・やっぱりねぇって、おばさん。

今でこそ、イギリスの住居で漏水やひび割れが起こることなど日常茶飯事でありちっとも珍しくも何ともないということは知っていますが(Methaの友達の家では、床が浮いてきたらしいです)、その時のMethaには、壁が割れるなんて、すわ、このフラットは崩壊するのではないか、などと思えたのです。

「わかりました。Methaさん。今からマネジメントに電話して・・・」

お〜い、またマネジメントかぁ〜・・・。もううんざりだよぉ〜。

「マネジメントに電話して『ビルダー』に来てもらうように手配しますよ」

なにっ、ビルダー!新しい役者の登場です。

ビルダーとは、フラットの内装業者のことでした。「ビルダー」に来てもらうためには、当然、日時の指定をしなければなりません。その予約の入れ方はこうです。

まずおばさんがMethaの希望の日時を聞き、それから「マネジメント」に電話し、「マネジメント」が指定の「ビルダー」に電話し、日時を予約し、そして今度は「マネジメント」がおばさんに電話し日時を告げ、それからおばさんが再びMethaに電話をして「予約がとれましたよ。今週の土曜日の朝9時に来ますって」と言います。実に2日かかりました。

きぃぃ〜!業者に予約ひとつ入れるのになんでこんなに時間がかかるんだっ!

日本で一度お風呂のパイプがつまってしまった時に不動産屋を通して業者さんに来てもらったことがありましたが、その予約は1時間以内でできました。そんなの日本だったら当然です。しかし今となってはそれが神業のように思えてしまいます!Methaはまたもや何か悪い予感がしていました。

 

そして土曜日になりました。Methaは朝早く起きて、「ビルダー」が働きやすいようにと、お風呂や台所を片付けて待っていました。しかし。

「ビルダー」は現われませんでした。待てど暮らせど・・・。

は、は、は・・・。もう笑うしかありません。

Methaは顔も知らぬ「ビルダー」を待ち焦がれながら、貴重な週末の1日を無駄にしたのでした。

 

週が明けて月曜日。Methaは怒りと絶望でふらふらになりながらも、代理人のおばさんに電話し苦情を言い、それからおばさんの教えてくれた「ビルダー」のケイタイに電話しました。さすがに苦情はおばさんと「マネジメント」を通して2日もかけて言う気にはなれませんもの。

「あの〜、●●通りフラット●号のMethaといいますが・・・。土曜日の朝約束があったと思うんですけど、いったいぜんたい、来ていただいたんでしょうか?ずっと待ってたんですけど」

Methaは怒りを押さえた低い声でゆっくり話しました。ところが、ところがです。「ビルダー」は言うのです。

「行きましたよ。ブザーを押しましたが誰も出なかったので入れなかったのです」

「へっ?わたしずっと部屋にいたんですけど」

「どうしてでしょうねえ。とにかく誰もいなかったんですから、仕方ありません」

「電話してくれればよかったのに。私の電話番号お持ちでしょう」

「電話しましたが、通じませんでした」

 

絶対におかしいぞ。Methaは思いました。

これは、嘘だ。絶対に嘘だ。ドアのブザーは壊れていないし電話だって通じないはずがない。こんな見え透いた嘘を言いやがって。

どうしてこんな子供みたいな言い訳をするのだ、こいつは?

ホントに仕事する気があんのか、こいつはぁ??

Methaの電話を持つ手が震えました。

「わ、わかりました。では仕方が無いので、新たに予約を入れます。今週の土曜日の朝9時にお願いします」

「また土曜日ですかぁ・・・」

「ビルダー」はちょっとイヤそうな声を出しました。

こっちだってわざわざ週末使っててめぇの相手するなんざぁ、まっぴらごめんなんだよっ!!でも壁が割れてんだからしょうがねーだろ!Methaはキレそうになりましたが、相当のエネルギーを費やしてぐっと我慢しました。

「土曜日、何か問題があるでしょうか?」

「いや、別に・・・。わかりました、土曜日9時ですね。うかがいます」

 

そして次の土曜日。皆さん、当然、予想できますよね。何が起こったか。そうです。

 

またしても、「ビルダー」は現われなかったのです・・・。

 

(つづく)

 

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