英国医療事情2
さて月曜日になりました。トモコちゃんは土曜日に言われたとおり、朝一番に病院を訪れました。
「それではすぐに入院してください。二時半までに荷物をまとめて来るように。手術は明日の午前中です」
いきなりかい!…って言うか、そういうのってこの前帰るときに言っておいてくれたら良かったんじゃないの?そしたら今日準備万端整えて来たものを…。何でこんなに段取りが悪いんじゃ!
しかしともかくトモコちゃんはまたえっちらおっちら家に戻らねばなりません。そしてパジャマやタオルなどをそろえて入院の準備をしました。指に大怪我をしている上に、引っ越したばかりで荷物も解いていないトモコちゃんにとって、これがどれほどの重労働か容易に想像できます!!
それでもトモコちゃんは言われたとおり二時半に、荷物を抱えて再び病院にやって来ました。しかし何故だかすぐには入院できませんでした。トモコちゃんは、「ベッドの準備が整うまで」との理由で待合で座っているように指示されました。ベッドの準備って…言われた時間どおりに来たのに…。まあいいや、数分ぐらいなら…。
…そのまま四時間が過ぎました…。
は??四時間??
またもや仏像と化しているトモコちゃんの前に、やっと看護婦さんが現れました。ああ、ようやくベッドが整ったのね…。仏像トモコちゃんは看護婦さんの後についてふらふらと病室に入りました。しかし病室に一歩足を踏み入れたトモコちゃんは、一瞬我が目を疑いました。
病室と言っても数個のベッドが並べられた単なるだだっ広いスペースで、廊下と病室の間にはドアも壁もありません。何本かの柱で区切られているだけで、部屋として独立しているわけでもなく「病室」ではなく「病間」と言った感じなのです。もちろん通行人は自由にその「病間」を通り抜けできます。だって通り道なんだもん!とりあえずベッドとベッドの間にはカーテンを引けるようになっていますが、イメージとしては負傷兵がごろごろしている野戦病院みたいなものでした。
しかも、しかもです!病室に入ったはいいけれど、まだトモコちゃんのベッドは用意できていないというのです!!
ちょっと!!待合から病室に移動したのは一体何のためさ!?ええ??
そう。トモコちゃんは、四時間かけて待合の椅子から病室の椅子に移動しただけだったのです。
…二時間半経過。
ついに看護婦さんがベッドが用意できたと告げにやって来ました。
ああ!!時間はナント夜の九時です。
さすがのトモコちゃんもとてもお腹が空いていました。当然です。お昼からなんにも食べていないのです。だって二時半に来いって言われたんだもんなっ!!
「あのう、ずいぶん何も食べていないんですけど…何か食べるものありませんか」
しかしトモコちゃんは遠慮がちに、まるでマッチ売りの少女のような心細さで看護婦さんにおそるおそる尋ねました。この時点でトモコちゃんはかなり惨めなキモチになっていました。すると看護婦さんはびっくり仰天して言ったのです。
「えっ、誰も何もくれなかったの?ほんとに?」
聞けば、トモコちゃんの知らない間に病室の患者さんには夕食が配られていたらしいのです!!しかし、ベッドも割り当てられていず部屋の隅にぼーっと腰掛けていたトモコちゃんは完全に無視されていたのです!!わ、私だって患者なのに…トモコちゃんはそのあまりの仕打ちに情けなくなりました。さすがに不憫に思ったのか看護婦さんは慌てサンドイッチと紅茶を持ってきてくれましたが、なにさ、そんなもの!!何も悪いことはしていないのに何時間も不当に待たされた挙句、断食まで強いられたトモコちゃんは本当に悲しくなりました。
その夜トモコちゃんは、「野戦病院」の硬いベッドの上で未だかつてないほど孤独な一夜を過ごしました…。
翌朝。いよいよ手術です。
手術のため当然朝食は貰えず、前日も紅茶とサンドイッチだけだったトモコちゃんは手術服(うわっぱり)を与えられ、空腹に耐えながら先生が呼びに来るのをひたすら待っていました。すると、おお、この間ののっぽ先生の登場です。
のっぽ先生は再びトモコちゃんの指を丹念に見た後、土曜日に初めてトモコちゃんの指を診察した時と同じ驚嘆の声を上げました。
「うう〜む、これは面白い!!」
またかい!何が面白いんじゃ!!
いままさに手術台によじのぼろうとやる気満々のトモコちゃんに、のっぽ先生は楽しそうに言い放ちました。
「キミの指は非常に自然回復力がいいねぇ。ほら、もう切断された肉片は再生を始めているよ!手術をするとかえってよくないかもしれない。というわけで、手術はやめてしばらく様子を見ることにしよう!ぢゃっ、また来週!」
え?中止?
…トモコちゃんは服を着替え、荷物をまとめて家に帰りました。
そう。トモコちゃんは病院に出かけ、そこで紅茶とサンドイッチを食べてベッドに寝て一泊し、朝食を抜かれた挙句、何事もなく帰ってきたのです。文字どおり病院に泊まっただけ。
更に言えば、指を切断してからというもの、薬らしきものなど一つもつけていません。お医者さんがトモコちゃんに施した治療といえば、トモコちゃんの指を観察することと、「うーむ、これは面白い!」と「ドント・ウォーリー!イェー!!」と「僕を信じて。ふっ!」というセリフぐらいなものではありませんか!手術だ何だと大騒ぎしたのに薬ひとつ貰っていないのです。こ、こんな、こんなことって!!そんなんだったらMethaだって今すぐにでも医者になれるぞ!
幸いなことに、本当にトモコちゃんの指は非常な自然治癒力があったらしく、今では指の肉はほぼ再生してよくよく観察しないと傷跡も確認できないほどになっています。トモコちゃんは本当にラッキーだったと言っていいでしょう。
このように、イギリスで医者にかかる時は、自らの身体機能を極限まで高めることによって自然治癒力と自己再生能力を最大限に引き出し、強靭な精神力と忍耐力を備えたうえで、心に大きなゆとりをもって臨まねばならないのですっ!
…ってそんな人、そもそも医者にかかる必要ないっちゅーねん!きーっ。
(英国医療事情・おしまい)